第四十三話 舌が寂しくて
「ねー、ご飯まだー?」
「だぁあもう、今盛り付けてっから大人しく待ってろっての! いったい何歳だよお前はぁ!」
この世界に召喚されてから幾度となく繰り返した、騒がしい日常風景。
夕食の直前によく見られるこの光景は、料理皿が食卓に乗せられる音で毎回締め括られる。
そしてそれは今回も例外ではなく──、
「うし、最後にソースをかけて、っと。⋯⋯完成! カルボナーラ風の何か!」
「へぇー、美味しそうじゃない。いただきまーす!」
出された料理を前にして、目を輝かせるシルテット。
この世界にはパスタがあるし、卵もミルクも当然ある。
唯一の懸念点は粉チーズと呼ばれる食材がない事だが、それは何とか普通のチーズを削って代用してみた。
後は適したスパイスをソースに混ぜこみ、熱々とろとろのソースをふんだんに使用したカルボナーラの完成だ。
湯気に乗って運ばれてくる香りが食欲を刺激。出来たてという事も相まって、尚更そう感じる。
「我ながら良い出来だ。けどなぁ⋯⋯」
フォークを回しながら、ひと言。
「──和食が食いてぇ」
抑えきれない欲求が口から溢れ出た。
「和食?」
「おう。だってこちとら日本生まれの日本育ちだぜ? そうなってくるとさ、たまには味噌汁くらい飲みたくなるんだわ」
「⋯⋯ふーん」
故郷の味が恋しい、とでも言えばいいのか。
兎にも角にも、日本の大地を離れてからはや数十日。そうなれば勝手に舌が寂しさを覚え始めていて、
「てなわけで! これからしばらく、和食の再現を目指すことにするぜっ。良いか? ⋯⋯良いよな?」
「好きにすればいーわよ。私は別に毎日美味しいご飯さえ食べれるんなら、何も言う事はないわ」
「よっしゃあ、頑張るしかねぇなぁ!」
両腕を上げて伸ばし、やる気をアピール。
ちなみに左腕の怪我は後遺症も何も無く治っている。防衛戦を終えてから十日ほど経っていて、身体の鈍りも改善済みだ。
──つまり、動こうと思えば何時でも動けるわけで。
「じゃ、明日の朝から早速食材探し。まずは何より白い米だろ? その次は味噌かなぁ」
テーブルの隅で野菜スティックを齧るドラを人差し指でつつきながら、次々と脳裏に浮かぶ単語を並べていく。
取らぬ狸の皮算用、などと言う事なかれ。
和食の再現。それは俺にとって切実な願いであり、可能ならばなるべく早く達成しておきたい目標のひとつなのだ。
「明日からって⋯⋯私のお世話は?」
「世話も何も、お前はどうせ午前中寝てんだろ。その間にでもちょいと聞き込みを、ってな」
俺以外にもこの世界に呼ばれた日本人は沢山いるはず。
つまり俺と同じく故郷の料理を再現しようと試みた人物がいたとしても、何らおかしくはない。
あわよくばリキヤ辺りが何か知っていたりしないだろうか。アイツも勇者だし。
「上手く見つかりゃ良いけど。⋯⋯とりあえず、ご馳走様でした」
空になった丸皿を前に手を合わせ、席を立つ。
またまた忙しくなりそうな予感がする、そんな夕食だった。
┅
それからさらに三日後。
「──そんなわけで、この後リキヤと会う予定になってんだよな」
「和食⋯⋯勇者の方々が生まれた世界の料理を探しに、ですか」
場所は変わって、冒険者組合内の休憩所。
夕方過ぎになるとクエスト帰りの冒険者達で混み合うこの場所だが、今は昼と夕方のちょうど中間辺り。俺とネム以外の姿は見えず、誰かと待ち合わせをするにはもってこいの場所となっていた。
それにしても、まさか異世界に来てもアイツと待ち合わせをすることになるとはなぁ。これが腐れ縁ってやつだろうか。
なんて思いながら、横目で休憩所の出入口を見ていると。
「⋯⋯お、噂をすれば」
見知った顔が休憩所へと入室。
彼はそのまま室内をぐるりと見渡し、俺と目が合うや否や片手を挙げて、
「やほ、二人とも。クエスト帰り?」
笑みを浮かべつつ同じテーブルを囲う。
「クエスト帰りっつーか⋯⋯まあ似たようなもんか。こないだの防衛戦に関する個人的な後始末を少し、な」
無駄に強者感の滲み出る言い回しだが、やった事はリタ婆の所へと向かって倉庫修繕のお手伝いをしただけだ。
戦場となったヘルメス領のミステリア街、その東側ではいたる所にて復興作業が今も進んでいる。
例えば魔獣が壊してしまった民家の壁や、戦闘の余波で抉れた石畳などなど。修繕せねばならない箇所は沢山あるらしい。
結果的に、当然人手が足りるはずもなく。もし自分の家が壊れていたとしても中々修繕を依頼することが出来なくなるわけで。
であれば、リタ婆の店の倉庫が壊れる要因となってしまった俺が修繕作業の手伝いをしに向かうのは、ごく自然な流れだった。
「なる。大変だったもんねー、俺も派手にやりすぎだって怒られちった」
「その分活躍してたんだから良いんじゃねぇの? 具体的にどんくらいの活躍かは知らんが。俺なんざ、油断してズタボロんなった挙句に知り合いの店を⋯⋯」
振り返れば振り返るだけ恥ずかしくなってくる。
いやまあ、リタ婆は「無事なのが一番さ」なんて言って全く怒っていなかったんだけどさ。それでもやっぱり迷惑をかけた事に変わりは無いし。
「⋯⋯あーもう。んな事より本題に入っても良いか?」
「いーよ。ってか、むしろはやく本題に行こ行こ。暗い話題、あんま好きくない! ネムちんもそー思わん?」
「んぐっ⋯⋯けほ、けほっ。わ、私ですか? ⋯⋯そうですね、確かに反省ばっかりし過ぎな気もします。タツキさんはもう少し胸を張ってもいいんじゃないかと思いますけど⋯⋯」
「ほらね、タツキちん。気にしすぎだって!」
コップに入った水を飲んでいるタイミングで唐突に話題を振られたネムが、むせながらにリキヤの意見に同調しつつ、俺へとフォローを入れる。
気にしすぎ、か。
まあ。リキヤはともかくとして、防衛戦の時に俺と行動していたネムが言うのなら間違いないのだろう。
「分かったよ。マイナス思考はやめだ、やめ。このまま本題に入るぞ」
「ほいほい」
初っ端から脇道に逸れていた会話を、本筋の方へと軌道修正。
リキヤは肩肘をテーブルについて頬杖をたて、聞く姿勢に入っていた。
「さて、単刀直入に言うぞ──」
今日、俺がリキヤを呼んだ理由を話し出す。
ふと望郷の念に駆られたことから連鎖し、和食をこの世界でも作って食べることが出来ないかと悩んでいること。
そして、おそらく俺と同じような事を思った日本人が、過去に召喚されたであろう勇者達の中には少なからずいるであろうということ。
これら二つの要素を踏まえて、何かしら良い案はないか。
正式に勇者として召喚されたリキヤならば思いつく事があるかもしれないと考え。俺とリキヤの共通の知り合いである武具屋の店主、ヘルガルを通じて集合の場を設けたのだと伝えた。
「んー⋯⋯」
「どうよリキヤ。お前って、俺よかこの世界のこと知ってそーなもんだけど」
「和食。和食かぁー。俺はよく分かんないや、日本に居た頃もジャンクフードばっか食ってたし」
「現代っ子がよぉ⋯⋯」
同じ歳だけど。
現代っ子に対する偏見を垂れ流しながら、がくりと項垂れる。
聞くべき相手を間違えたか。いっその事自分で調べ物をして回った方が良かったのかもしれない。
そう思った時、リキヤが再度俺を見て、口を開く。
「あのさ、タツキちん」
「んあ?」
「──⋯⋯勇者村、って知ってる?」




