第四十二話 暖かい布団、温かいスープ
気が付いた時には、ベッドの上だった。
目覚まし時計のアラーム音で目覚めるわけでもなく、カーテンの隙間から溢れる朝日で目覚めるわけでもない。まるで充電の溜まった携帯電話が勝手に再起動を始めるかのように、回復した体力が俺という意識を収束させていく。
「ん⋯⋯んん?」
眉間に皺を寄せながら瞼を少しずつ開き、上半身を起こすよりも先に視線を動かして状況確認。
左を見る。壁が見えた。
右を見る。真っ先に見えたのは、金髪の少女だった。
「⋯⋯あー、やっべ。コレってみるからに迷惑かけまくったっぽいよなぁ⋯⋯」
背もたれのある椅子に腰掛けながらすやすやと寝息を立てるネムを見て、独りごちる。
寝て起きたら隣に美少女がいるだなんてシチュエーション、人によっては垂涎の的だろう。だがしかし、今この状況を楽しめるほどのお気楽さを俺は有していなかった。
「で。どうなってんだろ、俺の身体」
右肘をついて身体を起こす。次いで、被せられていた布団を捲ってあちこちを確認。
見れば防具類は全て外され、上半身に着ていたはずの服も取り替えられていた。
爪の隙間などの細かい所には残っているが、手のひらなどの露出して見えやすい箇所からは血が拭き取られ、綺麗になっている。ネムが拭いてくれたのだろうか。
「後でお礼言わなきゃあな。ネムが起きたら⋯⋯って、今何時だ。つーかこの部屋、どこ?」
窓から見える太陽の高さからして時刻は昼前か昼過ぎか。
そちらは予測が着くが、今居るこの場所がいったい何処なのかは検討も付かなかった。
とりあえずネムが目を覚ますのを大人しく待つとしよう。
そう思った時、
「──あら、やっと目が覚めたの? おっそいわねー」
「⋯⋯⋯⋯よう」
部屋に唯一設置された扉が開いたかと思えば、予想外の相手がそこに。
いつものズボラな格好ではなく、稀に見る外出用の服を着たシルテットだった。頭には何故かクスリソウモドキが噛み付いているが。
「シルテットが居るってことは、ココってお前の家か。こんな部屋あったっけなぁ」
「違うわよ。横にでも聞いてみたら?」
「横? ⋯⋯うおっ」
ネムの方へ首を向けると、目が合った。
いつの間に起きていたのかと思ったが、そりゃこの距離で普通に喋っていれば目も覚めるか。
「⋯⋯おはようございます。目は覚めましたか、タツキさん?」
「そりゃあもう、しっかりと。⋯⋯ところで、この部屋は」
「私が泊まっている宿の一室です。ちなみにタツキさんが気を失ってから、丸々二日半ほど経っていますね」
「二日も経ってんのか。なるほど道理で身体が凝ってるわけだ⋯⋯あれっ?」
肩を回し、首を傾げた。
あるはずの痛みが無いのだ。左腕の怪我が、完全に治っている。
「怪我なら私がちょちょいと治してあげたわよ。感謝してよね」
「マジで? そんな簡単に治るもんなのかよ。すげぇな異世界」
完治するまでしばらくは運動出来ないだろう、と覚悟していたのに。本当凄いな、ファンタジーの世界って。
隣にいるネムと違い、魔法が使えないのが残念──、
「⋯⋯タツキさんって、やっぱり異世界出身なんですね。びっくりです」
「やべっ」
起き抜けということもあって完全に気が抜けていた。
どうしよう。何から説明すべきか、頭が回らない。
「ふふっ、大丈夫ですよタツキさん。冗談です」
「え? ああ冗談。冗談ね、びっくりしたー」
「実を言えば『蹴りの勇者』がこっそり伝えてくれたんですよね。小さい頃からのダチだからよろしく頼む、って」
「冗談ってそっちの方かよ。しっかりバレてんじゃねぇか⋯⋯!」
下手に知られれば、勇者と同郷だからと色々期待されるに違いない。そう思ってなるべく周りにはそんな素振りを見せないようにしてきたわけだが、とうとうネムにバレてしまった。
勇者のパーティに入りたいと思っていた時期もあったと言っていたし、俺に対する接し方を変えたりするのだろうか。それは嫌だなぁ。
「うーん⋯⋯」
「どうしたよ、難しい顔して」
「⋯⋯いえ。実感が湧かないなぁ、って。だってタツキさん、勇者っぽくないですし」
「かはっ」
不意に飛んできた口撃魔法が心に刺さる。
いや、ね? 分かってるよ。俺が一番分かってるとも。
単に勇者と呼ばれる存在と同郷ってだけで、俺自身は至って普通の人間だ。ろくに魔法は使えないし、特殊な技能も別に持ち合わせちゃいない。強いて言えばワープみたいな事が出来るが、それはシルテットの力だし。
にも関わらず、一丁前に異世界の冒険には憧れているときた。
かつてロヴィスカルに言われた通り、魔法が使えなければ冒険者を続けるのは難しい。
実際に"赤霧の魔物群"というイレギュラーと遭遇してみて、ようやくそれを実感した。
「それにしても、ほんっとびっくりしたわよ。中々帰ってこないなー、お腹空いたなー、って思って迎えに来たら、変に無茶して大怪我してたんだもの」
呆れ混じりの視線を俺へと向けるシルテット。
怪我を治してくれたらしいだけに、今回ばかりは頭が上がらない。
「で。お前はいつまで頭にソイツ、くっ付けてんの?」
「私が引き剥がそうとしても離れないんだもの。⋯⋯早くとって」
何やってるんだか。
俺はベッドから降りて立ち上がり、シルテットの頭にガジガジと噛み付いているクスリソウモドキを持ち上げる。
「その子、タツキさんの身体に着いた血を落とそうと頑張ってたんですよ。褒めてあげたら喜ぶんじゃないですか?」
「マジかよ。やけに身体が綺麗になってると思ったわ。ありがとな⋯⋯あだっ」
撫でようとしたら指先に噛み付いてきやがった。
この噛みグセもどうにかして直させないとなぁ、なんて思いつつ。
「んー⋯⋯よし、決めた。お前の名前、ドラな」
クスリソウモドキを頭に乗せながら、とうとう名付ける。
「ドラって、その子がドラゴンにでも見えてるの? 頭にも回復魔法をかけるべきだったかしら」
「違ぇよ。俺の元いた世界にマンドラゴラってのがあるんだけどさ、そっから二文字取っただけだ。薬草として使われてた上、手足があるように見える植物とくればコイツにピッタリだろ。実物見たことないけど」
伝説上でのマンドラゴラは、引き抜いた際に金切り声をあげて聞いた者を発狂させるとか何とか。
と、まあ。
それはさておき、だ。
「ネム、ドラ⋯⋯ついでにシルテット」
「ついでって何よ」
「結局、お前らに頼りっぱなしで不甲斐ない。怪我の手当、ありがとうな」
膝に手を起き、深々と頭を下げる。
受けた恩に礼を持って返すのは当然のことだろう。
「アレだな。なんか俺、舞い上がってたみたいだわ。ロヴィスカルさんと三人でクエスト受けてさ、それを達成してるうちに俺一人でも戦えちまうんじゃねぇかと心のどっかで思ってた」
けれど、そんな事は一切無く。
ネムに何度も助けられ、ドラにも助けられ、ロヴィスカルにも助けられ。終いにはシルテットにすら迷惑をかける始末だ。
いっその事、冒険者はこれまでにしてしまった方が良いのではないか。そう思ってしまった時。
「気にしなくていいんですよ、タツキさん。冒険者は皆、躓いては立ち上がっての繰り返しだと私は思ってますし。何より、私自身もタツキさんに迷惑をかけていますから」
くすりと微笑みながら、ネムは俺を励ました。
「そ、そうか? 言うほど迷惑なんて──」
「マイナス思考はストップですよ、タツキさんっ。反省会はここまでにして、防衛戦の結末をお話させていただきます!」
ぴしゃりと話題を変えられ、口を閉じざるを得なくなる。
「話、長くなりそうなら私は少し外すわね」
「了解です、シルテットさん。⋯⋯では、お話の続きを」
ネムはこほんと軽く喉を鳴らし、むぐぐと黙っている俺とは対照的に口を開いた。
「えっとですね。簡潔に言うと、"赤霧の魔物群"は無事に全て討伐完了したみたいですっ!」
「⋯⋯おぉ」
「魔石に封じ込められた赤い霧は復活しない、と冒険者組合が発表したのが一昨日の朝。タツキさんが気を失ってすぐですね。その後、索敵魔法が使える冒険者と、剣術や槍術を使える方々が協力して片っ端から制圧⋯⋯って感じです。大まかな流れは、ですが」
なるほど、そりゃ良かった。
上々の結果を聞けたことで、胸をほっと撫で下ろす。
「デイシャさんから聞いた話だと、『蹴りの勇者』が活躍してたらしくて。あちこち飛び回っては魔獣を倒し続けていたみたいですよ」
「へぇー、アイツがねぇ。てっきりロヴィスカルさんが活躍したのかと思ってたわ」
あの人の本当の実力というものを俺は知らないが、身のこなしからして只者では無いだろうし。
変異ウルフを一瞬で仕留めた時なんて、動きが早すぎて何をしたのか全く分からなかったまである。
「⋯⋯あ、そういえばロヴィスカルさんからの伝言があるんでした」
「伝言?」
「はい。理由までは知らないですけど、『私という存在がこの場に居たということは、なるべくご内密にお願い致します』──だ、そうです」
「内密に、か。何でだろ」
まあ、考えたとして答えが分かるようなものでもないか。
「ただ、霧を吸収した魔石が大量に冒険者組合へと届けられたらしいですよ。その差出人は不明、だそうで」
「なるほどなぁ。ロヴィスカルさんが差出人の可能性だって十分にありそうだ」
今回の防衛戦に参加した者からすれば、わざわざ差出人不明の魔石として届けるメリットは余りにも薄い。
それこそ、自らの存在を感知されたくない人物くらいにしか得は無いはずだ。
「⋯⋯あら、まだお話中?」
「うおっ」
「あ、シルテットさん。おかえりなさい。話はもう大丈夫ですよ、ちょうど終わりましたっ」
おっと、報告会は終わりなのか。
言われてみれば確かに区切りは良いから、タイミングとしてはちょうどなのだろう。
ひとまず俺は視線をネムから外し、扉を開けて部屋へと入ってきたシルテットへと移す──と、自然に俺の視線は彼女の手元に注がれることとなった。
「はい」
「え」
「ありがたく受け取りなさい。折角私が作ってあげたのよ」
グイと目の前に差し出されるのは、ひとつのカップ。
俺とシルテットが食事の際に使っている、スープ用のものだ。
「⋯⋯え。何コレ」
「貴方がいつも作ってる、香辛料たっぷりのスープ。どう? 上手く出来てるわよね?」
「お前が作ったの⋯⋯!?」
突然の事に目が丸くなる。
あのぐうたら女が自分で作ったというのだから、そりゃあそんなリアクションにもなってしまうというもの。
失礼かもしれないだなんて感情が一切湧かない辺り、普段俺がシルテットの事をどう思っているかが透けて見えた。
「⋯⋯味付けが濃いな。具材も切り方が雑だし、皮も所々残ってる」
カップに口をつけ、食し、率直な感想を言う。
「うっ。で、でも──」
「美味ぇよ。温かいし、疲れた身体に染み渡る」
さっき席を外していたのは、もしかしてこのスープを温めるためだったりするのだろうか。
「そ、そう? そうよね、私が作ってあげたんだもの。美味しいに決まってるじゃない!」
「この調子で毎日自炊するって手もあるが」
「嫌! それは嫌だから、貴方は早く体力を回復させて戻って来なさいっ。私だって、毎日美味しいご飯が食べたいもの!」
「⋯⋯さいですか」
そう言われて嫌な気持ちはしなかった。
くすくすと笑うネムの隣で、俺は再度カップを傾ける。
──ああ、あったかいなぁ。
第一章が終了という事で、投稿ペースを戻すことにします。
仕事がお休みの間に書けて良かった⋯⋯




