第四十話 胸元の魔石
「──危うく死ぬかと思った」
背を近場の壁に預けながら、鈍い痛みを放ち続ける左腕を抑える。
今すぐにでも地に腰をつけてしまいそうなほどに疲労感が募っているが、ガッツリと休んでいては次の波に飲まれてしまう。
また、気を抜いていては同じようなヘマを踏むかもしれない。俺だって多少の学習くらいはするのだ。
「タツキさん、腕が血塗れですよ!? 誰か、どこかに治癒魔法の使える人は⋯⋯!」
「この付近となると居ないだろ。ま、ウチには怪我を治してくれる優秀なペットがいるしな。大丈夫だ」
かといって、切り傷や擦り傷くらいしか治されたことは無いけれども。
「⋯⋯」
「ネム?」
「少し待っててください。せめて応急処置だけでもさせてもらいますから」
「⋯⋯お、おう」
ネムは彼女の羽織っていたローブを用い、俺と魔獣との戦闘中に砕けてしまった木材を固定器具の代わりにし始めた。
無言でせっせと作業を進める彼女の心遣いが温かい。
ただ、
「いっ⋯⋯だだだだぁっ!?」
「あまり動かないでください。下手に擦れると悪化しますよ」
「ギブ! ギブアップ! 意識飛んじまうってぇ!」
痛めているところを締め付けられるのがこんなに痛いとは。
生まれてこの方骨を折ったことのない俺にとっては初めての経験だ。前の世界であれば麻酔くらいは使うのだろうか。
「こうやっている間に魔獣が復活したら大変ですし、手早く終わらせましょうねー」
「あぁぁー⋯⋯」
まるで気分は注射を嫌がる子供のよう。
けれども、頭ではネムの言う通りだと納得はしている。
怪我を負った状態で不意打ちを喰らえば、今度こそ対処出来なくて悪い結末を迎えるだろうし。
「ん?」
そこでふと気付く。
「どうかしましたか?」
「いや⋯⋯さっき倒したやつから出てきたはずの霧は?」
本来ならばそこにあって然るべき、赤い魔獣の残滓。
それが何故だか見当たらなかった。
「あれ⋯⋯見当たらない、ですね」
ネムも言われて気が付いたらしく、きょろきょろと辺りを見回している。
「知らねぇ間に風で流された、とかか」
「でも、後ろの方にはタツキさんが直前に仕留めた分の霧、残ってますし」
「確かにな。だったらなんで──」
あの霧が見当たらないんだろう。
そんな疑問を口に出そうとした時、ふいにカラリと音がした。
発生源はおそらく足元。当然、視線は自ずとそちらへ向く。
「何だコレ。魔石か?」
「私の視点だとタツキさんの服からこぼれ落ちたみたいに見えましたけど⋯⋯赤黒い魔石っぽいですね。心做しか、例の霧と同じ色に見えなくもないです」
石畳の上に転がっていた、一粒の魔石。
いったいどこから出てきたものなのだろう。
俺の服からこぼれ落ちたとは言われたが──、
「⋯⋯ん?」
意識すればするほど皮鎧と服の隙間に生じる違和感に、首を傾げた。
親指で皮鎧を引っ張り隙間を大きくして、手のひらを突っ込む。
「おわ、なんか挟まってら。⋯⋯透明な魔石だ、コレ」
「透明ってことは、中に魔力が入っていない空っぽの魔石ですね。どうしてそんな物を?」
「分からねぇ。少なくともこんなもんが装備の隙間に入り込むタイミングなんて、そうそう無い⋯⋯⋯⋯あっ」
思い当たる節があった。
「もしかして──ああ、やっぱそうだ! 俺がクソ狼に吹き飛ばされて突っ込んだ場所、リタ婆の倉庫じゃねぇかよ!?」
戦闘の跡をよくよく見れば、俺とネムが二人して木樽を抱えて運んだ場所だった。
しかも、よりによって俺達が運んだ木樽に激突してしまっていたらしい。運んだうちのひとつが破損し、中身が地面へとこぼれ落ちている。
「中に魔石が入ってる、って言っていましたもんね⋯⋯」
「事故とはいえマジで申し訳ねぇ。今度謝りに行かなきゃな」
やってしまった感を息として吐き出し、頭を搔く。
「ま、それは後でだ。試したいこともひとつ、出来たしな。すまんリタ婆、魔石一個だけ借りるぞ」
避難を終えてここには居ないリタ婆へと謝罪しながら、透明な魔石をひとつだけ拝借。
続けて、すたすたと残っている赤い霧の方へ向かい。
「この辺から⋯⋯そぉれっ」
ポイ、と魔石を下投げで放る。
直径二センチほどの小さな魔石は、くるくると回転しながら放物線を描き。変わらず地面を這うようにして漂う赤い霧へと触れた瞬間、それを吸収した。
「⋯⋯うおぉ! やっぱ予想通り!」
場に残ったのは透明な魔石ではなく、赤黒い魔石。
空の魔石には魔力を溜め込む性質があるのだろうか?
兎にも角にも、希望が見えてきた。
「ネム!」
「は、はいっ。なんでしょう?」
「今の出来事、ギルドの方に報告してみるからよ。悪いけど暫くリタ婆の倉庫の中に隠れといてくれ、五分で戻る!」
「あ⋯⋯わ、分かりました。息を潜めて待ってますねっ」
慌てたように頷くネムを見て、俺は笑う。
さあ、すぐにでも向かうとしよう。反撃の芽は、この手の中に。
┅
「なるほどなるほど、よく分かりましたー。つまり、この見るからに危なげな色をした魔石が例の魔獣ということですねー?」
机の上に置かれた魔石二つをまじまじと見つめるのは、ギルドマスター・ユノによって冒険者組合の指揮を任されている受付嬢、デイシャだ。
彼女の確認に対して俺はこくりと頷く。
なお、現在地は冒険者組合内部のオフィス。"赤霧の魔物群"に関する発見の報告をするならば、やはり討伐隊などの指揮権を握るこの場所だろう。
「貴重な報告、物凄く助かりますー。ただ、この状態からも復活するか否かなど分からない事だらけですのでー。空の魔石を利用するという方法を起用するとしても、もう少し様子を見てからになるかとー?」
「あー⋯⋯となると、何も考えずに持ち込んだのって色々とマズかったな」
もし魔石に霧が吸収された状態からでも復活するとなれば、導火線に火のついた爆弾を持ってきたようなもの。
目先の希望に飛びついた結果、視野が狭くなっていた事に深く反省。
「ですねー。あの魔獣が二匹程度であれば、私でも十分対処くらいは出来ますよー? だから今回は大目に見ますので、次回からはお気を付けをー」
「心に刻んどく。⋯⋯つーわけで、俺はネムのとこに戻るとするぜ」
「おや、傷だらけなのでてっきり戦線から外れるものかとばかりー。そのまま向かう気ですかー?」
「ネムを一人にするわけにゃいかねーし。アイツって今色んな人にバフかけてるからさ、魔獣に襲われた時に守る役が必要なんだよな」
そんな重大な役割を放って休むわけにはいかないのだ。
正直、今も続く酷い痛みに精神力がゴリゴリとすり減ってはいるが、そこは根性で何とかするとして、
「──よし、出血は止まったな。助かったぜ」
「初めて見ましたよ、クスリソウモドキに怪我を治して貰う冒険者というのはー⋯⋯」
頭上に乗っている優秀なペットを軽く撫でる。
完全な治癒とまではいかなかったとはいえ、あちこちにあった傷口を塞いで流れ続けていた血を止めるくらいは出来ていた。
だったら後は痛みを我慢すれば良いだけ。簡単な話だ。
「そんじゃあ、行ってきまーす」
「⋯⋯くれぐれも命を落とさないよう、気をつけて下さいねー?」
「当然。頼れる仲間もいるし、死なねぇよ」




