第三十九話 調子に乗った結果
「──だらァ!」
飛びかかりを躱しては短剣を振るい、さらに振るい、追加で振るう。
街と平原を隔てる門付近の防衛網を抜け、この場にやって来てしまった魔獣の数は二匹だ。
元より相手していた二匹を合わせれば計四匹。うち一匹に関しては赤い霧となって無力化されているが、それもいつ復活するか分かったものではないという状況下。
「だあぁ、柔けぇんだから一発で仕留めさせろやクソ狼ぃ!」
数の暴力に打ち勝とうと攻勢に転じれど、上手いこと決定打を与えることが出来ず。
結果的に、イライラとした悪感情が募ることで集中力が乱され、さらに剣先が乱れるという負の連鎖に陥っていた。
もはや短剣を用いて斬るというよりも短剣自体を叩きつけているような攻撃。使い方としては決して間違っていないのではあるが、敵に痛覚は無いのか打撃はあまり効果が無さそうだ。
「やべぇやべぇやべぇやべぇ、こっちが死んじまうってオイ!」
全く結果に結びつかないような攻防を繰り広げるうち、気が付けば最初に仕留めた一匹も復活していて、まさに絶体絶命という四文字が合いそうなこの戦局。
どうしろってんだよ。と、心の中で叫びに叫んだその瞬間、
「『補助魔法・精神強化』!」
ネムが何かの魔法を唱えた。
「⋯⋯あー、リラックスする魔法か今の。すっげぇ気分が楽になったわ」
「少し違くて、精神面を支えるみたいな魔法です。頭に血が上っていたみたいなので⋯⋯うわっ、とと」
バランスを崩したように、ネムはふらつく。
「あはは、魔力が危うく空っぽになるとこでした。危なかったです」
「⋯⋯悪ぃ。迷惑かけちまった」
ふぅとひと息吐いて、今にも再度襲いかからんと前傾姿勢をとっている巨狼達を一瞥。そのまま短剣の柄を握り直す。
魔法の効果で気が楽になったとはいえ、別に重圧だとか恐怖心だとかが無くなったわけでもない。
だが、それでも。
「かっこ悪いのはしばらく封印! 見とけや、俺の底力ぁ!」
相手が飛びかかってくるより先に駆け出し、距離をつめていく。
魔獣達は怯んだ素振りを見せたものの、それはほんの一瞬。三秒と経たずに地を蹴り、跳ねた。
「ぐっ⋯⋯」
直後、腕に伝わる重み。
右上から左下にかけて放った袈裟斬りは、牙で防がれていた。
が、そんなのは想定内。むしろ牙ごと砕く勢いで振り抜かんとし、力を込め。
「おらぁ! まずは一匹ぃ!」
口の端から喉元まで深々と切り裂く、ゴリ押しの斬撃。
霧と化していく魔獣には目もくれぬままに次の獲物を見定め、足を止めることなく剣を構える。
あと三匹いるアイツらをネムに近付かせないよう立ち回るのも良いが、迅速に片付けてしまった方が俺とネムの体力の消耗が少なそうではないか。
地面を思いっきり踏み込み、全身のバネを活用してひと息に最も近くで唸る巨狼の前へ。
すれば当然、狙われた側は警戒して後方に下がる。
「どうせコイツも戦闘不能になったら霧になるんだ。だったら思いっきりぶっ刺してやる」
まるでサスペンスドラマに出てくる登場人物のごとく腰付近に両手で短剣を持ち、距離を取ろうとする魔獣に全力で突進し。
「これで、二匹目っ⋯⋯」
眉間を狙ったつもりだったが外し、左側面から首元へとグサリ。
思いのほか勢いがあったようで刺さり方は十分。柄を残して刃は獲物の体内に埋まり、脳内シミュレーション通りならば刺された魔獣が霧散するはず。
そう、霧散するはずだったのだが。
「ああもう、こんなタイミングでちょっと耐えようとしてんじゃねぇ!」
戦闘不能となったはずの魔獣が中々霧となってくれず、短剣が引き抜けなくなってしまう。
個体によって力尽きてから霧になるまでラグがあるのだろうか。
兎にも角にも、ピンチの真っ只中。
「しゃがんで下さい!」
「ん? ⋯⋯ぅおわ!? ナイス指示、ネム!」
言われるがままに身を低くしたところ、その上を赤い影が通り過ぎた。
得物を失った俺を見て好都合と判断した魔獣が死角から襲ってきていたようだ。
イレギュラーが起こると視野が狭くなるのが俺の悪い部分であって、ネムが居なければ死んでいた可能性がとてつもなく高いだろう。
さて、短剣が奪われたとなればどうすべきか。流石に素手で戦うのは厳しいだろうが──、
「あっ⋯⋯ぶねぇ! サブウェポン買ってて良かったぁ!」
ヘルガルの店で以前購入していた魔鉄鋼製のナイフを右手に持ち、魔獣による追撃をギリギリ紙一重で躱すと同時、振り下ろすように突き立てる。
短剣とは違い深くは刺さらないが、代わりに何度も引き抜いては再度突き立てる事が出来る。メッタ刺しというやつだ。
もはや暴れているだけにしか見えない荒い戦闘スタイルではあるが、そこは大目に見て欲しい。身の安全のためには恥も外聞も捨てる必要があるのだから。
「よし、霧になった。やっぱり耐久力は低いみたいだな、コイツら」
そんなこんなで三匹目を処理。
傍の地面を見れば、メインウェポンの短剣は地面に横たわっていた。二匹目の方も既に力尽きていたようだ。
と、くれば──残るは最後の一匹のみ。
足元の得物を拾い上げてナイフと持ち替え、残った巨狼を見据える。
「よく見りゃ脚が傷ついてんな。最初の二匹のうち仕留め損ねた方か、お前」
右の前脚から噴き出す赤い霧が薄らとしたものになっていたせいで、他の健常体の三匹と見分けが付かなかった。
「でもまあ油断は禁物。手負いの獣は何してくっか分かんねぇ」
こちらが足を踏み出して着実に間を縮めようとする俺に対し、ダメージを負ったままの巨狼は縮められた距離の分だけ後ずさる。
攻撃の意思が感じられないのはありがたい。
どうせ死んでも復活するのだから、と相打ち覚悟で猛攻を仕掛けるほどの知能は無いのだろう。もしくは、野生の獣が持つ生存本能には逆らえないか。
「モタモタしてると、先に仕留めといたヤツらがまた復活しちまうか。だったらコイツも、今のうちに⋯⋯」
即断即決。
一気に切り込みをかけ、脳天からすっぱりとトドメを刺そうとしたところ。
「あ、オイ! 逃げんな!」
脱兎のごとく──それが、巨狼に使う表現として適切かは分からないが。目の前の魔獣は身の危険を前に、背を向け逃げ出したのだ。
しかもその方向は西。市場にも近い、街の中心方面と来た。
となれば当然、仕留め損ねるわけにはいかないわけであって。
「ネム、追うぞ。走れるか?」
「は、はいっ。魔力も少し回復してますし、走れます!」
「よし、なら良い。急ごう」
返事を聞くや否やのダッシュ開始。
支援魔法で強化された脚力で街路を駆け、魔獣の背を追走する。
が──しかし、さすが狼。こちらも足を思いっきり動かしてはいるが、中々距離は縮まらない。
この道の見晴らしがよく、見逃すことは無さそうが幸いか。
ちらりと後ろを確認してみれば、俺を追いかけるネムとの差は少しずつ開いていた。追走劇が長引いてしまうのはあまり好ましくなさそうだ。
「もうちょっとなんだよなぁ⋯⋯!」
三分近く追いかけた結果、俺と魔獣の差はあと五メートルほど。
「これくらいの距離ならスタミナのこと考えずに全力疾走すりゃあ追いつく、か?」
目を細め、剣の柄を手に取る。
走りながらに鞘から得物をすらりと抜き、
「逃がすかよぉ!」
思いっきり石畳を踏み抜く。すれば加速した身体は慣性に従って、より前へ。
全力疾走を初めてから、ものの十秒足らず。
「⋯⋯攻撃範囲内⋯⋯だっ!」
腕を右から左へ薙ぎ払う。
まるでチャンバラだ。しかし、我流とすら言えないレベルのその一撃は逃げる巨狼の尾先を斬り落とすことに成功した。
再び漏れ出す赤い霧。
痛みを感じているのかいないのかは分からない。だが、確実にその動きは鈍くなっている。
このままの勢いで追撃をかまし、仕留めきれさえすれば──、
「⋯⋯あっ、ちょ」
途端、巨狼がいきなりの方向転換。
急ブレーキの直後に進行方向を斜め左に変えたと思えば、大通りから外れたルートの方へ。
「あれ? この道ってまさか」
見覚えのある細道。
真っ直ぐと進んだその右手側には、俺も何度か訪れた事のあるマジックアイテム店があるはずで。
「残念ながらそっちは行き止まりだぞ、クソ狼」
耳に届く低い唸り声は、角に追い詰められた魔獣によるせめてもの抵抗か。
「どうせ復活するんだろ。閉じ込める檻でもあるんなら生け捕りの方が効率的だけど、そんなもんは持ってねぇし⋯⋯」
殺すしかないか、と結論付け。
俺は反撃を万が一でも喰らわぬように気をつけながら、両手を大きく真上に振りかぶって──唐竹割りのごとく真縦に魔獣を斬りつけ、仕留めた。
これで四匹目。
他の三匹は霧となって漂っているだろうが、俺が最後の一匹と追いかけっこをしている間に突風を感じることは無かったため、広範囲に散らばって復活するという事態にはならないだろう。
それにあっちの方面には他の冒険者達も居るし、リキヤだってまだ居るかもしれない。
まあまあに広い道だ。誰かしらが気付いてくれるだろう。
ようやく息を休める事が出来そうだと気を抜いた、その瞬間。
「タツキさん、後ろっ! 五匹目です! ⋯⋯『補助魔法・防御強化』!」
「なっ⋯⋯があっ!?」
警戒心を緩めたのが駄目だった。
左斜め後ろからの酷く重い衝撃が上半身を貫き、俺の身体ごとまるまる吹き飛ばし──受け身ひとつ取れずに、木製の壁へと叩きつけられた。
「ご、ごめんなさい、タツキさんっ⋯⋯⋯⋯はぁ、はぁ」
どうやら俺が四匹目の魔獣を追いかけてる間にネムとの差が開いたせいで、注意が遅れてしまったのだろう。
視界にちらりと映り込む彼女は、息も絶え絶えの様子で膝に手を付いていて。
それが、残り少ない魔力を振り絞って俺にバフをくれた事による体力の消耗ということに気が付き、またも迷惑をかけてしまったと申し訳なく思う。
左腕が酷く痛む。モロにダメージを受けてしまったのだ、折れている可能性も高い。
だが、しかし。
「俺が倒れるわけには、いかねぇんだよなぁ⋯⋯」
ネムに標的を移した五匹目の魔獣を見て、「行かせるわけにはいかないんだよ」と気合いで立ち上がる。
「つっ⋯⋯⋯⋯」
動く度に走る痛みが脳を痺れさせ、視界をチカチカとさせる。
何気にこの世界へ来てから初めての大怪我かもしれないな、などとこの期に及んで異世界ファンタジーを骨身に感じつつ。
「──ぅるぁぁああっ!」
喉が張り裂けんばかりに叫び散らし。
油断してがら空きとなった魔獣の背中へと、力いっぱいに短剣を突き刺した。




