第三十八話 馬鹿とオオカミ
まず、現在の状況を整理したいと思う。
沈みかけの日の下、十字路のど真ん中に俺とネムが無傷で立っている。そこは別に問題なし。
敵対生物である巨狼が居なくなり、代わりにヤツが居たはずの場所には赤い霧がもうもうと立ち上っている。そこもまぁ、ギリギリ問題なし。
揺らめく霧の傍ら、その地面は瓦礫と化し。中心に立ってこちらを見つめる友人がひとり──、
「いやぁマジでゴメンって、タツキちん。逃げ遅れた人が居たのかと思って焦っちった!」
顔の前で両手のひらを合わせて謝罪するのは、幼馴染であるリキヤだ。
俺が一匹の魔獣と睨み合っている最中、コイツは雷っぽい何かとなって降ってきたと。ワケが分からん。
いや、それよりもまず先に言うべきことは。
「おまっ⋯⋯魔法で倒しちゃダメだろ、リキヤ! 増えるぞコイツ!?」
「おわわわわわ⋯⋯ゆ、揺らさないでタツキちん。舌噛む、噛んじゃう」
来て早々にやらかした友人の肩を掴み、揺さぶりながらに彼の失態を叱責する。
「すすす、すとっぷ、すとっぷ! このままだと吐くよ! 吐いちゃうよ!?」
「あ、それは嫌だ」
服にゲロをぶちまけられるのは勘弁願いたい。
俺はパッと手を離し、馬鹿を解放した。
「うおぷ⋯⋯頭外れるかと思った。デュラハンじゃ無いって、俺⋯⋯」
ふらふらと目を回した様子で立つリキヤ。
そんな彼に対し、
「で、お前はお前でどうしてココに居るんだよ。討伐隊にでも参加してたのか?」
「そそ。やっぱギルマスみたいな美人さんに頼まれたら断れないっしょ!」
「うっわぁ、動機が不純」
「それが俺だよん。もっと褒めて褒めて」
下らない会話をしていると、リキヤの視線が一箇所で止まった。
「⋯⋯び、美少女っ!?」
「⋯⋯⋯⋯へ?」
いきなり現れた男からの視線を浴びたネムが戸惑う。
「何で⋯⋯何でタツキちんばっかり良い思いしてんだよぉ! 俺だって頑張ってるのにさぁ!」
「急にどうしたんだよ。とうとう壊れたか?」
「タツキちんの裏切り者! どうせあの子に毎日毎日〇〇とか〇〇したりして貰ってるんでしょ!?」
「おいクソ馬鹿マジでやめろ。デカい声で妄想を垂れ流してんじゃねぇよ、ネムが引いてんだろーが」
「痛い! 痛いよタツキちん!」
顔を真っ赤にしながら後ずさりしている少女を横目に、元凶の金髪バカの頭を思いっきり引っ叩く。
「そんな事より、討伐隊のお前が何でココに居るかを教えろっての。何か用事でもあんだろ? 油売ってばっかじゃギルマスからの信用ガタ落ちだぞ」
「それは嫌! 伝言頼まれたんよね、ほら俺って魔法使ったら爆速じゃん?」
「知らねぇけど。で、内容は?」
「うぐっ。⋯⋯えっとねー、今回俺らが戦ってる狼、いるじゃん。アイツらに関係することなんだけどさぁ」
すぐ近くで揺れる赤い霧を指さして、リキヤは言葉を繋げる。
「あの霧、強い風が吹いたらそれに乗って移動しちゃうらしいんよね。だから気をつけろ、だってさ!」
「え」
──呆けた瞬間、突風が肌を吹き付けた。
風向きは東。最悪だ。
「あああっ、タツキさん! 霧が街の方に!?」
「ちょ、待っ⋯⋯先に言えよリキヤぁ!」
「ごめんってばタツキちん。お詫びにこの辺に来る狼は全部俺がやっとくし! さっきみたいにズバァンって!」
「魔法は使うなって言ったろぉ!?」
どうしよう、コイツ本当に話聞かねぇ。
街の危機だってのに呑気なもんだよ。ネムを見習えっての。
「でもさ、でもさ。俺の攻撃方法ってあーいうのしか無いんよね」
「は? お前サッカー部だったんならよ、自分で砕いた瓦礫でも蹴っ飛ばしてぶつけろっての。そーいうスポーツだろ、アレ」
「違うけど!? ⋯⋯でも名案かもね、それ採用っ!」
とてつもなく良い笑顔でサムズアップされ、思わず殴り飛ばしたくなる。
しかし今は我慢だ。殴るのは全てが終わってからにしよう。
「ところでネム。支援魔法の効果範囲ってまだ余裕あるか?」
「ありますっ。風に運ばれて行方が分からなくなる前に、あの霧を追いかけましょう!」
「了解」
俺はネムを連れて追い風を背に走り出す。
幸い、霧の移動速度はそこまで早くない。バフののった身体能力であれば余裕で追いつけるスピードだ。
「あれ、タツキちん。俺は?」
「ギルマスから伝言頼まれてんだろ。全員に伝えてこいよ。俺が知ってるだけでも二十人以上いるぞ、集まった冒険者は」
「マジでぇ!? 『高付与魔術・脚』──『風脚』! ⋯⋯急いで行ってきまぁーす!」
何やら魔法を唱えたかと思えば、空を蹴るようにしてリキヤが飛び去っていく。
いつ出会っても騒がしいヤツだ。
心から、そう思う。
┅
で、それから数分後。
「やっぱり増えたか。そりゃ増えるよなぁ⋯⋯」
シルテットの所から持ってきた文献通り、件の魔獣は魔法を喰らって増えるようで。
「ネムはなるべく壁を背にしとけ。二人して挟まれると面倒臭い」
「分かりました。⋯⋯援護しなくて本当に大丈夫ですか?」
「狼の硬さ次第だな、刃が通るんならまだやりようはある」
倒しても復活するというのなら、守りに徹するまで。
恐怖心なんてのは既に消えている。どっかの馬鹿と絡んだせいと言うか、お陰でというか。
とにかく、目の前の敵に立ち向かう覚悟は出来ていた。
「さあ、いつでも来やがれデカ狼」
剣の切っ先を正面に向けての威嚇。
にじりにじりと近寄って来ていた魔獣二匹は、それを見て警戒したように唸る。
このまま互いに動かなければ楽なんだが、とは思えど。
しかし睨み合いはそう長く続かずに、
「──だらぁ!」
まずは一匹、痺れを切らしたのか真っ直ぐ突っ込んできた巨狼を斬りつけ、横に蹴飛ばす。
背後にはネムが居るからな、間違っても俺の後ろへと抜けさせるわけにはいかないのだ。
ただ、想定外の出来事がひとつ。
「思ったより柔かかったな。スライムでも斬ったみたいな感覚だったぞ」
襲い来る巨狼の防御力が異常に低いのだ。
流動性があるわけでもなく、だが明らかに斬った時の抵抗は少ない。
とはいえ、先程の一撃が外れたわけでも無さそうだ。俺が斬りつけた右前脚からは血液の代わりに赤い霧が漏れ出ており、一見して深手を負っているようにも見える。
じっくりと観察しておきたい所ではあるが、敵は二匹。
当然そんな余裕は無く、
「うお、危なっ」
連携しているつもりなのかは知らないが、波状攻撃を仕掛けてくる魔獣達。フォレストウルフも似たような事をしてくるが、普通に厄介なコンビネーションだ。
従って、早いところ敵の数は減らしておくべきだと考え、
「らぁっ! お返しだ!」
大口を開けての噛み付きを躱した後、体勢を整えてから大振りの一撃をがら空きの胴体にお見舞いする。
がむしゃらに振るっただけの、酷く不格好な一撃は、普通のフォレストウルフ相手ならばかすり傷がつけられるかどうかくらいのもの。
にも関わらず──触れた刃先は巨狼の体表にずぶりと沈み込んだ。
「まずは一匹。ネムのバフがありゃ意外と何とかなりそうだな、コレ」
深々と横っ腹を裂かれた巨狼は、赤い霧に。
残されたもう片一匹は右前脚にダメージを負っている。
可能ならば、このまま二匹を各個撃破し数的な不利を打ち消したままにしておきたいが。
「あ⋯⋯た、タツキさん! 奥から追加の魔獣です、気を付けてください!」
「嘘だろ!? きっついな、クソが⋯⋯!」
どうやら、事はそう上手く運ばないらしい。




