第三十七話 落雷
「確かに支援魔法をかけて欲しいとは言ったがよ、まさか全員にとはなぁ⋯⋯」
呆れたような、しかし感心するような声色でヘルガルが呟く。
「魔力の制御は全然問題ないですけど、魔力そのものがもうほとんど空っぽですね。しばらく魔法は何も使えそうにありません」
「支援魔法ってかける時にしか魔力使わないのか。てっきり維持すんのにもじわじわと力を使うのかと思ってた」
「バフをかける相手と自分の間にパスを繋げた分だけ支援側の最大魔力容量が減るという感じなので、あながち間違いとも言えないですけどね。あんまり離れすぎると効果も切れちゃいますし」
魔法を維持している限りは常にガス欠状態にすらなりうるとのことらしい。
それがメリットなのかデメリットなのか魔法自体使えない俺には分からないが、今回ばかりはその仕様のお陰で全員にバフをかける事が出来たとも言えるだろう。
「で。俺の主な役割は自衛手段に乏しくなっちまうネムの護衛、と。やる事はいつもとあんまり変わんなさそうだな」
腰に提げた短剣の柄を握ってみせれば、滑り止め用の布越しに金属製のグリップから伝わるひやりとした冷たさが手のひらに伝わった。
兎にも角にも、ネムからの支援魔法を身に受けつつ、彼女の所まで魔獣が辿り着かないように上手いこと立ち回る。
強いて言えば攻撃魔法による目くらまし等の手助けが期待出来そうになかったりするが、そこは前衛の俺が頑張ればいいだけの話。
最終的に根性論で落ち着いてしまう辺り、戦闘経験が薄く具体的な戦略を練るのが苦手なのだ──俺は自分をそう評した。
そんな折にヘルガルが、
「観察したところ、門兵が相手にしている魔獣の数は十体ほど。続けて群れが追加で攻めてこない限り、しばらくは持ち堪えるだろうよ」
「⋯⋯フラグ?」
「ふらぐ? なんだそりゃ、新種の魔物か?」
「んんっ、何でもないっす。気にしないでください」
余計なことは言わない方が身のためだ。
「何でもないなら良いんだがよ。とにかく今は、様子を見に行ってくれているヤツが帰ってくるのを待つしかねぇってこった」
集まった冒険者二十余名の中でも足の早い数名が、着々と大きな戦場となりつつある東門の状況を知るべく向かっているらしい。
俺も結構身軽な方だが、民家の屋根から屋根を飛び移ってまわったりするのはさすがに無理だと辞退した。
なんなら風も強まってきている。屋根の上を走ろうものなら、確実にバランスを崩して落っこちることだろう。
というわけで、しばらくの間は俺もネムも手持ち無沙汰。
時間を持て余すくらいならば、軽くその辺を走って身体を温めるってのも良いかもな。
「よっこいせっ⋯⋯と」
絶妙にジジくさいかけ声と共に立ち上がる。
次いで軽く首と指の関節を鳴らし、準備運動がてら屈伸でもしようかと思った、その矢先。
「──報告、報告ゥ! 群れの第二波が押し寄せてきたぞォ、全員戦闘準備につけェ!」
兵団による魔獣進行に対する防衛状況の確認を任されていたのであろう冒険者の一人が戻ったようで、状況の悪化を大声で告げた。
当然、冒険者達はそれに反応。座っていた者も続々と腰を上げ、同じ方向へと足先を向ける。
「ヘルガルさんの言った状況、まさにそのまんまですね」
「フラグ立てて回収するまでが早すぎんだろ、びっくりするわ」
言いながら頭を搔き、
「俺らも動こうぜ、ネム。支援魔法の効果範囲って決まってんだろ? なるべく安全で、かつ乱戦から離れ過ぎない場所に向かうとするぞ」
俺だってやってやるよ、と。
我先にと東へ向かう戦士達の背を眺めながらに、何度も燻らせた決意を改めて奮い立たせた。
┅
それから三十分弱。
空を見れば日は大きく傾き、辺りは着々と薄暗くなっており。
「参ったな。暗い中の戦闘方法なんざ習ってねぇぞ」
困った状況になったものだと息を吐きつつ、見ぬうちに魔獣との激しい戦いと化していた東の門側へと視線を送った。
場所は先程冒険者達が集まっていた広場からはそう遠くない十字路のど真ん中。
もしも魔獣が街を覆う外壁からするりと侵入したとして、見通しの良いこの場所ならば物陰に潜んだ魔獣にやられることはない。
相対的にこちら側も隠れる場所が近場に無くなるわけではあるが、俺達が戦うのが狼の魔獣だと考えれば身を潜めるのは難しいだろうし。潜伏している相手を狩るのは、森に住む獣の専売特許だ。
「"赤霧の魔物群"を獣扱いしていいのか、ってのが微妙なとこだけどなぁ。本当に狼なのかも疑わしい所だしさ」
「それはどうでしょうか。世界は広いですから、探せば似たような魔獣だっているかもしれませんよ?」
「ま、そりゃそうか⋯⋯ん?」
ふと。東へ続く通りの奥へ、意識が向く。
「んんん⋯⋯?」
「タツキさん、何を見てるんですか?」
「んー⋯⋯なんかさ、赤いのが一瞬だけ横切った気がした。気をつけろよネム、意外と近くにいるかもしんねぇぞ」
「大丈夫ですよ、常に臨戦態勢ですっ!」
ぐっと胸の前で握りこぶしを作ってみせるネムを見て、心配は不要そうだと一安心。
俺自身も気は引き締まっている。
──となれば、後は。
「た、タツキさんっ!」
「⋯⋯は、やっぱり来やがった」
建物の陰から姿を現した獣を、打ち倒すだけだ。
鞘から剣を抜き、両手でしっかりと握り、構える。
対峙するは赤色の巨狼。鼻先から尾の先までの大きさ、おそらく二メートルほどはあろうか。
野性的な唸り声をあげる度に剥き出しとなる牙がこちらを威圧し、冷や汗を流させるには充分な獰猛さを纏っていた。
ただでさえ未知の敵である"赤霧の魔物群"。
得体の知れない相手を前に余裕で居られるほど戦闘経験なぞ積んでいない俺は、ほんの少しだけ震えていた。
武者震いなんて勝気なものでない、単なる怯えだ。
「何を今更ビビってんだよ、俺。あんなの異様にデカいだけのフォレストウルフと思えぱ良い! 来いやデカ狼ぃ!」
中々に無理がある自己暗示を言葉に出して、叫ぶ。
そうでもしなければ、今すぐにでも逃げ出したい気持ちが抑えきれないのだ。
ネムの援護が期待出来ない中、どれだけ戦える?
ロヴィスカルという太く頼もしい命綱なしで、どこまで生き残れる?
考えたって無駄だ。なにせ、今俺が頼れるのは俺自身しか居ないはずなのだから。
呼吸を整えろ。恐怖心に打ち勝て。
地面を踏みしめろ。石畳から両の足が浮かされたら死ぬと思え。
しっかりと周囲を把握しろ。相手は沢山居るのだから一対一で戦えるなんて思うな。
目の前の敵を見据えつつも、出来る限りに視野は広く持て。聴覚にも意識を向けろ。
「『高付与魔術・脚』⋯⋯」
「ん?」
誰の声だ、コレ。
剣を下ろさぬままに声の聞こえた方へと目を向けた、その瞬間。
「──『雷脚』ぅ!!」
「うぉぁああっ!?」
先程までの冷静さはどこへやら。
突如目の前に落ちてきた"雷"に対して俺は全力で悲鳴を上げ、真後ろにすっ転んだ。
「ふぃー⋯⋯あ、ヤベ。道路壊しちった!?」
雷の落下点に立つのは、一人の少年。
バチバチと音を鳴らす彼の両足から見るに、この状況は彼が作り上げたものなのだろう。
だが、そんな事はどうでも良くて。
「怒られちゃうかなー、コレ。どうしよ⋯⋯ってアレ、タツキちん? 何でこんなトコ、居るん?」
「⋯⋯こっちのセリフだわ、アホが」
キョトンとした顔をこちらへと向ける金髪の少年、潜木リキヤへ向けて、俺は恨めしげに言葉を返した。




