第三十五話 度胸
「マジでどこ行ったんだよ⋯⋯」
歩き慣れた街道の上を、俺は走る。
珍しく閑散とした街並みからは、そこに住む人々が避難を開始した事が見て取れた。
「東はあっちか。分かりやすいな」
彼らは東から迫る魔獣の群れから逃げているのだから、まばらに見かける人の流れに逆らいさえすれば自ずと目的地の方面へ向かうこととなる。
だが、東の門へと向かう道のりはひとつではないのだ。
全速力で走ったとして、ネムと出会うことなく目的地へと着いてしまう可能性も十分に高い。
「歩いて一時間くらいで着くから、走りゃ三、四十分か? ま、戦闘前の準備運動ってことにしとこう」
いつもみたくシルテットの家を使ってワープしてしまうのも良いが、今はあえてその方法を選ばない事にする。
赤いウルフと鉢合わせてしまうより前にネムと出会わなければいけないからな。支援魔法無しであの魔獣と戦うのは、俺にはまだまだ荷が重いし。
それに、ネムは攻撃が出来ない。自分の身体に支援魔法を使えば逃げたりは出来るだろうが、おそらく出来てもそれだけだろう。
「または他の冒険者か門兵の人に支援魔法をかけるか、だな。俺的にはそっちの方が安心だけど」
攻撃の手段を持てども使えぬネムを守る役割が必要だ。
そもそも支援職と組めば自ずとそういうムーブになるのだが、ネムは何やら攻撃魔法を使いたがる節があるからな。
もしかすると彼女が言う"憧れ"とやらに起因するのかもしれないし、俺はその辺りに口を挟む気は無いが。
俺は俺で、支援が無ければゴブリン一匹とどっこいどっこいの戦闘能力。
自覚しているだけまだマシなのだろう。だが、やはり男としては悲しくなるわけで。
「──あぁもう、変にやる気が出てきちまう。収まれ収まれ、無闇に突っ込んでも死ぬだけだぞ俺」
なるべく安全な橋を渡らねばと考える冷静さと、思春期男子としての情けなく在りたくないというプライド。
その間で心が揺れ動くのを感じつつ、相反する自らの思考に葛藤しながら走り続ける。
走り、走り、時々周りを見渡して仲間の少女を探し、また走ること二十分と少し。
「ん? 思ったより早く着いちまったな」
視界に入って来たのは、一時間ほど前にも来た石造りの門。
寄り道せずに真っ直ぐ来ればこんなにも早く着くものなのかと、少し意外に思いつつ。
「ネムが来てないか兵の人に聞いてみるか。居なかったら⋯⋯まあ、それはその時考えよう」
非常時にこそ臨機応変に動けるよう構えておくべきだろう。無論、行き当たりばったりで考えを巡らせることを臨機応変と言っていいのか怪しいところではあるが。
死ななきゃ勝ちだ。
いや、少し違うか。俺が死なないだけでなく、ネムのやつも死なせない。それこそが俺個人にとっての勝利条件だろう。
あちらにどう思われようとも、仲良くなった相手を死なせるわけにはいくまいて。
「こういう時だけリキヤの野郎が羨ましいわ」
別に、強くて特殊で唯一無二な能力だとかを求める気はない。何も無くとも、色々な人の力を借りつつ異世界を充分に満喫出来ているし。
それでも今回ばかりは戦える力が欲しくなる。
俺と同じくこの世界に召喚されたリキヤは、勇者として喚ばれたわけだから何か知ら強力な魔法なりなんなりを使えるのだろう。冒険者ランクもBランクだったよな、確か。
ピンチになったら覚醒して敵をぶっ倒すだとかみたいなテンプレは、期待するだけ無駄。
「俺は、俺に出来ることを見つけなきゃあな⋯⋯」
まずはそこから頑張ろう、話はそれからだ。
┅
追加で一時間ほどが経ち。
「結局ネムの行方は分からず、と。聞いて回った感じだと門の方にも来てないらしいし。ま、平原にひとりで向かったなんて事は無さそうってだけまだマシか」
適当なベンチに座ってもたれかかり、探してみたものの行方が分からぬパーティメンバーのことで思い悩む。
俺自身も皮の鎧に短剣とナイフを身につけて、戦闘準備はバッチリではある。
しかし、やはり危険な戦闘はなるべく避けたいものだ──快晴とはギリギリ言い切れないくらいの晴れ間を見せる空を見上げながらに、ふぅとひと息。
前の世界じゃ確実に味わえない緊張感が心の底に積もっていくのを感じ、
「ここまで楽しめそうにないスリルは初めてだぜ。命のやり取りなんて縁のない人生だったしな」
それはそれでただ幸運だったのだろう、なんて地球で過ごした人生を振り返る。
ある程度裕福とも言える家庭に生まれ、幼稚園と小学校は生意気に過ごし。中学校では多少の反抗期を交えつつ、高校に入学して二年ほどで地球での生活は幕を閉じた。
一方で、この世界では同年代ほどの少女が自らの命を張るような出来事も起こると知った。
異常事態に巻き込まれる可能性を知り、最初こそ逃げようとした俺ではあるが。
友人が勇気を振り絞っている後ろで背を向けるような事をしていては、男が廃るというものだろう。
「こんな所に座り込んで独り言か、兄ちゃん」
「わりぃかよ⋯⋯⋯⋯え?」
突然聞こえた野太い声に、天を仰ぐのを止めて視線を前に。
「オッサンじゃないですか」
「だぁれがオッサンだ。武具屋のヘルガルだよ、ヘルガル」
思いがけぬ相手との顔合わせだった。
俺は驚き、目を見開く。
この場に居るということは、彼も森からやって来る魔獣の群れと戦う気なのだろう。
その証拠に、
「凄い装備っすね。めちゃくちゃ重そう」
「冒険者やってた頃の愛用品だ。俺ぁ歳を食っちまったが、コイツはまだまだ現役よ!」
大きな体躯を覆い隠す金属製の重鎧を誇るようにして、ヘルガルは豪快に笑ってみせた。
⋯⋯なるほど、冒険者だったのか。
見た目もさることながら、武器防具の扱いもお手の物である時点である程度の察しはついていたため、今さら驚くようなことでも無いが。
「しっかし、こんな平和な街でも避難警報ってのは出るもんなんだなぁ。慌てて店から走ってきたぞ」
分厚い篭手を外して小脇に抱え、空いた手で頭を搔くヘルガル。
「戦いが出来ねぇ住民は避難した。んで、領主んとこの兵隊は街の門を魔獣の大群から守るとくりゃあ⋯⋯戦いの出来る住民が、街の中を守らにゃならんだろ?」
にぃ、と口角を上げながら彼は言う。
「それを笑って言えるところ、尊敬しますよ」
「ん? ⋯⋯あぁ、笑っちまってたか! こんな時にいけねぇやな、冒険者の血が騒いで仕方がねぇ。でもよ、俺みてぇな物好きってのは意外といるもんだぜ。西の方角でも見てみな、兄ちゃん」
言われ、西方面へと顔を向け──目を見開いた。
「二十六人。この街を守るために集まった冒険者の数だ。兄ちゃんを含めてな。どうだ、結構いるもんだろ?」
通りの奥からこちらへ向かってくるのは、屈強な戦士達。
彼らは皆、剣なり槍なりの得物を携え街を守らんとする、勇ましき冒険者達であった。
もしかすればあの中にネムもいるのではなかろうか。
そんな希望を抱いたものの彼女の小柄な姿は群衆の中に無く、つい項垂れそうになったところで、
「こんだけの同じ目的を持った仲間がいりゃ、ビビる事なんざ何もねぇ。だから気合い入れてこうぜ、互いになぁ!」
「うおっ⋯⋯!?」
「冒険者なんざ、度胸を見せたもん勝ちよ。じゃ、ちょいと門兵に挨拶してくらぁ」
喝を入れたつもりなのだろう。
ヘルガルの大きな手のひらが俺の背を優しく叩き、そのまま東の方へと真っ直ぐに去って行った。
さて。
この後、俺はどう動くべきだろうか?
「折角背中を押してもらったんだ。⋯⋯よし、腹は括った」
深呼吸を三度して心を落ち着かせ、向かうべき先が分からなくなっていた思考を一旦リセット。
俺やネム以外にも魔獣狩りのためにこの場へ出向いた人がいる事も分かったのだ。不安も随分と薄れてきている。
「ひとまず、俺の目的はまず"ネムと合流すること"だ。アイツの支援があるのと無いのとじゃ生存確率も大違いだしな」
ベンチから立ち上がり、俺も俺で東の方へ。
誰かしら他の冒険者なりに協力して貰ってもいいかもしれないが、彼らの目的は外敵の駆除だからな。こっちの事情で余計な仕事を増やしてしまうのは望ましくない。
だから、ネムを探すとすれば俺一人で、だ。
──対『赤霧の魔物群』防衛戦開始まで、あと二時間。




