第三十三話 既視感の正体
サラマンドラ王国──それがこの国の名前であると知ったのは、割と最近のこと。
街の図書館で色々と調べ物をしていた際、どうせならと国名と付近の街の名前、ついでに領主の名前やらを頭に叩き込んだのだが。
「た、タツキさんタツキさん。ギルドマスターですよ、凄い方ですよっ。この街を含む周辺の土地──ヘルメス伯爵領にある冒険者組合の総括。つまり、ギルドマスターは貴族の方なんですっ⋯⋯!」
あわあわと落ち着かない様子のネムが、隣に。
⋯⋯うん。
ユノ・ヘルメスだなんて名前を聞いた時に察したよ、俺。
ここら一帯における領地の名前が"ヘルメス伯爵領"なのだ。ならば冒険者組合のように大きな組織のトップの名前が同じである時点で、領主と同じ家系の人なのだろうと嫌でも分かった。
「とりあえずネムは落ち着け。んで、ひとつ頼まれてくれ。しばらくこの魔道具の管理、頼む」
「へ?」
「ギルドマスター。俺、高速移動の手段があるんで⋯⋯街に魔獣が近付いてることを門兵の人達に伝えてきますね」
「えっ!?」
すまんネム。
貴族と向かい合って話せる度胸、俺には無い。
「ん、そうか。こっちも人手が不足していてね、助かるよ」
「お易い御用です。それじゃあまた後ほど帰ってくるんで⋯⋯」
「タツキさぁん!」
置いていかないで、とでも伝えたいのだろう。
しかし悲しいかな、状況が状況だけにそんな事をユノの目の前でネムが言えるはずもなく。
「行ってくる、十分くらいしたら戻るから!」
「う、うぅ。分かりました⋯⋯」
心が痛い。
だが、門兵の所へ伝言を届けに行く上での適任が俺であることは、おそらく間違いないのだ。
そんなこんなで、ネムには二度目のお留守番を任せ。対する俺は、つい数刻前も利用した人気のない路地裏へと向かうことに。
「少し待ちたまえ。手紙を書くからね、それさえ渡してくれれば大丈夫さ」
向かおうとしたところで、ユノがポケットから小さな紙を手早く取りだし、さらさらと一筆したためる。
ものの十と数秒ほどで街に危険が迫っている旨を伝える手紙を書き上げ、最後にハンコをぽんと押した。
「さ、これを渡せば話も通りやすくなるはずさ。言伝はキミに任せよう」
「了解です」
紙片を受け取り、今度こそ退室。
置き去りにされることとなったネムからの視線が、背中に突き刺さる。
⋯⋯なるべく迅速に用事を済ませて戻らなきゃ、後で怒られてしまいそうだ。
┅
「確かにギルドマスターからの手紙だな。よし分かった、この門は我らヘルメス領兵団が死守しよう!」
顔馴染みの門兵へと手紙を渡せば、彼は槍を片手に綺麗な敬礼。俺の背筋もつられて伸びる。
「森林地帯の方面で大きな事件が発生していることは、我々も聞き及んでいる。殺されれば赤い霧と化す魔物、だったか」
「正確には魔獣らしいっす。デカくして赤くしたフォレストウルフっつーか」
「なるほど、情報感謝する」
再度敬礼する門兵。
自衛隊や警察だとかと話しているような気分だ。
しかし何だろう。
相変わらず、胸騒ぎのような既視感が──、
「⋯⋯あ」
ふと思い浮かぶのは、とある一冊の本。
「ん、どうした?」
「すんません、用事が出来たんでこのまま帰ります! 防衛、頑張ってください!」
言うだけ言って、駆け出した。
まずはこの辺で人気のない場所を探す。
適当な細道に身体を滑り込ませ、奥へ奥へ。
街の外縁部であったことが幸いして、人通りなぞすぐに無くなった。
そのまま懐からシルテット製の鍵を取り出し、扉を出す。
繋ぐ先は俺の部屋ではなく、隣の書庫。
「前見つけた魔物図鑑の中に、『赤霧の魔物群』とかいう項目があったはず⋯⋯⋯⋯お、コレだ!」
書物はどうせ読まないから好きにしていい、とシルテットは言っていた。
ならば遠慮なく、赤い狼と関連性があるかは分からないが、ひとまずギルドの方へとこの本を持っていこう。
そうと決まれば行動は早い。
自室でぐうたらしているであろう家主に声をかけるでもなく、俺はもう一度扉を使って、またも組合近くの路地裏へワープ。
「さ、急げ急げ。思ったより長引いちまった」
まるでセリヌンティウスの元へと走るメロスのよう。
その場合、ギルドマスターが暴虐の限りを尽くすクソ王様の役になってしまうわけだが。
と、どうでもいい例え話を思い浮かべているうちに、目的地はすぐ目の前に。
受付カウンターを素通りし、オフィスに通じる扉を抜け。
「ただいま戻りまし⋯⋯あれ? ユノさんがデイシャさんになってら」
「ギルドマスターは私達の中でも圧倒的に忙しいのでー。何か伝えることがあれば、お呼びしますよー?」
「いや、大丈夫。ネムも留守番ありがとな、助かったぜ」
「半ば無理やり置いてかれたんですけどね。人身御供にされた気分でした」
ジト目のネム。
俺から受けた扱いに対して、ほんの少しだけ不服そうだ。
「悪い悪い。貸しにしといてくれ」
「もう、仕方ないですね。貸しひとつですよ」
どうやら一旦許しては貰えたらしい。
貸し、か。どうやって返そう。無難に飯でも奢ったりするとかかね。
まあそっちに関しては、後で考えるとして。
「帰ってきて早々悪いけど、ちょいと調べ物するわ」
「調べ物、ですか?」
「そそ、なんかそれっぽい文献があってさ。えーっと⋯⋯ああほら、コレ。『赤霧の魔物群』ってやつ」
ページを捲り、読んでみる。
「"暴れ木の森と呼ばれるその奥地。悠然と大地を見下ろす大樹の根元、産み出されしは赤い霧。ソレは森の大地に生命を散らせし亡者を型取り、ヒトを襲い、魔力を喰らう"」
読み上げてみるが、よく分からない。
どこか大樹のある森があって、そこに出現するのが赤霧の魔物群ってやつなのだろうか?
「大樹なんて見た事ねーしなぁ。ま、関係無かったっぽいな」
ぱたりと本を途中で閉じる。
気を取り直して、デイシャが扱っている水晶玉でも見ていようか、そう思った時。
「暴れ木の森? それって東の森の古称ですよ、タツキさん」
ネムがそんな事を言ってのけた。
「え」
古称とはどういう事か。
いや、そのままの意味なのだろう──俺は慌てて再度『赤霧の魔物群』について書かれたページを開く。
「続き、読んでみてください」
「りょーかい。"満ちる満ちるは赤の群れ。放たれし魔法を喰らっては増え、満ちる──"⋯⋯⋯⋯んん?」
書物に目を通せば通すほど、言い知れぬ不安がよぎる。
それはネムも同じようであり、なおかつ作業中のデイシャまでもが手を止めてこちらを見た。
「⋯⋯完全に今の状況と一致しますね。でも、赤霧の魔物群なんて存在聞いたことないですよ?」
「私も同じくですねー。古代の記録なんて世界中にほとんど残ってませんし、仕方ないことではありますがー」
「まあ、俺もこの本に書いてあることがどれだけ正しいのかは知らんけどな。信憑性も微妙なとこだしさ」
信ずるに足りうる根拠がなければ、人は動けないし動かせない。ならば今得た情報は伏せておこう。言えば余計な混乱を招くだけだ。
もう一度本を閉じてしまおうと、背表紙に手のひらを添えた時。
「いいや、私は信じよう。この地の出で立ちを知っている者として、ね」
再び聞こえる凛とした声。
「元々、ヘルメス伯爵領地は森しか無かった場所らしくてね。見上げんばかりの大樹も過去にはあったようだ。⋯⋯もっとも、古きサラマンドラの民と魔物達との戦いによって燃えてしまったそうだが」
歴史とは大っぴらに語られぬものだからね、と。
ギルドマスター・ユノは人差し指を口の前に立てて見せた。




