第三十二話 変異ウルフの侵攻劇
「なるほどなるほどー。こうやって使うんですか、便利ですねー?」
俺は目の前に立つデイシャが放っていた有無を言わさぬオーラに負け、大人しく遠視の魔道具を差し出していた。
⋯⋯だって怖かったんだもん。色々と。
いつも通りの間延びした口調だったけれども、目に生気が宿っていなかったし。なんなら俺が許可するまで場を離れない意思が透けて見えたまである。
まあ別に借りパクしようってことは無いだろうし、俺の目の前で使用するとのら条件付きで使わせているわけなのだが。
「では、司令室へ着いてきて貰ってもー? 悪いようにはしませんのでー」
「えっ」
「離れた位置の状況をリアルタイムで確認出来る魔道具となると、是非とも力を貸して頂きたくてですねー。少なくとも、組合全体の負担が二割ほど減るのでー」
「いや、力を貸すって言ってもなぁ。こんな魔道具一個のために俺が連れ去られるってのも⋯⋯」
そもそもオフィスって何だよ。
響きから察するに重要な場所だろ。そんな所に何も状況を理解していない新米冒険者が入るってのは、色々とマズいんじゃないか?
「⋯⋯結果次第では報酬も出しますよー?」
「ほう」
"報酬"の二文字に、つい反応。
若干ネムが苦笑いをしている気がしなくもないが、それはそれ。
「ま、まあ俺にはデメリットも無さそうだしな」
「では決定ということでー。お二人とも、しっかり着いてきてくださいねー?」
小物臭の半端ないセリフを吐く俺に対し、返答を受けるや否や即行動に移すデイシャ。
一方、巻き込まれた形になっているネムは困惑気味だ。
とはいえ彼女としても特に断る意味もなく。
二人並んでデイシャの後ろを着いて歩き、普段受付嬢達が並ぶカウンターテーブルのさらに向こうへ。
「奥のドアから入ることの出来る部屋、あそこがオフィスですー。先に言っておきますが、空気が相当殺伐としてますのでー」
物凄く不安なことを言われ、身を強ばらせる。
まるで圧迫面接を受けると分かっていながらも面接会場へと足を運ぶ、その直前みたいな感覚だ。舌とか噛まないだろうか。
「お邪魔しまーす」
「し、失礼します」
いざ、魔窟へ⋯⋯はさすがに失礼か。
とにかく、俺達はデイシャに続いて部屋へと足を踏み入れた。
「ちょっとデイシャ、こんな大変な時にどこ行って⋯⋯誰、その子達。助っ人? 助っ人だよね?」
「ですよー。このお二人が持っている魔道具が、森の状況確認に使えると思いましてー」
「なるほど! よく分かんないけどデイシャが言うなら間違いは無さそうだし、協力お願い!」
眼鏡をかけた受付嬢が、今にも泣きそうな様子でこちらに協力を頼んできた。
俺、魔道具を貸すだけなんだけどなぁ。まあいっか。
「ではでは、早速魔道具をお借りしてもー?」
「どうぞ」
「ありがとうございますー。さて、まずは詳細な規模の確認から行きますよー」
水晶玉へと映し出されるのは、空から森を見下ろしたかのような光景。
一度自分の目で見た場所でしか視点を操作出来ないはずなのだが、この人は空でも飛べるのだろうか。
いや、そんな事よりも──、
「何だよコレ。魔獣が大量発生してやがる」
「出処が不明な変異フォレストウルフの大量発生、とでも言いますかー。倒しても倒してもキリがなく、死体も何故か霧散してしまい素材も残らないので、討伐隊の士気も低下しているらしくー?」
「霧散? そんな事もあるんだな」
「いえいえ、普通は無いですねー。どうやらこの魔獣は特殊な個体らしく、倒したそばから赤い霧になって消え、別の場所で復活しているみたいでー」
「うわ」
大量発生している魔獣の情報を聞いて、俺は顔を顰める。
殺しても必ず復活してしまうとか、こちらの体力と気力が削られるだけだろ。
「変異ウルフの侵攻状況は⋯⋯ここですかー。既に平原にまで出てきているみたいですねー?」
見れば、森の外にも赤狼の群れ。
木々が視界を遮る場所よりも、そちらの方が討伐隊の冒険者達も狼相手に戦いやすいのだろう。むしろ平原の方が主戦場になっているようにも感じられる。
「十、二十、三十⋯⋯どんだけいんだよ、この狼。百は超えてんぞ」
「時々、森の中から増えていますね。それにも関わらず、大量の魔獣と渡り合えている討伐隊は、いったい?」
赤い狼の数に頬を引き攣らせる俺の隣で、ネムが討伐隊の人達へと興味を示していた。
確かにそうだ。変異種であろうがなかろうが関係なしに、俺なら四匹くらいに囲まれた時点で死を覚悟するぞ。
「Cランク冒険者が六名と、Bランク冒険者が一名ですよー。今この街にはAランク以上の冒険者は居らず、現状で出来うる限りかき集めた戦力があの七名でしたー」
「たった七人であんだけの量をせき止めてんのかよ。凄ぇな」
「戦力は逐一探して投入していくつもりなのですが、如何せん高ランクの冒険者というのは遠出をすることが多くー。次に派遣する討伐隊に至っては、Bランクが二名とCランクが一名しかー⋯⋯」
三人であの群れを相手って正気かよ。
それともアレか、Bランク冒険者ってのは化け物なのか?
「可能なら、この変異ウルフの発生源を早急に突き止めたいところですが⋯⋯討伐隊とは別ルートで森の方へと向かった調査隊の報告も芳しくなくてですねー。多方面に解決策を求めて連絡を取ってはいますが、中々原因も分からず終いでしてー」
だからあんなに忙しそうなのか。合点がいった。
しかし、霧になる魔獣か。出会ったことがあるはずもないのに、何故だか聞き覚えがあるような、ないような。
よく聞くよな、こういうデジャヴ。
例えば、ふとした時に過去見た夢と現実が重なってしまうみたいな感じ。予知夢でも見たんじゃないのかと、無駄にテンションが上がったりするやつ。
⋯⋯けれど、今回の既視感はまた違う気がするんだよなぁ。不思議だ。
「まあそれはさておいて、兎にも角にもこの魔道具を用いればより適切な判断を下せる⋯⋯ので⋯⋯?」
急に目を丸くするデイシャ。
いったいどうしたのだろうかと、俺も水晶玉へと視線を移すと、そこには。
「変異ウルフが数匹、討伐隊の壁を抜けてしまいましたねー。ああ、後続まで次々と⋯⋯ギルド長へ報告してきますので、お二人はここで少々お待ち下さいねー?」
映し出されていたのは、七人ぽっちの冒険者では抑えきれずに囲いの端から漏れ出した、赤い魔獣の群れ。
その四本足が向く先は、平原を真っ直ぐこの街の方へ。
「ヤバくね、コレ」
殺しても死なない魔獣が街に入り込もうならば、混乱は必至。死者だって出るだろう。
証拠たり得るかは微妙だが、デイシャが焦った表情を見せていたことから有り得ない未来では無さそうだと思えた。
こんな時、ゲームとかの主人公なら討伐して解決するんだろうな。残念ながら俺にはそんな力など無いが。
けど、それでも憧れてしまうのが男心というもの。
何かしら俺の力でも手伝えることは無いのだろうか、なんて事を思っていると。
「──やあ。すまないがその魔道具、見せてもらっても?」
「え? あ、どうぞ」
「失礼。ありがとう」
知らない女性から唐突に声をかけられ、反射的にどうぞと答えてしまった。
見れば、紫紺色の髪をポニーテールにして纏めた、三白眼の特徴的な長身の女性がそこに。
当然、目の前の女性が誰なのかという疑問を俺は抱く。
タイミングを見て質問すべきか迷っている中、反応したのは俺でなく。
「⋯⋯ギルド、マスター」
「おや、私のことを知っているのかい? ⋯⋯と、遅れながら自己紹介をさせて貰おう。今言われた通り、ギルドマスターを務めさせて貰っているユノ・ヘルメスだ。よろしく頼むよ」
冒険者組合の中でも最上位の立場である相手が目の前に現れ、唖然とした様子を見せるネム。
まるで、アルバイトとして雇われたばかりにも関わらず社長と会話をするような緊張感。
そんな俺達の状態を察してか、
「ふーむ⋯⋯そうだね、私も受付嬢の一人とでも思ってくれればいいさ。デイシャと同じように接してくれて構わない」
距離感の詰め方が独特な人なのだろう。
ギルドマスター・ユノは、真面目な顔付きのままにそう言った。




