第三十話 森にて騒動?
「ふあ⋯⋯おはよ。ご飯ある?」
三日後。
俺がいつも通りに昼飯の準備をしていると、寝ぼけ眼のシルテットが欠伸をしながらダイニングへやって来た。
艷のある銀髪に寝癖がついたままの姿は、シルテットの怠惰な印象をより強めており、
「髪くらい整えてこいっての。飯は今作り終わったところだ。座ってクスリソウモドキの相手でもしてろ」
「はぁーい」
そんな彼女との生活を三十日近く続けていれば、当然俺の主夫スキルは上がってくる。
若干オカンっぽい立ち位置になってしまった気もするが、それはそれ。
ガーリックっぽい野菜で風味付けした堅パンを主食に、豆のサラダとついでにデザート用のカットフルーツを皿に盛り付け、食卓へと向かう。
「ほら、今日の昼飯だ。俺はこのまま外出すっから。使い終わった皿は自分で洗っといてくれ」
「えー。お湯につけとくだけじゃ駄目なの?」
「絶対に駄目とは言わねーけどさぁ」
強いて言うなら、駄目なのはコイツ自身の惰性だろう。
テーブルに肘をつきながら我儘を言い放つその姿に至っては、ただひたすらに見た目が良いだけのダメ女でしかない。
「はぁ⋯⋯わーったよ。帰ったら洗っとくから好きに寝てろ。そんでいつか太って後悔しろ」
「前も言ったけど、天使は体型なんて変わんないから気にしなくていーの」
どつきたくなる衝動を丸々溜息に込めて吐き出してみれば、また追加でイラッとする発言が帰ってくる。埒があかねぇ。
俺は餌を両手に持って齧るペットを見て数少ない癒し成分を補給しつつ、台所に予め置いてあった外出用の装備やらなんやらを手に取り、
「じゃあ行ってくるわ。帰りは夜になるだろうし、夕飯は適当にあるもん食っとけ」
「あなたが帰ってくるまで待っておくわ。面倒だし。それより、また冒険? ほんっと飽きないわねー⋯⋯」
「ロマンなんだよ。俺みてーな年代の男にとっちゃな」
それこそ、思春期真っ只中の青少年には抗いがたいタイプのロマン。異世界を冒険しての成り上がりと言うのは、もはや一種の憧れですらあると言えるだろう。
興味無さげに「ふーん」と空返事をするシルテットを背に、俺は廊下へ続く扉の前へ。
そのままドアノブを逆向きに捻り、組合近くの路地裏へと空間を繋いだ。
「やっぱ楽だな、コレ。学生やってる時に欲しかったわ」
朝起きるのも登校時間ギリギリで良い上、バス代も浮く。
まさに一石二鳥。敢えてデメリットを挙げるとすれば、あまりの便利さに甘え、だらけてしまうことだろうか。
もしかして、シルテットがあそこまでぐうたらな原因ってのは⋯⋯いや違うか。だってそもそも家出ないし。
そんなどうでもいい考察を巡らせつつ、俺は目的地の建物内部へと足を踏み入れるが──、
「ん?」
肌に感じる少しの違和感に、首を傾げる。
「何だろ。やけに空気が重いっつーか」
張り詰めた雰囲気とでも言えば良いのだろうか。
冒険者らしき見知らぬ人々が集まっているのは、まぁいつもの事。
問題なのは彼らの表情。
普段であれば、酒瓶片手に談笑し合っているイメージが強い彼らの面持ちは──まるで、これから死地に赴かんとする兵士のごとき、覚悟を決める寸前のような表情だった。
指先でつつけば暴発しそうなほど臨界しきった緊張感に晒され、ついつい身が竦んでしまう。
「アレだな。ネムが来るまで隅っこにでも⋯⋯」
「あ、タツキさん。お待たせしました」
「うおっ⋯⋯いや、ナイスタイミング。ぶっちゃけ、一人でこの空気を味わうのはキツかった」
待ち合わせ相手が頃合いよく来た事に、心細さから参りかけていた俺は密かに胸を撫で下ろした。
「確かに、いつもと比べて雰囲気が変です。何かあったんですかね?」
ネムも、この場のヒリついた空気を肌で感じたのだろう。辺りを見回す彼女の視線から、不安と心配が多分に見て取れる。
とりあえず原因だけでも知っておきたいので、俺はネムを引き連れて受付カウンターに座るデイシャの所へ。
「こんちは」
「あらら、ネムさん達ですかー。少々お待ちくださいねー? 私にしては珍しく、とても忙しいのでー⋯⋯」
言いながら、手元にある書類やらなんやらを持ってあちらこちらを行ったり来たり。
なるほど確かに忙しそうだ。
時間が無いんなら他の受付にでも。そう思って見てみるが、デイシャ以外の受付嬢達も似たような状態。
急かす気も無いので、のんびりと待つ事に。
「えぇと、この依頼書は受付不可。こっちのも同じく。⋯⋯⋯⋯ふぅ、お待たせしましたー。お二人共、今日はどう言ったご要件ですかー?」
最低限の必要な事は終わらせたのか、俺達の待つカウンターへとすたすた歩いてくるデイシャ。彼女にとっては珍しくもない事だが、表情には疲れが色濃く見える。
⋯⋯慌ただしく働いている人を呼び止めたりするのって、ちょっと申し訳なくなるんだよなぁ。
そんな風に小さな引け目を感じていると、ネムが会話を切り出しにかかった。
「いつも通り、Eランク向けのクエストを受けに来たんですが⋯⋯大丈夫そうですか?」
「大丈夫かと聞かれれば、かなり厳しい状況ではありますねー」
分かってはいたが、どうやら相当忙しいらしい。
ならば出来るだけ手短に済むよう、余計な会話は控えるべきだろうか。
「なあ、忙しいんなら無理に──」
「いえいえー。むしろ、お二人くらいのランクであれば聞いて欲しい事がありますのでー」
俺からの気遣いは、ピシャリと遮られた。
「聞いて欲しい事ってのは、やっぱこの状況と関係が?」
「その通り、大アリですー。都合上、完全な説明は出来ないのですがー。端的に言ってしまえば、西へ続く森が封鎖せざるを得ない状況になってしまったようでー?」
「封鎖? 結構重大な⋯⋯って、森ぃ!?」
重大も重大どころか、致命的。
それもそのはず、Eランクが受ける事の出来る採取依頼と討伐依頼のどちらともが、たった今話題に昇った森のある方面に行かねばならないものばかりなのだから。
一応、他にも受けることの出来る依頼はあるのだが。しかし、この街の周りが平原ばかりという環境が影響してか、どうしても短期で受けられる依頼が森の方へ偏ってしまう。
「つまり、俺達がいつも受けてるようなクエストは?」
「軒並み全滅ですねー。残念ながら、調査隊の報告を待っていて貰うしかないかとー」
「調査隊が組まれるくらいってのは相当な問題なんだろーな⋯⋯」
「ちなみに、未だ封鎖解除の目処は立つ気配無しですねー」
「⋯⋯何があったんだよ、マジで」
辛抱たまらず、頭を抱えた。
いや、別に俺自身は良いのだ。問題となるのは、どちらかと言えばネムの方。
シルテットの所で家事をしてお金をいくらか貰っている俺とは違い、ネムは冒険者としてクエストをこなさねば日銭が稼げないのだ。
いっその事、シルテットさえ許可するならばネムも雇ってやれないだろうか? なんて思った、その時。
「でしたら、街の方々からの依頼を受けてみませんか?」
「街の?」
「はい。組合のクエストボードには、その地域に住む方々から寄せられた依頼も多くあるんです。例えば⋯⋯病気の家族のために特定の薬草が欲しい、とか」
「なるほどなぁ」
オススメされた討伐依頼ばかり受けていたから忘れていたが、冒険者という仕事自体が元々は何でも屋としての側面を持っているんだっけか。
それならば、わざわざ森まで向かわずとも街の中だけで完結する依頼も確かにあるかもしれん。
「では、その方針で。私達でも受けられそうな依頼はありますか、デイシャさん」
「はいはーい、少々お待ちくださいねー?」
ネムからの要望を受け、席を立ち上がって依頼書を探しに向かうデイシャの背中を見送りつつ、
「⋯⋯結局、森の方で何があったんだ?」
騒動の原因が気になって仕方の無いままに、今まで受けてきたものとは一風変わった依頼を受けることになるのだった。




