第二十七話 何かのキャンプ跡
「知っているとは思いますが、ゴブリンは軽い棍棒などの武器を持っています。しかし低級のゴブリンであれば、知能はおろか筋力すら低いですからねぇ。冷静に攻撃を見て、躱して、反撃。この三つさえ意識すれば、はい。確実に討伐出来るかと」
「了解っす」
「が、頑張りますっ」
青く晴れた空の下、柔らかな風になびく草原の上。
今日も今日とて、ロヴィスカルは俺達の指南役としてこの場に居た。
「生息地とか見た目とかの情報は調べてきたけど、やっぱ直接見て覚えなきゃあな。⋯⋯森の浅い場所に居るんすよね?」
「ええ、その通り。ゴブリンと言えば弱い魔物ですからねぇ。あまり森の奥深くまで行ってしまえば、敵対生物が多すぎますので」
「あー⋯⋯」
魔物同士だからといって、結託することは基本的に無いらしい。むしろ自然界の動物と同じく、食物連鎖という名のヒエラルキーが存在するようで。
その中でも最下辺に位置するのが、ゴブリンやスライムなどのいわゆる低級魔物。
彼らは人の害に成りこそすれど、常に強者の影に怯える弱者なのだ。
そう考えると、こちらの事情のために討伐せざるを得ないという状況が、心苦しく感じられる。
「あっちじゃ考えらんねぇな⋯⋯」
ボソリと呟く。
日本において、自然界を生きる動物達の殺生というのは、倫理的にアウトと考える人も多い。
だが過去を遡れば、狩猟なんて当たり前に行われていた時代も当然あった。
その差は何から来るものか? パッと思いつく原因は、社会が便利な方に発展した結果だ。
もしも、ゴブリンのような存在が現代日本に現れたら、人々はどう対応するのだろう。
犬や猫のように共存の道を歩むのか、それとも小さな脅威として殺すのか。
⋯⋯そんな事、考えても分かるはずねぇな。
元々、複雑な考え事は好かないタイプだ。
これ以上の思考は無駄。今はただただ前向きに頭を動かせ、俺。
「よし、心の準備出来たぜ。ネムはどうだ?」
「私も大丈夫です、多分。タツキさんのサポート、精一杯頑張りますねっ」
多分かぁ。俺がゴブリンと対峙しているタイミングでバフが解除されたりしねぇよな?
ま、表情を見る限りは問題なさそうだし、ロヴィスカルさんも見張っていてくれるだろうから心配は要らないか。
┅
そんなこんなで、俺達三人がのんびりと野原をまっすぐ歩くこと一時間弱。
「着いた着いた、森の入口!」
思いのほか長時間歩いたことで、心地よい疲労を両足に感じていた。
「てなわけでどうするよ、ネム。休憩はいるか?」
「私は特に。歩くのは慣れてますし、途中途中で水分も取っていましたから」
ロヴィスカルに関しては言うまでもなく、ネムも存外体力がある。
きっと、毎日のように採取依頼を受けていた賜物なのだろう。心配は無さそうだ。
「んじゃ、このまま行くぜー。森の探索なんて久しぶりだな」
思い出されるは、小学生の頃の記憶。
あれはそう、夏休みの事だったか。自由研究のためにと、リキヤのヤツに連れられて森へと昆虫採集をしに行った時があった。
結局カブトムシなんて見つからず、セミを数匹だけ捕まえて帰ったんだっけか。
不思議なもんだよな。昔はトンボとかミミズとか普通に触れたのに、気付いたら触れなくなっている。
巨大な虫の魔物とかが出てきたらどうしようか。叫んで逃げてしまいそうだ。
──なんて心配をしつつ、俺にとっては異世界で初めての森となる場所へと足を踏み入れる。
「森特有の香りってあるじゃん。アレって基本的には好きなんだけどさ、雨上がりの湿った匂いはなんか駄目なんだよなぁ」
「そうなんですか? 私は育った村が森の近くでしたから、慣れちゃいました」
「同じく、ですねぇ。むしろ、好みの香りとでも申しましょうか」
「うおっと、苦手なのってもしかして俺だけ?」
育ってきた環境が違うからなのか。
突然のアウェイ感に晒されて身を竦める俺に対し、くすりと笑う二人。
「か、感性は人それぞれだしな。気ぃ取り直して、探索スタートだ」
自分から振った話題を雑に締めくくり、森の中へとずんずん歩き出した。
俺の後ろにはネムが連なって足を動かし、さらにその後ろから見守るようにしてロヴィスカルが着いてくる。
この人数ではぐれることは無いだろうが、なるべく距離が離れないように。
所々、地表に露出している木の根に足を取られつつも進んでいく、その途中。
「うおっとと⋯⋯マジ危ねぇな。さすが舗装も何もされてない大自然。足引っ掛けてすっ転ぶのは避けた──ぁぁあ!?」
ひょいひょいと障害物を躱す中、突如訪れた浮遊感。
反射的に叫んだ俺の視界は、まるで一気に背が低くなったかのごとく下へ下へ。
「タツキさんっ!? 思いっきり滑り落ちて行きましたけど、怪我は無いですか!?」
「お、おぅ。⋯⋯死んだかと思った」
何が起きたかは考えなくとも分かる。窪地に気付かず、足を滑らせたのだ。
心臓をばくばくと鳴らしながら後ろを振り向けば、百五十センチほどの高さの土壁。落ち方次第では、捻挫などの怪我をしてもおかしくない高さである。
「見事に落ちましたねぇ。失敗も経験の内ですので、気までも落とすことの無いように」
「あざっす⋯⋯」
ロヴィスカルに腕をぐいと引っ張り上げられ、無事救助。
早々から間抜けな姿を二人に晒してしまったことに、軽い気恥しさを覚える。
──だが、何もマイナスな事ばかりでは無かった。
「ここだけ明らか不自然に地面が低いんすけど、ゴブリンって落し穴でも掘るんですかね」
目に入る掘削の跡。
壁こそ土製という事もあってボロボロだが、床部分はまるで踏み慣らされたかのように平らな印象を受ける、そんな地形だと気付く。
この上に竪穴式住居でも建てられそうな雰囲気だ。
小学生の頃に習った古き時代の建造物を脳内に思い描くが、異世界で通じるはずもないと口には出さず。
「落し穴とは違います、が⋯⋯着眼点としては申し分ないですとも、ええ」
次に口を開いたのは、俺がほんの少しばかり郷愁の念を抱いている事など知る由もないロヴィスカルであった。
彼は嬉しそうに目を細めて頷き、
「ではでは、答え合わせを。この場所は確かにゴブリンの手で造られた窪地であり、キャンプ場。つまりは巣、拠点、根城。言い方としては、どれも適切でしょうねぇ」
「え、て事はここで待ち構えておけば⋯⋯」
「はい。日が沈む前には、この場所を住処としている群れと出くわす事が出来るかと」
なるほど。
巣に帰ろうとする獲物の行く先で待ち伏せし、不意をついて攻撃を仕掛ける、と。
小狡いやり方ではあるが、狩猟の方法としては確実な成果を得られそうなものだ。
現に、日本でもイノシシや鹿を狩る時は、彼らが沼田場に通う習性を利用する事も多いわけだし。
「だったら暫く隠れてよーぜ。ネムもそれで──」
──良いか? と、聞こうとした時。
ガサッ、ガサガサッ。
俺の言葉を遮るようなタイミングで、何処かから草の根をかき分けるような音が鳴った。
慌てて上と下の唇を結んで声を殺し、様子を伺う俺とネム。ただ一人、ロヴィスカルだけがこうなる事を見越していたかのように落ち着いていた。
「姿が見え次第、俺から突撃するぜ。援護は頼む」
「は、はい。気をつけて下さいね」
こそこそと、作戦会議と言えるかどうかすら怪しい会話を交わす。
俺が前衛でネムが後衛。役割が元々決まっていたのが幸いして、そこまで慌てることはなく。
「⋯⋯⋯⋯」
ガサガサッ、ガサガサガサッ。
ゴブリンであろう何者かが鳴らす音が、段々と近くへ。
息を潜めて、数十秒。
すぐ傍にある膝丈ほどの高さを持つ野草の壁が、左右に割れるような形で分かれた、その奥。
「アレが、ゴブリン⋯⋯」
緑色の体表を持つ小鬼が三匹、油断しきった様子でその姿を俺達の目の前に現した。




