第二十二話 不向き
数日後。
俺の思考は、"冒険者"とはなんなのかという疑念に埋め尽くされていた。
街を守るために魔獣や魔物などの外敵を狩り、剥ぎ取った素材を用いてさらに強い装備を調達し、また狩りに出る。
それが俺にとっての冒険者像であり、世間的に見てもあながち間違ってはいないイメージ図でもある。
つまるところ、彼らの狩猟という行為を是か非で問うのなら、答えは前者となるのがこの世界における一般の思想だ。
⋯⋯で。何故、そんな話をしたかと言うと。
「では、はい。コレがスライムの幼体⋯⋯平たく言えば討伐対象です、ええ」
理由は単純。
今回受注した依頼の内容が、まさに外敵を狩ることを目的としたものであったからだ。
手のひらの上にプルプルとしたゼリー状の生物を二匹ほど乗せているのは、紺色の長髪をひとつに結わえた青年──ロヴィスカル。
その正面に立つのは、俺とネムの二名。
前回の採取依頼から見て、はや五日を過ぎた今日。
約束通り、俺の家政夫業が休みの日に、再度集まったわけではあるが──、
「⋯⋯スライムの幼体、小さっ!」
「ざ、罪悪感が凄いことになりそうです。討伐する必要あるんですか、この子⋯⋯?」
ご覧の通り、小さな魔物を前にした俺達は本当に倒していいものかと、倫理観念的に狼狽えていた。
「ええ、可愛らしくはありますねぇ。ですが、だからといって無害とは限りませんよ?」
「でも見た感じだと攻撃すらしてこないんすけど」
まじまじとスライムを眺めてみるが、震えているだけで何も害など無さそうとしか思えない。
首を傾げる俺に対し、ロヴィスカルは軽く笑いながら、
「なれば、スライムについて少しばかり説明を⋯⋯と、その前に。御二方はどの程度、この魔物についての知識をお持ちでしょうか」
解説をする前に俺達の知識量を把握しておきたいのだろう、簡単な質問を口にした。
⋯⋯スライムか。
RPGでは定番の雑魚モンスターではあるが、この世界ではどうなのだろうか。
最も低ランクで受けられる討伐依頼での対象なのだから、相当に弱い方だとは思うが。
しかし、所詮はそれも予測に過ぎない。
知ったかぶりをせずに、素直に「よく知らない」と無知を披露するべきか。
そう思った時、
「確か、身体が魔力と水の合成物質で出来ている生命体、ということは知ってます。知能も無かったはずです」
「その通り。つまり彼等は、存在自体が魔力のようなもの⋯⋯と、そう捉えていただければ」
俺が辱めを受ける必要もなく、ネムの後押しにより解説は進行。
微笑を浮かべたまま、ロヴィスカルがそのまま言葉を繋げていく。
「さて、他にもスライムには特徴がありまして。例えば、繁殖のペースに対する寿命が異常に長いこと。簡単に言うなれば、放っておいた場合に彼等は無尽蔵に増えていってしまうのです」
「⋯⋯あっ」
何かを察したような声を、ネムが漏らす。
「おや、気付かれたようですねぇ。はてさて、スライムが増え続けるとどうなるのか。ネムさんは何を想像したのでしょう? 是非、聞かせて頂いても?」
「は、はい。えっと、スライムが増えるということは魔力がその地域に密集することと同じですから⋯⋯新たな魔物の発生源になってしまいます」
「ええ、ご明察です。戦える人間の少ない部落がスライムによって滅ぼされた、などという話も昔はあったらしく」
⋯⋯スライム怖っ。
定番通りの雑魚モンスターではあるが、放っておけばとんでもない二次災害を起こすという事か。
迷惑すぎる話だが、それでも簡単に狩れる分だけマシなんだろうな。
「では、御二方。この幼体の討伐をお願い致します」
「うっ」
とうとうこの時がやって来てしまったか。
ロヴィスカルによって地面に置かれたスライムを見て、唸る。
妄想であればどれだけでも攻撃してしまえたりするのだが、実際に命を奪うとなれば話は別。
人間達の生活に害をなす可能性があると理解していても、蚊のように小さな虫を殺すのとは精神に対する負荷が違ってくる。
だが、冒険者としての経験を積む上では避けて通れぬ一歩だ。
「──っだあぁクソ! すまんっ!」
思い切って剣を振り下ろした。
素振りではなく、初めて生物を殺すために振るわれる短剣。
ほんの少しの躊躇い混じりに放たれた一閃が、しっかりとターゲット目掛けて放たれる。
「⋯⋯⋯⋯うげ」
「命を尊重する心は美徳ですよ、タツキ君。無闇矢鱈に生命を弄ぶ外道のように、道を踏み外しさえしなければ良い、と。そうアドバイスしておきましょう」
「了解っす⋯⋯」
スライムを叩き潰した時の感覚に顔を顰めながら、思考を落ち着かせるために深呼吸をする。
無機質的かつ知能がない生物だったのがせめてもの救いか、思ったより動悸も激しくならず。
大きく息を吐いてまばたきを数度すれば、初めて魔物を討伐したという実感だけが残った。
当たり前だが、ゲームで経験値稼ぎのために倒すのとじゃ全然違うな、コレ。
この世界に召喚された時はもっと楽観的に考えていたけれど、慣れるまで時間がかかりそうだ。
「では、タツキ君。コレを」
地面に残されたスライムの死体から何かを手に取ったロヴィスカルが、俺のもとへ。
「ぷにぷにしてるんすけど、何ですかコレ?」
「スライムの幼体を討伐した証明です。成長した際に固まり、魔石となる部分ですねぇ」
「なるほど」
つまりはコレを組合で提出すれば、クエスト達成になると。
落として無くさないようにしなきゃあな。ひとまず、家から持ってきた巾着型の袋にでも入れておくか。
「では、次はネムさんの番⋯⋯と、言いたいところですが⋯⋯」
ロヴィスカルの視線がネムへと向くのにつられ、俺も彼女の方へと視線を移す。
「うおっ⋯⋯どうしたんだネム。目ぇ泳ぎまくってんぞ」
「だ、だだっ、大丈夫です。ちゃんとやれますからっ⋯⋯!」
見れば、ネムは額に汗を浮かべていた。
状況からして、彼女もスライムを殺すことに躊躇しているのだろう。
「ま、魔法を唱えますから、タツキさんは少し後ろに下がっててくださいっ」
魔法! それは是非ともこの目で拝んでみたい!
⋯⋯なんて、空気の読めないことを口に出すことはせず。
「おっけい。無理すんなよ?」
「頑張りますっ⋯⋯『火弾』!」
ネムが片腕を前に出してそう唱えるや否や、彼女の指先に小さな魔法陣が浮かび上がる。
凄いな、異世界感の満載な光景だ。
ファンタジーと言えば魔法。魔法と言えば魔法陣。
唱えられた『火弾』というワードからして、あの魔法陣から火の弾が発射されるのだろうか?
期待に胸を踊らせながら、発動を待つ。
待つ、待つ、待つ⋯⋯ひたすらに待ってみるが、全然何も起こらない。
「──うぅ、やっぱ駄目です。あと一歩のところが踏み出せません」
魔法の詠唱をしてから三十秒ほど固まっていたネムが、悔しげに腕を下ろした。
同時に魔法陣は役目を果たすことなく、霧散。
「⋯⋯やはりこうなりましたか」
「ごめんなさい。私、生き物に対して魔法を放てたことがないんです⋯⋯!」
「ええ、そうだろうとは思っていました。なにせ、初めてお会いした時もスライム相手に睨めっこをしていましたからねぇ」
困ったように呟くロヴィスカル。
「いや、仕方ないんじゃねーの。むしろ簡単に殺してたら引いてたわ、多分」
「冒険者に女性が少ない理由がまさにコレですよ、タツキ君。大抵の女性⋯⋯特にネムさんのような少女は命を奪うことに慣れていませんから」
言われてみれば、そりゃそうだ。
魔法があるからと言って、誰だって魔物狩りをするわけじゃないだろうし。
そう考えるとネムは冒険者に不向きなのでは? ⋯⋯と思うが。
「俺が何かしたところで、解決は出来ねぇよなぁ⋯⋯」
歩む道を決めるのは本人次第だ。




