第二十話 腐れ縁
人と人との繋がりを形成する上で、最も重きを置くべき要素と言えば──どれだけ信用を得ることが出来ているか、だと思う。
信頼、ではなく信用。
既に信用を得ているからこそ信頼されるのであれば、やはり真っ先に得るべきは信用なのだ。
⋯⋯とは言ったものの、そう深く考えて他人と関わるのも面倒である。
結局大切なのは、普段からどれだけ他人にプラスの印象を与えることが出来ているか。
困っている人がいれば助け、約束事は守る。
たったそれだけの事を当たり前にこなしていれば、自ずと信用なんてものは後から着いてくるわけで。
「金貨一枚。ちゃんと払いに来たぜ、お婆さん!」
「ほっほっほ⋯⋯意外と早い再開ですねぇ。ゆっくりしていきなさいな」
俺は"魔力増幅の腕輪"の代金を渡しに、マジックアイテム屋へと訪れていた。
入店して、そのまま店主である老婆のもとに直行。要件を伝えながら金貨を手渡す。
「ついでに色々と見て行こっかなぁ⋯⋯つーかその前にアレっすね。お婆さんって呼び続けるのも悪いですし、お名前とかって伺っても?」
「別に気にしちゃいないんだけどねぇ。けれどもそういう事なら、気軽に"リタ婆"とでも呼んでおくれ」
そう言って、老婆──もといリタ婆は目尻を下げる。
「じゃ、これからはリタ婆で。⋯⋯で、時にリタ婆。その手に持った銀貨はいったい何すかね?」
「一昨日、安くすると言ったのは覚えているかい? 約束通り、三割引きにしておくよ」
「マジすか」
銀貨を三枚押し付けるように手渡され、狼狽えながらも受け取ってしまう。
日本円にして三千円分。俺がシルテットから貰った短剣一本と同じ値段。なんなら冒険者としての初クエストで受け取った報酬よりも多いまである。
前の世界でもここまでオマケしてくれる店は中々無い。
それこそ、在庫処分か何かでセールでもしてない限りは。
「ぶっちゃけ、お金に余裕ある訳じゃないんで助かります。せめて何か安価なもんでも買って帰ろっかな⋯⋯」
「無茶は厳禁、余裕が無い内のお金は取っときなされ。こうやって老いぼれの話し相手になってくれとるだけで、お返しとしては充分さね」
商品棚に積もったホコリを皺だらけの手で払いながら、リタ婆はもの柔らかに微笑んだ。
「さ、日が暮れる前に店じまいをしなきゃいけないからねぇ。気をつけてお帰りよ」
「えっ。もう閉店時間すか?」
「この老体で長時間動くのもしんどいからねぇ。いつも大体この時間には閉店してるのさ」
「なるほどなぁ。そんじゃあ、今度来る時は午前中とかにした方が良さげっすね。また暇が出来たら立ち寄るんで!」
「ほっほっほ。首を長ぁーくして待っとるよ」
無理にこの場で留まる必要もなしと、促されるままに軽い会釈と共に店を出る。
⋯⋯さて、どうするか。
外に出たはいいものの、思ったより暇な時間が余ってしまった。
このまま直帰して仮眠でも取るか? うーん、俺のベッドが占領されてる気しかしない。
「どーせなら武具屋にでも寄ってくか。前に見た感じだと、初心者向けの防具とかも売ってそーだったし」
とりあえず、ど〇でもドアみたいに家まで扉を繋いで、そのままショートカット⋯⋯ってのも良いが。意外とここから近い場所だしな。
今回は、のんびりと歩いて向かおう。
大通りへと繋がる道へと抜け、右に進む。
このまま真っ直ぐ十五分ほど歩けば、熊人のオッサンが営む武具屋のある場所に出るはずだ。
「やっぱこの辺は人も多いな。住宅街が近かったりすんのかね?」
いつか暇な時にでも、街の散策を兼ねて散歩がしたい所。
誰かしら土地勘のある人と仲良くなって、色々な場所を紹介してもらうというのも良いかもしれない。
──と、道行く人々を意味もなく眺めつつ歩くこと、やはり十五分ほど。
目前には例の武具屋を示す看板が見え、自然と歩幅が大きくなった。
「⋯⋯おっと、こないだの兄ちゃんじゃねぇか! 今日は一人なんだな?」
「こんちわ。冒険者になったんで、おっちゃんに色々教えてもらおっかなーって」
あちらの方が先に俺へと気付き、店の奥から顔を出して声をかけに来る。
俺も俺で挨拶を軽く済ませ、要件を手短に伝えた。
「ほー⋯⋯ん? あの別嬪さんのお付は辞めたのか?」
「いや、休みの日に冒険者として依頼をこなす感じですね。まだ一回しか依頼をこなせちゃいないんすけど、様子見で兼業というかなんというか」
「そうか、あんま無理すんじゃねぇぞ。たまには休むのも大事だからなぁ!」
オッサンが豪快に笑いながら俺の背中を軽く叩く。
うん、やっぱりいい人だ。見た目の厳つさとのギャップが相変わらず凄い。
それにしても、腕が丸太のように太いのは種族的な特徴なのだろうか?
明らかパワー型みたいな見た目だし、元々は冒険者だったりした可能性も高い。
⋯⋯俺も筋肉は付けなきゃいけないな。
昨日の夜、こっそりと短剣の素振りをしてみた時なんて、十回振っただけで腕に疲れが溜まりまくったし。
剣と魔法の世界に身を投じたいのならば、基礎的な筋力と体力を付けなきゃ話にならなさそうだ。
少なくとも、今みたいに素振り程度で筋肉痛を患っているようじゃ難しい話だろう。
「で、兄ちゃんは俺に何を教わりに来たんだ。組合じゃなくてわざわざ此処に来たってこたぁ、武器か防具の事なんだろうが」
「当たりっす。今の服装で冒険者っつーのは結構厳しそうですからね、どうせなら顔見知りのとこで見繕って貰おっかなーって」
街の外で活動するため、防衛能力を上げるというシンプルな目的。
魔物どころか野良犬に噛まれるだけで死にそうな装備しかないという現状は、前もってしっかりと打破しておきたかった。
そんな俺からの依頼を聞いて、オッサンは「だろうな」と頷く。
「兄ちゃんの体格なら、あっちの棚だ。⋯⋯言っちゃ悪ぃが金属鎧は無理そうだしな! 魔獣の皮で出来た鎧がオススメって所か」
「試着とかってしても?」
「おう、勿論。分かんねーことがあったら遠慮なく尋ねろよ!」
「あざっす、じゃあ遠慮なく⋯⋯」
置かれた皮鎧を手に取って腕を通してみる。
皮製とはいえど、分厚く重い。
なるほど、皮でコレなら金属鎧なんて着た時には一歩も動けなさそうだ。
昔の人って凄かったんだな。
それこそ、戦国時代の武者とか中世の騎士とか。
筋力も体力も並では無い⋯⋯ま、当然っちゃ当然だよな。毎日のようにアレを着込みながら鍛錬してるんだし。
俺も、この皮鎧を装備したままランニングでもするべきか。
⋯⋯そう思った矢先のこと。
「ん。外が騒がしいな」
オッサンが小さく呟いた。
「外?」
「おう。この気配は多分──」
──勇者だろう。
そう言葉を繋げるよりも先に、この武具屋へと飛び込む人影がひとつ。
「う、っおぉぉぉおお! ヘルガルのおっちゃん、匿ってくれぇ!」
「ったく。仕方ねぇな⋯⋯奥行け、奥」
猛ダッシュで駆け込んできたくすんだ金髪の少年に対し、オッサンはカウンターの奥を親指でさす。
「さんきゅー!」
感謝と共に、奥の部屋へと身を隠す謎の少年。
何の騒ぎだろうかと疑問を抱くと同時、次の客⋯⋯今度は数名の筋骨隆々な大男がやって来た。
「ヘルガルの旦那、勇者は見なかったか? こっちの方に逃げてったんだがよ」
「裏口から出ていった。追いかけるってんなら早くした方が良いぞ」
「了解! クッソ、今度こそパーティに加入させて貰うぞ勇者ァ!」
叫びながら去っていく大男達。
むさ苦しいと言うより、正直怖かった。
だってさ、全員二メートル近い身長だぞ? 威圧感が半端ねーのなんのって──、
「⋯⋯って、勇者ぁ!? ちょ、それって⋯⋯!」
「おう、どうした兄ちゃん。慌てすぎだろ」
そりゃ慌てるさ。
何せ、勇者ってことは──俺と同じで魔法によってこの世界に召喚された、同郷の人間である可能性があるのだから。
居ても立ってもいられずに、俺は勇者とやらが身を潜めた店奥へと走り寄り。
「なあオイ、ちょっと話そうぜ! 俺は楸タツキ、日本人だ!」
客が立入ることの出来る範囲ギリギリで踏み止まり、名乗る。
すると、
「んあ? 楸、タツキ⋯⋯⋯⋯タツキぃ!?」
まるでポップコーンが弾けるような勢いのままに飛び出してくる、金髪勇者。
彼が反応したのは「話そうぜ」でも「日本人」という単語でもなく。
「⋯⋯え」
"楸タツキ"という俺の名前に、だった。
「「⋯⋯⋯⋯」」
唐突に訪れた、長い沈黙。
俺と、俺の目の前に立つ勇者。
その互いの心境は、一致していた事だろう。
──どうして、友人も異世界に居る?




