第十九話 まねっこ妖精
そろそろ家政夫としての仕事も慣れてきた。
次、冒険者としてのクエストを受けるのは、今日を月曜日だとすれば六日後の土曜日の予定。
ロヴィスカルも毎日付き添いを出来るほど暇では無いとの事で、ネムを含め三人が集まることは意外と少なそうだ。
⋯⋯で。
俺自身が今、何をしているかというと。
「よーしよしよし、偉いぞー。結構賢いのな、お前」
先日連れて帰ってきたクスリソウモドキへと、掃除の仕方を教えている最中だった。
きっかけは、俺が洗い場の拭き掃除をしている時のこと。要らない布をリサイクルして作った雑巾で汚れを落としていると、それを隣でじっと見ていたモドキが真似をしだしたのだ。
俺の動きに合わせ、シンクの壁面を根っこ状の腕で撫でたり擦ったり。
試しに布巾を一枚渡してみると、思いのほかしっかりと強い力で拭くために、拭いた箇所が意外にも綺麗になるという結果に。
コレはもしや、上手いこと教育することが出来れば役に立つのでは? と、画策する。
「合格合格。どっかの怠け者に比べてよく働くなー。ほら、ご褒美の野菜スティックだ」
食べやすい細さに切り分けた野菜で餌付けしながら、俺も俺で昼飯の仕込みをする。
時刻的にも考えて、いつものパターンならシルテットがそろそろ腹を空かせて目を覚ます頃合だが──、
「おはよー。お昼ご飯まだー?」
やっぱり来たか。
「あと五分くらいで出来るから、水でも飲んで待っとけ。それとも、お前もコイツみたいに掃除するか?」
下着姿に薄手のシャツ一枚という相変わらず際どい格好のシルテットに対し、餌を齧るクスリソウモドキを指さして俺は言う。
すると彼女は欠伸をしながら、
「やだ」
想定通りの返事と共に、冷蔵庫を開けて中身を物色しだした。
「飲み物飲み物⋯⋯あら、牛乳あるじゃない」
「今朝方買ってきたヤツだな。飲みたけりゃどーぞ」
休日明けという事で、市場の方へ買い出しに行ったのが今朝の話。
今回は特にアクシデントも何も無く、昼前には帰宅。
その後は軽く冷蔵庫を整理しつつ、シルテットが起きてくるのを待っていた。
「ところで、何? その魔物って掃除も出来るの?」
怪訝そうな表情を浮かべ、彼女は問う。
「おう。結構頭よくてな、俺の行動を真似すんだわ。魔物ってのは皆知能が高いのかね」
「あんまり知らないけど、全部の種が賢いわけじゃないと思うわよ。スライムとかは知能無いらしいもの。⋯⋯それにしても、こうやって大人しく餌を食べてるだけならちょっと可愛いわね」
一心不乱にガジガジと野菜スティックに噛み付いているのをいい事に、そーっと手を伸ばした、その瞬間。
「今なら油断しきって──あっぶなぁい!?」
噛み付かれるのをすんでのところで回避するシルテット。
⋯⋯チッ。思いっきり噛まれてくれりゃ笑えたものを。
「掃除させる前に、噛みグセの方を躾けて欲しいんですけど!」
「下手に触ろうとする方が悪いっての。誰だって食事の邪魔されたらイラッとするだろ、普通」
「うっ、確かに⋯⋯あいたっ」
ぺちん。
どこからともなく飛んできた、小さな石ころらしき何かがシルテットの額に。
出処へと同時に振り向く、俺とシルテット。
視線の先には、腕を広げて威嚇の体勢を取るモドキが居た。
「え、何? 何投げられたの私?」
「あー。飯食ったソイツって、なんか口から石ころ出すんだよな。紫色っぽいやつ」
「汚っ!? なんてもん投げつけてんのよ!?」
「言うほど汚くねーぞ。匂いもねーし、なんかアメジストみたいだろ」
地面に転がった件の石ころを拾い上げ、見せてみる。
すると、
「いや普通に汚いでしょ⋯⋯ってあれ? よく見たら、小さな魔石じゃない」
"魔石"。
微妙に日本で過ごしていた頃から耳馴染みのある単語が、シルテットの口から放たれた。
「何だソレ。名前からして魔力を放つ石、みたいな?」
「そうね。魔力が固まって結晶化したもの⋯⋯って言われてるわ。よく知らないけど」
「へー。使い道がありゃ良いんだが」
魔力の塊って言うくらいだから、使用用途の一つや二つはありそうなもの。
あわよくば何処かの店で売れたりしないかなー、などと欲深な考えを抱きつつ。
「うし、昼飯完成。食っちまおーぜ、シルテット」
連日となるが、サンドイッチを主食に据えた、特になんの変哲もない昼食を卓に並べていく。
「いただきまーす」
いつの間にやら座席についていたシルテットに次いで、俺も手を合わせた。
しばらく互いに無言で食事を続けていると、
「⋯⋯と、忘れないうちに。五日間分のお給金⋯⋯金貨五枚だったかしら? 買い出し用の資金から抜いちゃって良いわよ」
「マジ? 次貰えるのって五日後かと思ってたんだが」
「言われなきゃ忘れそうだもの。覚えてるうちに、前払いってことにして渡しておくわ」
随分雑な給料制度だな、オイ。
だがまあ、早めに貰えるなら貰っておこう。
防具やらなんやら買ってみたいものもある上、俺の左腕に装着されているマジックアイテムの代金も支払いに行かねばならないし。
掃除や洗濯など諸々の作業を終え次第、外が暗くなければマジックアイテム売りのお婆さんの所へ向かうとしようか。
──その後も適当に会話を交わしながら、俺達はそれぞれ昼食を終え。
「じゃ、私はあなたの部屋でゴロゴロしておくから。お掃除、よろしくねー」
「へいへい」
俺がシルテットの部屋を掃除している間、アイツは俺の部屋を占領しだす。
もはやテンプレートと化しつつある光景だ。
⋯⋯いや、別に良いんだけどね。
ただ単純に、思春期男子的にはアレな状況ってだけで。
とはいえそれも今更だな。だって部屋着がそもそも色々と見えそうだし。
「気ぃ取り直して、まずはアイツの部屋から掃除すっか。二日空いただけで有り得ねーくらいに散らかるんだよなぁ」
脱ぎ散らかされた衣服はおろか、どこで入手したのか全く分からないお菓子のゴミまで落ちてたりするのだ。
本当、どこから仕入れているものなのか。
それすらも信者からの貢物だとか言わねぇよな? 普通に可能性としては高いってのが、また怖いところだな。
「信仰に甘んじてぐうたらする天使か。マジで信者側が可哀想っつーか⋯⋯いや、信じる対象が実在するってだけマシなのか⋯⋯?」
答えは人による、としか言えないだろうが。
ぶっちゃけ、今まで生きていて宗教とかについて深く考えた事なんて無いし、考える気も無い。
神頼みすら、学校でテストが返却される時くらいしかした事ないしな。
「ま、どーでもいいや。俺が迷惑被らなけりゃあ問題ナシ!」
小難しい話はやめておく。疲れるだけだ。
色々と考えるのは、この世界での生活に慣れてから。
今はとにかく金を稼いで人脈を作って、行動範囲を増やしていくのを目的に動いていこう⋯⋯我ながら先日まで高校生だったとは思えない日々を送ってんな、コレ。
生活感まみれの散らかった部屋を片付ける、とある日の午後。
この日、俺からすれば意外な出会いが待ち受けている事を──今はまだ、知る由もなく。




