第十八話 ペット可物件
「⋯⋯⋯⋯で、家主の断りもなく連れ帰って来たって言うの? 馬鹿じゃないの?」
「おっしゃる通りで」
現在。冒険者としての初クエストを終え、時間帯的にも夕方に差し掛かった頃合。
俺の目の前では、シルテットが相変わらず自分のではないベッドにだらりと寝そべりながら、こちらにジト目を向けていた。
ネムとロヴィスカルの二名と現地で別れた後、いつも通りに自分の部屋へと扉を繋いで帰宅した俺ではあるが。
待ち構えていた言葉は、「おかえりー」ではなく「え、何ソレ。寄生でもされてるの?」だった。
それもそのはず。
何せ俺の頭には、クスリソウモドキなる例の生き物が、張り付くようにして乗っていたのだから。
「だって引き剥がそうとしたら噛み付いてくるんだぜ、コイツ。それならいっその事家に持ち帰って観葉植物にでもしてやろっかなー、ってな。懐かれてみたら可愛いもんよ」
「ねえソレほんとに懐かれてるの? すっごいペチペチ叩かれてる様に見えるんだけど。て言うかそもそも噛み付かれる時点でどうなのよ」
「⋯⋯甘噛みみたいなもんだろ。知らんけど」
頭上に乗ったコイツが額を叩いてくるのには、もう慣れた。なんなら、小さな息子を肩車している父親の気分だ。
とは言っても、乗せっぱなしでは着替えもろくに出来ないか。
だが、無理に持ち上げようものなら噛み付かれるしなぁ⋯⋯。
「っと、そうだ。お前コレに入ってろよ」
俺は名案とばかりに、とっくに中身の無くなっている水筒を構えてみる。
「あなたの水筒でしょ、ソレ。もしかして植木鉢にでもする気なの?」
「さぁ。コイツが気にいりゃそーするかもな」
「うえ⋯⋯飼う気満々じゃない」
心底嫌そう、もとい面倒くさそうな表情をありありと浮かべるシルテット。
⋯⋯別にいいだろ、こんくらい。
所詮は、同棲人が奇妙な動く植物を引っこ抜いてきて飼い始めようとしただけの話──うん、俺が家主の立場だったら丁重にお断りするな。
そもそも、愛着が沸いたからと何でもかんでも飼うべきじゃあないんだけどさ。
「せめてメリットのひとつでも提示出来ればなぁ⋯⋯なんだろ、寂しくなくなるとか?」
「別に孤独なんて感じた事ないんだけど。私みたいな大天使の感性って、ヒトとは全然違うもの」
「そうかぁ? ⋯⋯まあ良いや。じゃあアレだ、緑が増えて部屋が彩られるとかは」
「動かない植物を育てた方が良いに決まってるじゃない」
「確かに」
うぅん。
メリットとデメリットだけで判断すればするほど、段々飼う必要性が無く感じてしまう。
「⋯⋯とりあえず、飼いたいなら私の部屋には絶対入れないでよ? 安眠妨害以外の何物でもないわ」
「あ、俺の部屋とかならOKなのな。水やる時とか、キッチン借りることになるぞ」
「良いわよ、好きにして」
「了解。ならひとまず、様子見って感じで飼ってみるぜ」
無論、飽きたらポイだなんてするつもりは無い。
人生初のペットがこんな森の妖精チックな生物になるのは予想外だったが、そこはさすが異世界とでも思うに留めておく。
「そんじゃあダイニングの方に連れてくわ。躾とかって出来るのかな、コイツって⋯⋯」
ちなみにロヴィスカルが言うには、当たり前だが魔物の一種らしい。
オオカミ型などの獰猛な魔獣を飼うには、街への申請など手続きが必要らしいが、クスリソウモドキと呼ばれる種は精々が噛み付かれる程度の脅威。
それも犬なんかよりも圧倒的に弱い咬合力だ。
申請は確実に要らないだろうと、クエスト達成報告がてら受付の女性に質問した際に言われたし。
「──よし。此処がお前の過ごすスペースな」
廊下を伝って場所を移動し、ダイニングへ。
台所と繋がっているために水やりがしやすいという利点から、水筒の中で寛いでいるコイツを此処で過ごさせようと考えたのだ。
食卓の上に水筒ごと倒さないように置いて、ひと段落したところで、
「名前、どーすっか」
名無しのままってのも流石に、な。
「ヤクソウ、は安直過ぎるし。ポチ⋯⋯は犬っぽいな、コイツっぽさが無い」
他にもハナコやらペスやらと適当に思い浮かべてはみるが、どれもこれもしっくりと来ない。
植物に名前をつけたりする人も居るらしいが、素直にすごいと思ってしまう。
いっその事、日本にいた頃の友人の名前でも付けてやろうか。
そう思ってしまうくらいに自分の持つネーミングセンスの凡俗さに辟易とした俺は、
「あー⋯⋯⋯⋯一旦保留にしとこう。いつか良い感じの案がひらめくだろ」
結局、仕上がりの遅い作曲家のようなセリフを零しただけだった。
「さーて。気を取り直して、と」
肩を鳴らし、キッチンスペースへ向かった。
どうせならこのまま夕飯を作ってしまおうと、料理の準備を始めることに。
朝のうちに下ごしらえを済ませた食材を使って、串焼きでも作るとするか。
野菜と肉を食べやすいサイズに切り分け、次々と串に刺していくついでに、シルテットが欲しがるであろう分も何本か仕込んでみた。
串焼きというのは楽に作れる上、食べるのもお手軽だからな。パッと見では量が多くとも、口にしてみれば意外にパクパクと食べれるものだ。
ある程度の本数を仕込み終わり、あとは焼くだけ──と思いきや。
「うおっ!?」
気付かぬ間に台所までやって来ていたクスリソウモドキが、洗い場の隅に固めて置いた野菜の切れ端をガジガジと食べていた。
根っこ状の両手で持って齧り付く様は、どことなくリスを彷彿とさせてくる。
言わずもがな、見た目はリスと似ても似つかないがな。
「割と雑食なのな⋯⋯いでっ」
不意に指先に感じるジンとした痛み。
視線を落としてみれば、コンロで熱しておいた鉄板に手が触れてしまったようだった。
下手すれば危うく大火傷になるところ。
冷水で患部を冷やすため、洗い場へ手を伸ばした、その時。
突如、どこからともなく現れた緑色のオーラが俺の指先にまとわりついたかと思えば──急に火傷の痛みがスっと無くなったのだ。
「え」
⋯⋯いったい何が起こったというのか。
唐突な出来事に、俺は困惑する。
「あら。回復魔法使えるのね、その魔物。便利じゃない」
ダイニング側から、キッチンカウンター越しに聞こえるシルテットの声。
「お前はお前でいつからそこに居たんだよ?」
「ついさっき。どうせなら私の夜ご飯も作って貰おうかなー、って」
「どいつもこいつもいきなり現れやがって。ちゃんとお前の分も作ってっから安心しろ」
「おっ、優秀ー。やるじゃない!」
「うぜぇ⋯⋯ほら、焼いてくから自分で持ってけ」
「はーい」
彼女は椅子から立ち上がり、調理を始める俺の所へやって来た。
両面を焼くだけなのでそう時間がかかるわけでもないが、ほんの数十秒は暇になる。
その間、手持ち無沙汰となるシルテット。
暇そうにコンロの上で焼かれる食材を眺めていたかと思えば、ふとその手を未だ野菜を齧っている葉っぱの妖精(仮称)へと伸ばし──、
「──いったぁ!? いきなり噛まれたんですけど!?」
「本当に何やってんだよ」
がぶり。
一切の容赦なく噛み付かれたシルテットは、涙目で噛まれた方の手を背中の後ろへ避難させた。
よく噛んでくるって話をしてたのにも関わらず、何故手を出したのか。
アホだなー、なんて思いながらも料理の手は休めることはなく。
「おら、早く持ってけ。焼けてんぞ」
「⋯⋯躾はちゃんとしておいてよね? 絶対よ?」
今日も今日とて、平和な時間が過ぎ去っていくのだった。




