第十七話 草むらの中には
「むぐ。うめぇなコレ」
「宿屋の女将さんが作ってくださったんです。ロヴィスカルさんもどうぞ」
「ええ、ありがとうございます⋯⋯ではお二つほど頂くとしましょう」
柔らかな風を肌で感じながら、三人でサンドイッチを頬張る正午過ぎ。
この状況のみを切り取って見てみれば、とてもじゃないがクエストの真っ最中とは思えない、和やかな空気感に包まれていた。
視界いっぱいに広がる若草色と空の青。
そして、さすが異世界と言うべきか。空気が新鮮なのだ。
ある程度発展した都市部に住んでいた俺にとっては、まさに一驚。
言い方が悪いかもしれないが、科学の発展していない世界とはこれ程までに自然を感じられるのか、とすら思えてくる。
「喉、乾いたな⋯⋯」
家から持って来た水筒を開け、喉に水を流し込む。
中身は残り半分くらい。はたして帰りまで持つのか。
「──と、そういえば。タツキ君にあらかじめ聞いておきたい事がありまして」
俺との間にネムを挟んで腰掛けているロヴィスカルが、ふと口を開いた。
「聞きたいこと?」
「はい、冒険者内でのポジションを決める上で重要な質問です。とは言っても内容はシンプルですよ? このロヴィスカルめに、君の持つ魔法の適正を教えて頂ければ⋯⋯と」
「うぐっ」
魔法の適正。
これまたどう答えるべきか悩む内容だな、オイ。
いや、悩むまでもなく適正どころか魔力すらろくに無いんだけどさ。魔道具の使用だって腕輪型のマジックアイテムに頼りっきりだし。
「実は魔法使えないんですよ、俺。なんか魔力回路? ってのが細いみたいで」
「使えない⋯⋯ふむ、少しお手を拝借しても?」
「どうぞ」
許諾すると、ロヴィスカルは俺の前に移動し、手を取った。
シルテットからも一度受けた、魔力回路を調べるための触診だ。二度、三度と指の腹で手のひらを摘むように押され、ツボ押しでもされている気になってくる。
「なるほど、これは確かに魔力の通り道が見当たらない。獣人族と比較したとしてもかなり酷いレベルですねぇ」
「知り合いにもそう言われたんすよね。やっぱ冒険者の世界ってのは、魔法を使えなきゃ厳しいんです?」
「使えなければいけない、とは言いませんが⋯⋯まあ、血反吐が口から溢れるほどには厳しいかと」
少しばかり言い辛そうにしながらも、ロヴィスカルは厳しいと明言する。
とは言え、俺としても薄々察していた答えだったので、そこまで悲観にくれる事でもなかった。
「ちなみに、ロヴィスカルさんはどんな魔法を使えるんですか?」
「それはまあ、はい、色々と使えますが⋯⋯かく言う私も、実を言えば近接戦闘の方が得意でして」
そう言えばネムから聞いた話でも、素手で魔獣を討伐していたんだったか。
何かしらの武術でも極めていたりするのだろうか。もしそうならばご教授願いたいところだ。
「兎にも角にも、タツキ君が冒険者として過ごすのであらば──先ずは最低限の体力、筋力は大前提として。何かしらの技術を極めねばならないでしょうねぇ」
「散らかった部屋の片付けなら得意っす」
「⋯⋯んん、あまりにも方向性が違うかと」
ですよね。知ってた。
にしても特技か。あまり考えたこと無かったな。
中学の時は運動部だったが、高校に進学してからは帰宅部だったし。
「強いて言えば、同年代の中じゃ体力があった方ってくらいですかね。足の速さも平均以上でした」
学校で幾度となく行わされた身体能力テスト。
数々の種目の中で、シャトルランだけは校内でも五本の指に入るほどの好記録だった。
他はまあ、飛び抜けて凄い記録を出した種目は無いんだけどね。基本的には平均前後だ。
「なるほど。スタミナが多い、と」
「や、流石に冒険者の人らとは比べ物にはならないと思いますけどね。走り続けながら重い剣を振るなんて無理ですし」
「誰だって最初はそうですとも。だから心配せずとも、着実に経験を積み重ねれば良いのですよ」
経験、か。
確かに最初っから"俺には出来ない"なんて決めつけていれば、伸ばせる才能も伸びないというもの。俺に才能があるかなんてのは知らんけどさ。
⋯⋯そうだな。ランニングや筋トレに素振りなど、暇な時に出来る努力は沢山ある。
早速、帰ったら短剣でも振ってみるとしよう。
心密かにそう決意した所で、ちょうど会話が一区切り。
「んじゃあ全員飯も食い終わったみたいだし。クエスト再開と行こうぜ、ネム」
「そうですね、このまま居たら眠ってしまいそうですし。ロヴィスカルさんも引き続きよろしくお願いします」
「ええ、お任せを。当面の間は御二方の育成係ですからねぇ。しっかりと見守らせて頂きますとも」
各々、再出発の準備を始める。
少しだけ凝ってしまった身体を柔軟体操で解し、最後に大きく伸びをした。
腹も満たして気分も晴れやか。コンディションはバッチリだ。
「うし。なら手始めに、この辺でも探してみるか。ちょうど岩場だしな!」
ネムとは違い、未だに俺の収穫は無し。
せめて十本程度は見つけて帰りたい所だな、と適当なノルマを定めて探索開始──かと思いきや。
「まずはグルリと一周⋯⋯おっ」
「どうしましたか、タツキさん? ⋯⋯あっ!」
唐突に立ち止まった俺の後ろから覗くように、ひょっこりと肩越しに顔を出したネムが嬉しそうな声を上げる。
俺達二人の視線は、同時に足元の一点へ集中しており。
「なぁ、コレ。クスリ草だよな? な?」
そこに生えていた、丸みを帯びた葉を指差して俺は問う。
「ですです。おめでとうございます、初ゲットですねっ」
「⋯⋯っしゃあ!」
どうしよう。たかだか葉っぱを一枚見つけただけだというのに、ニヤニヤが止まらない。
まるで、初めて自転車に乗れた時のような達成感。
傍から見れば、引くほど気持ち悪い喜色満面の笑みを浮かべていることだろうな。
「よし、採取、採取っと」
出来ればこの調子でもう何本か見つけたいところ。
そのまま岩陰に沿うようにして、俺達は足を進めていく。
「あっちにも生えてますよ、タツキさんっ。採り放題です!」
「マジかよ、行こうぜ!」
もはや、公園でタンポポを見付けた幼稚園児もかくやのテンションだ。
例えるならば、俺とネムが遠足中の園児で、ロヴィスカルは引率の保育士と言ったところか。
⋯⋯思いのほか想像しやすいな、この例え。
現に、俺が冒険者登録を済ませている時も子供達の相手をしていたワケだしな、ロヴィスカルって。
「ふたーつ、みーっつ。すげぇなココ。群生地ってーの? めちゃくちゃ生えてんな」
「上手いこと人の目から逃れていたんでしょうね。そう考えると申し訳なくなっちゃいますが、感謝しながら摘み取りましょう」
「だなー。モドキにも気をつけなが、ら⋯⋯」
ふと、草をかき分けていた手を止めた。
「うわ」
視線の先には、見覚えのあるニセモノが一匹、土に埋まって⋯⋯いるわけでなく。
ソイツは草陰の中、日差しを嫌うかのようにして。死にかけのセミのごとく仰向けになり、その手足(?)をぐったりとさせていた。
「クスリソウモドキですねぇ。見たところ息も絶え絶えのようですが」
近くに待機していたはずのロヴィスカルが、いつの間にやら隣で様子を眺めていた。
「やっぱり死にかけなんすね、コイツ。いきなり動いたりとかしねぇよな?」
それこそセミみたいに。
夏場の夜、街灯の下だったりコンビニの前で、何度セミファイナルを食らったことか。
割とマジでビビるんだよなぁ、アレ。
「この個体、どうやら土を掘るための部位が欠損しているのでしょう。最近は雨も降っていないですからねぇ。干からびて死ぬ一歩手前、と言いますか」
「⋯⋯ふーん」
自然界って厳しいのな。
いや、現代日本が便利すぎただけか。それこそ他所の国じゃあ水を汲むために何キロも歩く人らもいるらしいしな。
とはいえ、放置しておくのも可哀想だ、と。
「んー。こうすりゃ良いか」
まだ中身の残っている水筒の蓋を開け、クスリソウモドキの前に置いてみる。
すると──、
「お、頑張って動いてる。ほらもうちょいだぜ、頑張れー」
ぐぐぐ、と力の入らない手足を必死に動かし、立ち上がろうとする葉っぱ。
KO寸前のボクサーかよ、とツッコミを入れたくなるが、それはそれ。
十秒ほどかけて無事に動き出したソイツは、すっぽりと水筒の中へと入り込んだ。
「⋯⋯なるほど、タツキ君は優しいのですねぇ」
「別に害も無さそーなんで。つーか、こうやって見ると観葉植物みてーだなお前⋯⋯」
風もないのにゆらゆらと揺れている葉っぱ部分を見て、呟いた。
本当にクスリ草と見分けがつかないレベルで似ているな。
「手触りも似てんのかなー⋯⋯っうぉ痛ぇええ!?」
ついつい警戒が緩んでしまったところを、これでもかとばかりに噛みつかれる。
「いだっ、いだだだだだっ、ちょ、離しやがれ!」
絶対に離すまいとの意思すら感じるレベルの食いつき。
引き剥がそうとするが、全く離れないどころか手足で絡んできやがる。
「タツキさーん、そろそろ移動しましょ⋯⋯私の見ていない間にいったい何があったんですか!?」
「油断大敵、と申しましょうか。タツキ君は抜けていますねぇ⋯⋯」
驚くネムに、やれやれと笑うロヴィスカル。
見てないで助けてくれ、早く。
と、まあ。
そんなこんなで、何とか俺もクスリ草を採取することが出来た。
結局、最終的な報酬としては大した金額とならなかったものの──経験を積むという目的は達せたわけだし、良しとしようか。




