第十六話 初クエスト
衛兵の立つ門を抜けて出たところにある、隣町へと繋がるだだっ広い野原。
見渡す限りの天然芝が風に煽られ、右へ左へ揺れている。
そんな緑の絨毯を踏みしめながら歩く、三つの影。
「これは?」
「ただの雑草ですね、クスリ草じゃないです」
「じゃあこれは?」
「同じく雑草ですね」
「⋯⋯なら、こっちは」
「残念ながら雑草です⋯⋯」
「だぁああもう! まったく全然これっぽっちも見分けつかねぇな、チクショウ!?」
俺にとっての冒険者初日。
街を出てから一時間も経たないうちに、早くも心が折れかけていた。
「マジで全部同じに見える。ネムはどこをどう見てクスリ草と雑草の判別してんだろ」
「葉っぱの大きさとか形とかでなんとなくですね。ほら、少し丸くて広めな気がしませんか?」
ネムは腰に下げている袋の口を開け、参考として俺に見せる。
中には束ねられたクスリ草。これらは全て、この数十分の間にネムが見つけた物だった。
一方の俺はと言うと、未だに袋が空っぽ。
コレだ! と思って手に取った植物がことごとく雑草なのだ。正直、体力より先にメンタルがすり減っている。
⋯⋯まあ、この世界の動植物なんて知らないから無理もないことではあるんだろうけども。植物図鑑とかそのうち買っとくべきだな、コレ。
「丸い葉っぱの植物を片っ端から摘んで持ってったらダメなのかね」
「絶対嫌な顔されちゃいますよ。と言うか、確実に怒られます」
「だよなぁ」
そもそも、丸い葉っぱのものを手に取る度に雑草と言われるのだ。
下手な鉄砲もなんとやらとは言えど、持って帰った大半が雑草だなんて処理に困ること間違いなしだろうし。
「あっ。クスリ草ありましたよ、タツキさん」
「嘘だろ。どれ?」
「コレですね。岩陰で風に揺られてる緑色の葉っぱです」
根っこを傷つけないように掘り返し、手に取って観察──なるほど確かに葉の部分が丸っこい。
「すげーなネム。最初に見つけたのなんて街の門のすぐ横だっただろ?」
「運が良かっただけな気もしますけど、そうでしたね。ほくほくです」
「運だけじゃねーと思うんだけどなぁ」
自分の観察力のなさを恨めしく思いつつも、とりあえず俺は俺で探索を続けてみることにして周囲を見渡す。
「お、これこそクスリ草だろ⋯⋯ぅおあ!?」
適当にそれらしい葉っぱを掴んで引っこ抜くと、明らかに重い。その上、根っこ部分がうねうねと動いていた。
反射的に地面へと叩きつけるように放り投げ、思いっきり後ずさる。
すれば、俺とネムの後ろを保護者のごとく着いてきていたロヴィスカルが、クスリと笑い。
「クスリソウモドキ、ですねぇ。毒は無いので大丈夫ですよ」
「いやいやそれ以前に何アレ、生き物!?」
「ええ。防衛手段としてたまぁに噛んで来たりしますので、お気を付けを」
「噛むのアイツ!?」
恐ろしい。今までに感じたことの無いくらいに鳥肌たったぞ。
「ええ、はい。それはもうガブリ、と。幸いタツキ君は噛まれなかったようですが、大抵の新米冒険者はここらで警戒心と言うものを覚えるものです」
「とんだトラップだよ、マジで⋯⋯ロヴィスカルさんも同じ目にあったことあるんですか?」
「⋯⋯⋯⋯そろそろいい頃合いですから、先輩冒険者としての手ほどきと行きましょう」
おっと、話を逸らされたぞ。
どうしたものかとネムへ視線を移せば、苦笑と共にふいと視線を外された。
流れを見るに、冒険者の皆が通る道なのだろう。
俺は近くの地面に立っている(?)クスリソウモドキとやらを眺め、もう少し警戒心を持とうと決意。
⋯⋯あ、根っこみたいな部分で器用に土を掘り始めやがった。キモっ。
「さてさて、タツキ君は採取すべき依頼品の特徴を理解しております。ですが、ネムさんのように上手く見つけることが出来ないのは何故か、考えてみましょうか」
まるで壇上に立つ教師のごとく、自分で考えろとロヴィスカルは俺へと促す。
「何でったって⋯⋯経験の差とかじゃないんすか?」
「はは、それも確かに。しかしそれ以前の話です。タツキ君は未だ、外見的な特徴でしかクスリ草という物を知らないでしょう?」
「そりゃそうなんですけど、つっても植物図鑑がある訳じゃあ無いですし。見た目くらいしか判断材料が無いんすよね」
そう言って頭を掻く。
すると、
「見た目だけ、と。はたして、本当にそうなのでしょうかねぇ」
紺色の髪を揺らしながら、大袈裟に首を傾げて見せた。
彼は続けて、
「質問をひとつ。タツキ君が知っている動植物、何でも構いません。それらを自分で探すとなれば、はい。どのようにして、どのような所を探しますか?」
と、俺へ問いを投げかける。
俺の知っている動植物⋯⋯猫とかか?
別に積極的に探したことは無いが、もし自力で見つけようとするならば──まずは、人気のない路地を探そうとするはずだ。
そこまで考えて、ふと気付く。
「無闇矢鱈にその辺を探してもダメ、ってことですか」
「さて、どうでしょう? 試しにネムさんがクスリ草を見付けていた場所を思い返してみれば良いかと」
考えてみれば当然の話だ。
見た目だけ知っていようが、どんな環境にそれが生息しているかを知らなけりゃ見つかるものも見つからない。
向日葵は陽光の照る場所によく咲くし、苔は薄暗いジメジメとした場所に生えている。
つまりはクスリ草だって、生息するに適した場所があるはずで。
ネムは最初、外壁の傍らで見付けていた。
以降は岩の辺りで見つけることが多かったような気がしなくもない。と言うか、さっきはすぐそこの岩陰で見付けていたし。
「ヒントはここまで、としましょうか。タツキ君も気がついたようですしねぇ」
ロヴィスカルがぽんと手を鳴らす。講義終了の合図だった。
「おっけい。んじゃあ今度こそは見つけてやるぜ! 待ってろよ、クスリ草!」
声高に意気込んでみる。
やる気は充分。後は行動に移すだけ。
手始めに、そこらの岩場をぐるりと探索してみようか。
「⋯⋯っと。そーいやあの気持ち悪いヤツ、クスリソウモドキだっけ。見分け方とかってあんのかな」
ビビり散らかすのはもう懲り懲り。
警戒心は、恐怖を覚えているうちに育てておかねばなるまいて。
「例えば、茎の部分が地面に向かうにつれて太くなってたりとか、ですかね。風がないのに揺れてたりとかもしているらしいですけど」
俺の疑問に対し、ネムが答えた。
なるほど、茎か。確かに地面の下で埋まっていた本体らしき部分はニンジンみたいな形だったしな。
正直ヤツのことは思い出したくもないが、かと言って気にかけておかなければ二の轍を踏んでしまうだろうし。それだけは絶対に避けておきたい。
「せめてもうちょい可愛けりゃなぁ⋯⋯」
「ま、まぁそのうち慣れると思いますよ。それより、もうそろそろお昼にしませんか? 日も昇りきっていますし」
「昼飯か。そーだな、ちょうどいいんじゃねえの? 俺も腹減ってきたとこだしな」
快晴の下を歩き始めて一時間と言ったところか。
街と平原を隔てる門を抜けたのが昼前くらいだったし、腹が空くには妥当な時間帯だ。
「ロヴィスカルさんもそれで大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。私は御二方に合わせますとも」
「よっし、それじゃあ昼飯昼飯。にしても、マジでピクニックみたいだな」
今頃、家ではシルテットが腹を空かせてたりするのだろうか?
自炊とか面倒くさがって、俺が帰るのを待ってたりするからなぁ、アイツ。可能性は高そうだ。
──そんなことを頭の片隅で考えつつ。
俺は、手頃なサイズの岩へと腰掛けるのだった。




