第十五話 プロとアマチュア
「はい、こちらがお兄さんのギルドカードですねー。とっても大切なので、絶対落としたりしないでくださいよー?」
相変わらず眠たそうな表情の受付嬢から、出来上がったばかりのギルドカードを受け取った。
すべすべとした触り心地の金属製で、表面には先程記入させられたプロフィールが表示されている。
ひっくり返して裏面を見てみると、西洋風のドラゴンを抽象化した紋様が斜めにぶった斬られたようなデザインの意匠を施されており。その中央を飾るようにして、おそらく識別番号と思われる文字が横一列に書かれていた。
「もうこれで登録は完了ってことですかね」
「そうですねー。一人で来られたりした方には、依頼の受け方とかを教えてるのですがー⋯⋯ほら、お兄さんには連れの方がいらっしゃるようなのでー? 簡単なルールとかはそちらに尋ねて頂ければー?」
おい、そんなんでいいのかよ組合職員。確かに業務の滞りとかも考えたらそっちの方が都合いいのかもしんないけどさ。
「⋯⋯すまんネム。説明頼むわ」
「ま、任されました。えっと、まずは入口横の掲示板まで行きましょうか」
唐突に案内役に任命され、困惑するネム。
しかし、どこぞのダメ天使と違って素直な彼女のこと。嫌がる素振りなぞ見せずに席を立つ。
「あ、クエストを受けるのなら最初は採取系がオススメですねー。下手に危険な任務から行こうとすると簡単に死にますからねー?」
「怖ぇことをサラッと⋯⋯まあ肝に銘じときます」
ヒヤリとさせられる忠告を背に、俺とネムは依頼書の貼り付けられたボードの前へ。
見あげんばかりの巨大な掲示板。横幅も、壁の端から端まである。
そして何より注目すべきは──、
「来た時から次回にゃ入ってたが⋯⋯近くで見たら、圧巻以外の表現が浮かばねぇぞオイ」
──注目すべきはやはり、その広く大きなボードを埋め尽くさんばかりに貼り付けられた、大量の依頼書だろう。
A4サイズほどの紙にまとめられたクエストの情報が、所狭しと画鋲で留められている。
これら全てが冒険者の受けるべき依頼なのか⋯⋯と、俺はひとり唖然とする。
内容にはまだ目を通してすらいないが、少なくともパッと数えただけで五十枚以上。全体で見れば、おそらく百枚なんて数字じゃ利かないスケール。
⋯⋯それはつまり、冒険者達が請け負う仕事の幅の広さの証明で。
かつ、冒険者という職業の存在意義が、この世界においてかなり大きいという事の証明でもあった。
奇しくも、今から自分が足を踏み入れようとしている場所の、多様性と重要性。
その二つを手っ取り早く知ることが出来たのは、思わぬ副産物だろう。
「とりあえず、軽い説明だけ。この掲示板が見て分かる通りのクエストボードですね。果物とかの採取や街のお掃除、果てには商隊を脅かす魔獣を掃討しながらの護衛依頼⋯⋯とにかく、色んな人達が冒険者組合に依頼したものが、ここに張り出されるわけです」
つらつらと放たれる説明に、俺はふむと頷く。
「でも、これ全部好きなのをー、ってワケには行かねーんだろ?」
「ですです。例えばこの一番下に貼り付けられている、街道掃除の依頼は誰でも受けれますが。その横にある、門番の代理募集の依頼はEランクより上の冒険者しか受けれません」
「なるほどなぁ。適当に眺めてみた感じ、左から右の順で求められるランクが上がっていくっぽいな」
「はい、なので私達は当分の間、左端の依頼をこなしていく形になりますね」
「了解。分かりやすくて助かるぜ」
試しに一番左下にあった依頼書を手に取ってみる。
街を出てすぐの野原に生えるクスリ草の採取。名前の通り、簡易的な傷薬の調合に使われる薬草を集めるクエストだ。
根っこを含めた状態のクスリ草とやらを二十本集めるごとに、報酬が大銅貨五枚。日本円で言えば五百円くらい。
小銭稼ぎとしては良さそうだな、と思うが。対象の薬草がどの程度群生するかによって報酬の期待値は大幅に変わるだろうし、そもそも見た目を知らない人からすれば案外難しいだろう。
続けて、ひとつ上にあった依頼書も手に取ってみる。
スライム(幼体)の討伐。こちらはどうやら先程の薬草採取依頼とは打って変わって、戦闘ありきのクエストの模様。
対象のモンスターを倒すなり捕らえるなりして無力化し、討伐証明として指定された素材を持ち帰れば依頼達成、とのことだ。
とはいえ、新米冒険者でも受けれるレベルとなれば相当に弱い生物を狩るのだろう。
スライムと言えば、雑魚敵としての定番も定番。その幼体ともなれば⋯⋯弱そうだ。
「ファンタジーのド定番っつったらドラゴンだけど、そんなのがFランク向けのとこにいるわけねーわな。一番右端のランクなら討伐依頼とか出てんのかな」
「ドラゴンですか⋯⋯それなら別のクエストボードにありますね。だってここ、Bランクまでの依頼しか貼り出されないエリアですから」
「んん? 他にもあんのかよ、クエストボードってのは」
「Aランク以上の冒険者は、大半がひとつ上の階──通称、集会所と呼ばれる場所に出入りしているらしいですが。ドラゴン討伐など高難度の依頼は、基本的にそちらで管理されているそうですよ?」
「へえ。アマチュアとプロの棲み分けみたいなもんか」
もしくは、組合側が信頼の出来る冒険者のみに高難易度のクエストを受けさせるための措置か。Bランク以下の冒険者達の向上心を奮い立たせる役割ってのも、可能性的にはありそうだな。
まあ、どちらにせよ今の俺には縁遠い話。なんなら死ぬまで関わることは無いだろう⋯⋯だって俺、勇者とかと同じ世界から来ただけの一般人だし。それを一般的と言えるかどうかは謎だけどさ。
「そんじゃ、ロヴィスカルさんを待たせたまんまにするのも悪いしな。チュートリアルに相応しい難易度のクエストでも選ぶとするか!」
やる気を出すついでに、両手のひらで自分の頬をぺしりと一喝。
身体の不調や疲れは無いし、精神力も有り余ってる。新しいことを始めるなら今のうち、だ。
「──さ、やっぱ最初はでっかく討伐依頼⋯⋯と行きたいところだが。冒険者としての初歩の初歩、基本をロヴィスカルさんから学びてぇし、落ち着いてこなせそうな薬草採取でもしようと思うんだが」
異論はないか? と、俺は隣のネムへと視線で問う。
すれば、彼女は頷いて、
「私も賛成です。もし仮にタツキさんが討伐依頼を受けて、怪我なんてしてしまったら⋯⋯」
「⋯⋯してしまったら?」
「⋯⋯シルテットさんにご迷惑をかけてしまいますし、ね?」
「あ、そっちなのね」
言葉を溜めるもんだから、ちょっと期待しちまったじゃねえか。
俺みたいな年頃の男ってのは単純だ。可愛い女の子に応援されたり、心配されるだけでもやる気が数段違ってくるわけで。
「だからタツキさん。これからしばらくはパーティメンバーとして、よろしくお願いしますねっ」
「⋯⋯⋯⋯おう」
ああ。
本当、男ってのは嫌になるくらい単純だわ。
差し出された右手をしっかりと握り返しつつ。照れた顔を背けるようにして依頼書を剥がし取り、受付へ戻る。
「おっと、最初のクエストですねー。クスリ草の採取は安心安全、慎重で良い選択だと思いますよー? ではでは受注完了という事で、依頼達成よろしくお願いしますねー?」
「うす。行ってきます」
茶髪の受付嬢へと軽く頭を下げ、建物の出口となる両開きの木製扉を押し開く。
あとは、外で待っていると言っていた相手と合流するだけだ。
「──おや、待ち合わせの相手が来たようですねぇ」
「あ、ロヴィスカルさん⋯⋯って何ですかその子供達」
「ふふふ。待っている間の暇つぶしがてら遊んであげていたのですが、懐かれてしまいまして。⋯⋯ああこら、足をわざと踏むのはおやめなさいと言っているでしょうに」
目に飛び込んでくるのは、何故か周囲をぐるぐると走り回る子供達に翻弄されるロヴィスカル。
「おじさんおじさん、また遊ぼーね!」
「ええ、今度はかくれんぼでもして遊びましょう。ではお元気で──ああ、ご両親の言う事はちゃんと聞くのですよ?」
「「「はーい!」」」
去っていく小さな背中を数秒ほど眺め、雑踏に紛れて見えなくなったことを皮切りに。
「さて御二方、行きましょうか。タツキ君の冒険者登録も済んだようですしねぇ」
「了解っす。色々よろしくお願いしますね、ロヴィスカルさん」
俺とネムとロヴィスカル。
新米二人と凄腕一人のアンバランスな組み合わせによる初クエストが、無事に開始されたのだった。




