第十四話 冒険者登録
冒険者の街、ミステリア。
その中央通りを真っ直ぐ歩いた先にある、石造りの大きな建造物。
人間、獣人、エルフやドワーフ。
様々な種族が行き交う大広間、その端にある休憩スペースにて。
「タツキさんは何か飲みますか?」
「ん? あー、喉は乾いてないし気にすんな。別に退屈してるわけでもねーしさ」
透明なグラスに注がれたジュースを飲むネムの向かい側で、俺はキョロキョロと忙しなく目玉を動かしながら、あちらこちらで歓談する人々を観察していた。
彼らは皆、武器を携えている。その理由は単純──この場所が、冒険者達の依頼斡旋所である、俗に冒険者組合と呼ばれる場所だからだ。
そんな場所で座っていれば、嫌でも悪い意味で目立ってしまいそうなお粗末な装備をしている、俺。
が、意外や意外。見回してみれば、同じような軽装の少年少女もちらほらと見かけることがあった。
いわゆる駆け出し冒険者、と呼ばれる人達だ。
先輩冒険者に絡まれたりするわけでもなく平然と場に溶け込んでいるのを見るに、思いのほか新参者にも優しい場所らしい。
⋯⋯で、なんで俺達がこんなところにいるかというと。
「ここで待ち合わせって言ってたけどさ。どんな感じの先輩なんだ? やっぱゴリゴリのマッチョマンとか出てくんのかね」
「うーん⋯⋯私が声をかけて貰った先輩は、見て分かるほどの筋肉質というわけでは無かったです。でも、武器を持たずに身体捌きだけで魔獣を圧倒してましたね」
「基準がわかんねぇ。けど凄そうだな、その人」
徒手空拳で熊を仕留める外国人、みたいな絵面を想像してしまった。それがこの世界ではどのレベルの強さなのかは分からないが。
しかし、ネムはともかく俺に至っては冒険者の登録すら済ませていない一般人。「向いてない」と言われれば大人しく引き下がるべきだろう。
魔法も使えないし剣も振るったことすらない、戦闘に関して完全なド素人の俺にも出来る依頼なんてあるのか。
いや、そもそも登録させて貰えるのか⋯⋯。
背もたれのない丸椅子に腰を落ち着けながら、自分に出来ることを考えていると。
「例の先輩が来られましたよ、タツキさん」
「え、どこ?」
「あれあれ、あれです。入口の扉からこっちに向かって歩いてきている、紺色の髪の男性です⋯⋯あっ、こっちに気付いたみたいですね」
ネムの言う方向に視線を移す。
と、同時に。
「──お待たせしました。申し訳ございません、少々遅れてしまったようで」
声を張らずとも聞こえるような距離から放たれる、謝罪の言葉。
後ろでひとつに結ばれた長めの紺色の髪が特徴的な長身の男性が、いつの間にやら机の傍に立っていた。
その手には白色の手袋がはめられており、第一印象としてはどちらかと言えば非戦闘要員。
こう言っては失礼だろうが、冒険者と自己紹介されるには胡散臭いと思ってしまうような相手だった。
「いえ、全然待ってないですからお気になさらず。それに私達はご教授願う側なので」
白手袋の男性に対し、ネムが小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。ところで、そちらの少年は?」
「う、えーと⋯⋯友達? なのですが。ロヴィスカルさんさえ良ければ、一緒に冒険者としてのノウハウを教えてあげてくださいませんか?」
「ふむ⋯⋯一緒に、ですか」
ロヴィスカルと呼ばれた男性は、顎に手を当てながら、観察するような目付きでこちらを見つめる。ついつい身体を強ばらせてしまう俺をひとしきり眺めたかと思えば、続けてゆっくりと頷き。
「失礼。先にお名前をお伺いしても?」
「楸タツキっす。タツキの方が名前ですね」
「ほう、響きからして東の国の方でしょうか? それとも──いえ、さすがに気にしすぎですね。ひとまず事情は理解しました。このロヴィスカルめが、御二方へと教鞭を執らせていただきましょう」
人を安心させるような柔らかな微笑を浮かべながら、快く許諾した。
特に渋られずにすんなりと頷かれ、俺は驚く。
無意識にその驚きが表情に出てしまっていたのだろう。ロヴィスカルは再度軽く笑って、
「そう警戒せずとも、後進の育成は我々高ランク冒険者の義務ですよ。特に最近は新人が魔獣や野盗と出くわし、命を散らすことも多いようですから、ね?」
と、善意から来る行動であることをアピール。
怪しいと言えば怪しいが、戦闘などとは無縁の世界で生きてきた俺にとって良い機会であることも確か。
ならば一旦この怪しげな男性を信用してみよう。もし危険な人物だと感じるなら、その時はその時だ。
「よろしくお願いします、ロヴィスカルさん」
「ええ、こちらこそ。さて⋯⋯まずは御二方の実力を把握したいので、簡単なクエストでも受けてみましょう」
実力の確認か。大事だな。
世の中の何事をするにあたっても、自分の力を見誤ってしまえば必然的にミスが起こってしまうし。
特に冒険者としての依頼をこなしているタイミングであれば、読んで字のごとく致命的なミスとなりうるだろう。
というわけで、一度依頼を受けてみるとのことだが。
「⋯⋯えと、タツキさんって登録まだですよね」
「あー、うん。時間かかったりする感じ? 先にやっとくべきだったな」
ネムに言われ、俺自身がまだ冒険者ではないことを思い出す。
仮に登録するまで時間を要するようであらば、俺だけ後日からお世話になることとなるが。
「ふふふ。登録はすぐに済みますから、ご心配なさらず。では私めは先に外で待っておりますので、タツキ君が晴れて冒険者となった後、初心者用の依頼を受けて来るように」
ロヴィスカルが心配無用とでも言わんばかりに人差し指をたて、簡単な指示を出す。
「了解っす。悪いけどネム、着いてきてくんね?」
「いいですよ。ちゃちゃっと登録だけしちゃいましょう! ⋯⋯その前にジュースだけ飲み干させてください」
手に持ったグラスを傾け、ごくごくと喉を鳴らすネム。
美味しそうに一気飲みする姿を見て、俺も注文しとけば良かったなー、なんて思ったり。
「⋯⋯ん、行きましょう」
「おうよ。受付に行けばいいのかね」
「ですね、適当に空いてるカウンターに行って、登録したい旨を申し出れば。その後は書類に名前とかを記入して、という感じでしたね。私の時は」
「意外と敷居は低いのな。おっ、あっちの受付空いてるな⋯⋯すみませーん。冒険者登録したいんですけど、いいですかー?」
ちょうど暇そうにしていた受付のお姉さんへ、片手を上げて話しかけてみる。
すると、
「新規登録の方ですかー? 承知しましたので少しお待ちくださいねー?」
眠たそうに瞼をとろんとさせたまま、カウンターの奥へと何かを取りに向かった。
やけに間延びした口調が特徴的な、茶髪の受付嬢だ。
彼女は一分と経たずに戻ってきて、俺とネムへそれぞれ一枚ずつ紙を差し出す。
「名前とか年齢とか、なるべく書ける情報をかいてくださいねー。代筆は必要ですかー?」
「あっ、私はもう登録してるので大丈夫です。タツキさん⋯⋯えと、こっちの男の人だけお願いします」
「そうでしたか、それは失礼しましたー。ではではお兄さん、こちらに御記入お願いしますねー?」
「うす。書ける範囲で書けば良いんですよね」
「その通りですー」
ううん、棒読みと言うべきかなんと言うべきか。
接客業として大丈夫なのか心配になってくる。
まあ、俺としては別に問題ないんだけどね? 聞き慣れたら気にならなくなりそうではあるしさ。
それはさておき、俺はテーブルに置かれた書類へと目線を落とす。
名前、年齢、性別、特技。他にも使用可能な魔法やら何やら、自身のスペックを書き記す欄がずらりと並んでいた。
上から順にすらすらと埋めていく。
名前はタツキ、年齢は十七。性別は男で特技は⋯⋯なんだろう、よく分からん。高校じゃ足は速い方だったから、走ることとでも書いておくか?
で、使用可能な魔法とやらは、特になし。
空欄を適当に埋め、受付のお姉さんへと提出した。
「ありがとうございますー。ギルドカードを印刷してくるので、寛いでいてくださいねー」
またもカウンター奥へ姿を消す受付嬢の背中を見送るだけ見送って、ふうとひと息。
「スタートはFランクからだったよな。ネムは今のランク、どのくらいなんだ?」
「あ、はは。私もまだFランクなんですよ⋯⋯お恥ずかしいことに」
おっと、何の気なしに聞いたが地雷だったか。
「いやほら、まだまだこれからこれから。ロヴィスカルさんも居るんだしどうとでもなるだろ、多分」
「⋯⋯ですね。そうだと良いなぁ⋯⋯」
未来に希望を持っているのかいないのか。
ネムの虚しげな声が、隣に立つ俺の鼓膜をかすかに揺らすのだった。




