第十二話 壁際の世間話
立ちっぱなしも疲れるということで、俺とネムは道端の空きスペースに並んで腰掛けた。
通りの中央側に俺が座り、荷物を挟んで壁側にネムが座る。
ちらほらと街の住人達が横を通り過ぎる中、俺達はどちらともなく世間話を切り出した。
「⋯⋯なるほど、そんな事が。最近は少し治安が悪いとも聞きましたから、落し物を拾ったのがタツキさんで良かったです」
胸の前で手を合わせたネムが、にこやかに笑う。
やっぱ美少女の笑顔は良いものだな。ここ数日の疲れが吹き飛ぶくらいには、心が癒される。
⋯⋯え、シルテットも美少女だろって?
いやまあ確かにそうなんだが、アイツはなぁ。ベクトルが違うというか、純粋さが足りなさ過ぎるというか。
「おうおう。褒めても何にもでねーぞ。もしネムが拾ったとしても、同じ風にすんのは目に見えてるしな」
心の中で若干シルテットの人間性をディスるのもほどほどに、会話を繋げていく。
「あはは、確かにそうですね。だけれど、今回お婆さんを助けたのはタツキさんですから。"もしも"の話なんて関係ないんです」
「そこまでストレートに言われるとさすがに照れちまうなー。⋯⋯そっちは冒険者の仕事、上手くいってんのか?」
面と向かって放たれた賞賛の言葉に思わずニヤケそうになってしまった。
気恥ずかしさを紛らわそうと、流れるように次の話題へ。
はたして、ネムは無事に食い扶持を見つけることが出来たのか──五日前から心の片隅で気にかけていた心配事だ。
「あっ、そうなんですよ! 私のことを見かねた冒険者の方が、今度簡単なクエストで指南してくれるみたいなんです!」
⋯⋯おお、それは良かった!
嬉しそうに答える彼女を見て、心の底からそう思った。
冒険者ってのがいったいどれだけ過酷な仕事なのか、正直想像もつかないというのが本音だが。
頼らせて貰える相手がいるということが、精神的にも肉体的にも大きなアドバンテージとなり得ることくらいは当然分かる。
「ほー、ちなみに冒険者ってのはどんな依頼を受けるんだ?」
どうせなら聞ける時に聞いておこう。
名前からしてロマン溢れる職業だからな。いつかしら関わる機会もあるだろうし、知っておいて損はない。
そう思い、質問を口にしたわけなのだが。
「あれっ、タツキさんって冒険者じゃないんですね。てっきり私と同じ感じの駆け出しかと思ってました⋯⋯」
きょとん、と首を傾げるネム。
「残念ながら違ぇんだよなぁ。つい数日前までは学生やってて、今は家政夫。剣を握ったことは⋯⋯まああるけど、鞘から抜いたことすらないレベル」
握ったことのある剣というのは、ネムと出会う少し前にシルテットが俺に買い与えたヤツだ。
確かあの日は、初めての異世界観光という状況も相まってかテンションがやけに高く、買って貰ったばかりの剣を腰に下げたまま過ごしていたんだったか。
改めて考えてみたら、なんだかガキっぽいな。
⋯⋯まあ、高校生なんざまだまだ子供。ギリセーフ。
ちなみに件の短剣は、別に持ち歩く必要性を感じないため俺の部屋に置いてきた。実質、ただのオブジェと化しつつある。
そんなことはさておいて。やはりネムが勘違いを起こした原因は、俺が武器を持っていたからだったようで。
「家政夫さんも武器なんて携帯するんですね、意外です」
「普通はしないと思うぜ。けどほら、帯剣って俺くらいの男子なら皆憧れちまうんだよな。冒険者っつー職業もそうだし」
家政夫という職業に武闘派の印象が着く前に、勘違いへと素早く訂正を入れる。
いや、もしかすればこの世界じゃ意外と普通な可能性だってあるかもしれないのが怖いところだが。ゲームとかじゃあ使用人が強キャラってシチュエーションも、なんだかんだで多々あるしな。
とにかく俺が冒険者ではないことを伝えると。
「分かります! 冒険者⋯⋯聞くだけでワクワクとしちゃう響きですよねっ」
今度は目を輝かせ、これまた別の話題に食いついた。
だが、ネムはすぐさまハッとした表情に。
ついでにほんの少し頬を赤らめながら、
「え、えーっと。冒険者がどんな依頼を受けるか、って質問への答えなんですけど⋯⋯」
と、危うく忘れかけていた話題へと舵を切り直す。
「まずは前提として、冒険者ギルドという所で登録をしている人のことを冒険者と言います。これは知ってますよね?」
「いや、全然」
「へ? ⋯⋯し、知らなかったとしても大丈夫です。たいして支障はありませんから!」
気を取り直すようにして咳払いをし、説明をリスタート。
「登録した人達は、各々のランクに見合ったお仕事を受けることになります。例えば薬草採取だったり、森にいる魔獣の討伐だったり。凄い人だと、ダンジョンの探索とかもしてますね」
「ほー、ダンジョンか」
これまた惹かれるワードが飛び出てきたものだ。
ダンジョンと言えば、魔物が蔓延る大迷宮。そして、罠を飛び越えた先にある宝箱。
フィクションではお馴染みであるその存在が現実世界にあると来れば、行ってみたいと思うのが思春期男子の性だろう。
「そして、冒険者が受ける依頼についてなのですが⋯⋯基本的にはその大半が、周辺の街に住む人達からのものになります」
「魔獣の肉が欲しいから狩って来てくれ、とか?」
「ですです。他にも色々な種類があるのですが、基本的には依頼の難易度に応じてランク分けがされているので、誰もが無作為に依頼を受けるなんてことは出来ません」
「なるほどなぁ。ちなみに、冒険者にランク付けをするシステムってのは無いのかよ」
頭をよぎるのは、ラノベだとかでよく見るタイプの冒険者ギルド。
依頼を階級付けして振り分けているのだ。ならば、当然あって然るべきシステムではあるはずたが。
「察しがいいですね、まさにその通りですよ、タツキさん。一番下の駆け出しがFランクで、そこから順にAまで上がって、その上に──」
「Sランク、か」
「──本当に知らないんですよね? 察しが良すぎませんか?」
驚き混じりの不思議そうな表情で、パッチリとした双眸をこちらへ向けるネム。
彼女の質問に対し、俺はどう答えるべきだろうか。
知らないとは言ったものの、前の世界で見た創作物と思いのほか酷似している辺り、似たようなものを知っているとでも返すべきか。
「⋯⋯あー、ほら。その昔誰かに聞いた事があるにはあったけど、うろ覚えでな。ネムの説明のお陰で思い出せた感じ」
勇者達と同じ世界から来ました、だなんて言っても信じて貰えないだろうと考え、結局は適当に誤魔化した。
「なるほど、そういうことなら納得です」
「そうそう。だから別におちょくってるワケじゃねーんだ⋯⋯っと、随分暗くなってきたなぁ」
ふと空を見上げてみれば、地平線の彼方へ向けて傾いていた太陽は既にその姿の半分以上を隠していた。
よく考えたらこの世界にも太陽はあるのか、などと思いつつ。
あと数分ほどで辺りが闇の帳に包まれる前にネムを帰そうと、話を終える。
「本当ですね。タツキさんはそろそろ帰りますか?」
「いや、一応家の近くまで送ってから帰るかな。夜道を歩かせるのもなんだかなー、って感じだし」
「では、お言葉に甘えて」
地べたに座っていた身を起こす俺に続いてネムも立ち上がり、それぞれ服に着いた砂埃を払う。
日本では夜になれば街灯が道を照らしていたが、対してこちらの世界の夜道は暗い。おそらく魔道具の一種なのであろう明かりはある事にはあるものの、その数は少ないために薄暗いのだ。
幸い人通りはまだ多い。今のうちに移動すべきだろう。
「私がお世話になっている宿は、街の中央方面ですからあっちです。⋯⋯ところで、タツキさん。明日はお暇ですか?」
「え、明日? シルテットのお世話も休みだし暇だけど、どうした?」
もしかしてデートのお誘い? ⋯⋯なワケ無いな。
このタイミングで言い出すとなれば、可能性として一番高いのは。
「早速明日、冒険者としてのイロハを教わるんですけど。もし冒険者に興味があるのなら、一緒に来てみては──」
「そりゃぜひ頼む! 連れてってくれ!」
予想通りの提案に、俺はすぐさま飛びついたのだった。




