其ノ二
「くっそ……最悪な誕生日だ……。今日はひたすら寝てる予定だったってのによ……」
大広間から追い出され、出口を探してひたすらに襖を開け進んでいた。人気も妖気も一切感じなく、不自然な空気が漂っているこの空間。正直、同じ部屋が続くだけの屋敷内に目が回りそうだった。
これじゃあ、完全に迷子じゃねぇか……。来たときもでっけぇ屋敷だなとは思ったけど、明らかにおかしいだろ。あんのババア帰れって言っときながら、一体何考えてんだよ。
「これじゃあ帰りたくても帰れねぇじゃんかよおお!!」
ひたすらに襖を開けていくと廊下にでた。
やっと見飽きた部屋からは出れたけど、周りはさして変わらない襖や障子が並んでいるだけで出口は一向に見当たらない。
「たっく、出口どこだよ……」
――リン。
鈴の音……?
ハッとして周りを見渡すが、特に何もない。
……空耳か?
『……こっちじゃ。こちへと来い』
今度はヒトの声が聞こえてきた。
「…………。よし、気のせいだな!」
今さっき来た道を戻ろうと、踵を返す。
『こっちじゃと言うておろうが! お主の耳には蛆虫でも詰まっとるんか!?』
「うっるさ!」
まるで耳元で叫ばれたかのように、キーンと耳鳴りがする。
『こっちじゃ、こっち』
「いや、こっちってどっちだよ! ……うわっ、なんだぁここ⁉」
振り返えり見た先は、続いていた廊下はなく、見飽きた障子や襖すらもなく、木の戸がそこにはあった。
戸の四隅には封印札らしきものが貼られていた。
しかし4つとももうボロボロで明らかに効力はないと見える。
「ぜってぇやべぇ奴じゃんこれ……。触らぬ神に祟りなしってな。近寄らんとこ……」
手を合わせお辞儀をして、その場を離れようとする。
『これこれこれ待たぬかお主!』
「あがっ⁉」
鼓膜破ける!
咄嗟に耳を塞ぐが、声はやまない。
『妾なら出口を知っとるぞ。教えてやるから、こちへと寄ってくのじゃ、わっぱよ』
「そんなこと言って、ここで封印されてる妖だろ。俺は面倒事はゴメンだ。帰りてぇが、お前みたいな危険な奴に教えてもらう筋合いはねぇ、じゃあな!」
『話はまだあるぞ……!』
「俺はない」
『これ! 待たぬか!』
「…………」
『くっ、妾を無視するとは小癪な!』
「…………」
『まぁよい。だが一つ教えてやろう。一人で行ったとこで、出口には辿り着けぬよ。この屋敷の迷路に囚われたのならな……』
「…………」
喧しかった声は聞こえなくなり、静けさを取り戻す。
後ろを、見てももうさっきの戸は見えなくなった。
にしても、出られないってのはどういうこっちゃ。あのババア、一体何を……。封印され直されてなかったあの戸、あの声……。うあー……考えるだけめんどくさいな。
――頭を無にしてかれこれ数十分経った。
『やっぱ出られんかったようじゃな』
「うわっ……! なんでまた!」
気づいたらまたさっきの戸が背後に現れた! 怖っ!
ただひたすら歩いて、なんにもなかったし、あやしかったのってここだけなんだよな。
「……行けってことか……?」
『なに、取って食たりなんかせんよ』
「それ、そういうやつほどってよく聞くんだが?」
『まったく侵害じゃな! 妾はそんじょそこらの妖と一緒にされたないのう。ふん』
「封印されてるってことは妖と変わらねぇだろ」
『妾を妖と一括りにするのならば、お主も妖と変わらんのじゃないのかのう?』
「お前、なんで知っ……!」
『お主の事は知っておるよ。よく知っておる。じゃが、今は語るには及ばんがのう』
「……あー、もういいよ。とりあえずこっから出られれば、なんだっていいわ。そっち行けばいいんだろ」
『うぬ。歓迎しよう』
意を決し、戸に手をかけると、ボロボロだった封印札は完全に朽ちる。
俺はごくり、と息をのみこむと、ゆっくりとスライドし中に入っていった。
戸を開けた先には、真っ黒な空間が広がっていた。
目の前に花びらが舞い散っている。
「なんだここ……?」
目を凝らすと、満開に咲き誇り、尋常じゃない妖気を放っている桜の大木が立っているのが見えた。
近づいて行くと、桜の木に巻かれているモノに気がついた。
黒と赤で輝く刃に、俺の身長50寸足らずと同じくらいの長さの大きな鎌。禍々しく漂う妖気は、そこから広がり桜を妖しく包んで見せていた。
――触れるな。
そう、頭ではわかってはいた。
けど、それよりも体が、腕が、引力に引き寄せられるかの様に、自然と先に動いてしまっていて、気づいた頃にはその鎌に触れていた。
瞬間、満開に咲いていた桜は、勢いよく爆散した。
「うわっぶ⁉︎ べぇ! ぺっぺっ!」
口ん中に桜がっ……!
『久しぶじゃのう、空夜』
「――!?」
視界が桜で埋め尽くされ、何も見えねぇ状況。
さっきから聞こえていた声がすぐ近くから聞こえてきてビクリとする。更に名前まで呼ばれて心臓が跳ね上がった。
――ひとつ、脳裏を過ぎった記憶。
桜が満開に咲き誇り、ひらひらと散っている、どこか見覚えのある庭。まだ俺が物心ついたばかりの頃の事。どこかは思い出せないけど、あの時、"あの人"が持ってたモノ。この鎌だった。
アレは……。
「――魔鎌・夜桜」
『ついに思い出しようたか、妾の事を』
「っ……。名前、だけな」
包帯を巻いていた首が若干痛むのを感じながら、目を開くと、枝に巻き付かれた魔鎌・夜桜があった。
妖力を宿し、意思を持って生まれた武器、妖刀の一種がなんでこんなとこに封印されてるんだ。
いや、いい。いまはそんなことよりも、ここから出るのが先決。
「で、だ! 出口はどこなんだ? あたり一面真っ暗でなんもねぇけど?」
『ああ、出口はな……ないぞ! 向こうが作る気ないようじゃし、出りゃあせんじゃろうな』
「は⁉ ざけんなよ! じゃあここで野垂れ死ねってか!?」
『落ち着くのじゃ。出口はないが、出口を切り開くことはできる』
「切り開くって……そんな事できんのかよ」
『出口は知っとると言ったろう。だからお主を呼んだのじゃ。お主がおらなんだ無理だったからのう。……ってなわけじゃ、まずは、妾をここから引っ張り出してくれんかのう? 窮屈で辛抱ならんわ』
「どういう訳で封印されてる奴をわざわざ俺が……って言いたいとこだけど、要するにお前を解放しなけりゃ、俺はこっから出られねぇってことか」
封印を解いたあとの事、ここの頭領っていうババアや、ジジイのことを思うと危険な奴をよくもと、ガミガミ言われそうだなと思うと気が重たくなってくる。
でもまぁ、ここから他に出る方法なんてなさそうだし、手段は選んでられねぇのか……?
『……っ!? 空夜よ、出るならはよしたほうが良いかもしれぬ。ここの空間が消えかかっておる。見ろ! お主が入ってきた戸は既に消えた。花も枝先も消えかかっておる。このままじゃ野垂れ死ぬ前に、存在自体が消えてしまうぞ!』
言われた通り振り返り見ると、入ってきた戸もそこから差す日の明かりも消えて、戻る道がなくなっていた。
妖艶な花びらの光も、大木もじわじわと消えかけ、足元の明かりもあとわずかしか見えない。
封印されてる妖刀を解放して怒られるか、ここで存在ごと消されるか。
そんなん決まってんだろうがよ!
「あーーークソっ……! 怒られるだけですめばいいんだけどなぁ⁉」
俺は大木に乗り出し、鎌を握る。巻き付いている枝を強引に引っぺはがして、大木から離す。
間一髪で、夜桜を引き剥がし、大木は消えていった。
足場だけが唯一残され、もう時間はない。
「で、どうすりゃいいんだ⁉」
『妾のこの華麗な刃で、空間を切り裂け! 木のあった中心にこの空間を作り出している妖力の源がある。そこを断つのじゃ!』
暗くてなにも見えないが、感じる。ゆらゆらと緑色に感じるその妖力は、さっきのババアのもんだ。
手に力が篭もる。苛立ちと焦り、とてつもないめんどくささを感じながら鎌を振り上げる。
「こんの……すっとこどっこい!!!!!」
罵声と共に勢い良く切り裂かれた空間は裂け、その先には見覚えのない部屋がまた広がっていた。




