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三日目 金曜日

今更かもしれないが、朝輝は一度死んでいる。と言っても、死ぬ前は漆島朝輝ではなかったのだが…。一度死んだ彼は、生前に罪を犯した。彼は、地獄に落とされる代わりに、とある契約を交わした。それは、一週間以内に月代有華の命を救う事。もし救えれば、彼の罪は完全に償われたことになる。だが、もし救えなければ、永遠に地獄で苦しむことになる。

 人によっては無謀とも思えるこの契約を、彼は交わした。そして、漆島朝輝という存在としてあの世の果てから帰って来たのだ。


 

カーテンの隙間から射し込む光が朝輝の瞼の上に射し込む。

「う…ん」

 朝輝は重い瞼を開け、ゆっくりと体を起こす。

「三日目…か」

 切っても切れず、忘れようにも忘れられない現実が、朝輝の上に重くのしかかる。朝輝は、それを深呼吸と共に一気に呑みこんでベッドから降りる。

「これ以上、何も起こらないでいて欲しいな」

 

 家を出て、通学をしばらく歩いていると、有華の後ろ姿が目にとまった。

「おはよう、月代さん」

 朝輝はいつもの調子で有華に声をかける。

「あ、漆島くん。おはよう」

 立ち止まって振り返った有華は、笑顔で挨拶を返した。心なしか、少し声が弾んでいるような気がした。

「今日はご機嫌みたいだけど、何か良い事でもあった?」

 朝輝が質問すると、有華は笑顔で答えてくれた。

「昨日、お母さんと電話でお話ししたの。あ、私のお母さんは病気で入院してて、時々電話でお話ししてるの」

 それでか。と、朝輝は思った。

「月代さんって、お母さんの事が大好きなんだね」

 母親の存在を忘れてしまった朝輝にとって、有華の様子はとても微笑ましいものだった。

「あ、その、えへへ…」

 有華は照れくさそうに笑って頭を掻く。

「っ!!」

 だが、朝輝は気付いてしまった。左手首に巻かれた包帯の存在に。

「月代さん。その怪我、どうしたの?」

 朝輝の顔からはさっきまでの優しい笑みが消え、僅かに青ざめていた。

「あ、これ? 昨日、晩御飯作ってるときに切っちゃって」

 有華は朝輝の問いかけに苦笑して答える。しかし、それが完全なる嘘である事が、朝輝には分かっていた。料理で包丁を扱っていたなら、普通なら手首を切る事なんてありえない。だから、その怪我がなんであるかは一つしか考えられなかった。

「そう、なんだ。大事に至らなくて良かったね」

 朝輝は苦しい中、無理矢理笑うように笑った。

「うん。ごめんね。変な心配かけて」

 変な心配。多分、有華もその事に対する懸念があると思ったのだろう。

「大丈夫。そんなんじゃないから。ほら、急がないと遅刻しちゃうぞ」

 有華はそう言って元気よく走り出す。

「もう、彼女は限界なのかもしれない」

 有華の背中を見て小さく呟き、朝輝は有華の後を追った。


 教室に入ると、霧杜は机に足を乗っけてだらけていた。

「あ~。暑いな今日も…。そう思わないか、朝輝」

 しかも何故か、夕方でもないのに黄昏ていた。意図せずして、朝輝のマイナス感情を和らげてくれる霧杜の存在は、有り難いものだった。

「今日はそんなに暑くないじゃん。ダラケすぎでしょ」

 朝輝は苦笑いして、霧杜の様子を眺めている。

「うるせぇ。俺はお前と違って体感温度が高いんだよ」

 その時、ガラリと教室の扉が開き、担任の先生が入ってくる。

「うぇ!? マジかっ!?」

 いつもはチャイムより遅く入ってくるはずの担任が、今日に限ってチャイム前に入って来た。慌てた霧杜は急いで足を降ろそうとするが、足を引っ掛けてそのまま机を倒す。

「痛ってえぇぇ…」

 霧杜は腰を思い切り打ちつけ、腰をさすっている。

「おい、春日井」

 いつの間にか、先生は霧杜の目の前に仁王立ちしていた。これには流石の朝輝も驚く。

「な、何でしょうか先生…」

 霧杜は、さっきまで以上に汗をだらだらと流し、ひきつった笑顔でとぼける。

「分かってるよな? 春日井…」

 先生は廊下を親指で差し、宣告する。

「SHR終わるまで廊下に立ってろ」

 


「うぉあ~~~あ。今週残すところあとわずかで休みだぁあ! あぁ、でも休みが終わったらまた学校が……」

 霧杜はテンションが上がりそうで上がらない微妙な呟きをして、大きく伸びをする。

「じゃあ、月代さん。食堂行こうか」

 例によって、朝輝は霧杜をスルーして有華を昼食に誘う。霧杜は一瞬またかよ、という顔をしたが、一度昼食を共にした事で抵抗が無くなったのか、直ぐにいつもの調子で言った。

「うっし。なら早く行こうぜ。美味い飯が無くなっちまう」

 霧杜は立ち上がって、熱弁をふるうがごとく拳を胸の前でグッと握る。

「あの、私今日は図書委員の当番だから。今日はごめんなさい」

 有華は申し訳なさそうにそう言った。

「そっか。しょうがないね。じゃあ、頑張ってね」

 朝輝は有華へ気づかいの言葉を掛ける。

「うん、ありがとう。ごめんね」

 有華はそれだけ言うと、教室を小走りで出て行った。朝輝はその背中を見えなくなるまで見送った。

「んじゃ、行くか」

「うん…」

 朝輝は後ろ髪引かれるような思いで、食堂へと向かった。


 朝輝は冷やし中華を頼み、霧杜はカレーを頼んで、注文の品を受け取った二人は丁度空いていた席に向かい合うように座る。

「で、何か言いたい事があるんじゃないのかよ。お前」

 唐突に、向かい合って座っていた霧杜がカレーを一口食べて言った。

「え? なにが?」

 朝輝はいきなりそう言われたので、最初は何の事だか分からなかったが、直ぐに霧杜の意図が分かった。

「なにがじゃねぇよ。朝からずっと元気ねェし、月代の事ずっと気にしてるみたいだし」

「別に、何でもないよ」

 霧杜が介入したところで、どうにかなる問題ではなかった。でも、協力してほしかった。迷った挙句、朝輝は霧杜を巻き込まない方針を選んだ。

「何でもなくねぇよ。お前が月代の事で奔走してるのは知ってるんだから、さっさと話して楽になりやがれ」

 霧杜は、何処かの刑事が犯人に事情聴取するときみたいな台詞で朝輝を諭す。ふざけた言い方だが、霧杜の目は真剣そのものだった。こうまで言われて、折れないわけにはいかないな。そう思った朝輝は重たいその口を開く。

「じゃあ、月代さんの左手の怪我、見た?」

「あぁ。でも、それがどうかしたのか?」

 朝輝は一度息を呑み、空気を深く吸い込んで、低い声で言った。

「アレは多分、リストカットの怪我だ」

「っ!? …マジかよ」

 この事実には、霧杜も動揺を隠せなった。どうにか声を押しとどめた霧杜は、声を低めて訊ねる。

「それって、相当ヤバくねぇか?」

「あぁ、このままだと危険だ。一刻も早く何とかしないといけないけど…」

 そこまで言って、朝輝は俯く。

「打つ手なし。ってわけか…」

 霧杜の言葉に、朝輝は頷く。

「でも、悪化を防ぐくとなら出来るかもしれない。そこで、春日井に頼みがあるんだ」

「焦らすな。さっさと言え」

 霧杜は朝輝の言葉を一字一句疑うことなく真摯に受け止めていた。朝輝にとって、それはとても心強い事だった。あぁ、彼に話して良かったと、朝輝は心の底から思った。

「月代さんの友達として、月代さんを支えて欲しいんだ」

 真剣な表情で朝輝は言った。霧杜は一瞬呆気にとられた後、何故か笑い始める。

「何を頼むかと思えば…。いいか、俺はお前も月代も大事な友達だと思ってる。覚えとけよ?」

「っ!!」

 霧杜の台詞はベタだったけれど。否、だからこそ、朝輝の心にしっかり響いた。

「それと、俺の事は霧杜でいい。いいな?」

 霧杜は不敵に笑って、朝輝を見る。

「あぁ。ありがとう、霧杜」

 霧杜という存在がいる事の心強さを、朝輝は初めて感じた。

「さて、基本俺も支えてやるけど、一番近くで支えてやれるのはお前だ。頑張れよ」

「何かあった時は、頼むよ霧杜」

「さ、昼飯さっさと食おうぜ。美味い飯が冷めちまう」

 霧杜は笑ってカレーを頬張り始める。

 霧杜のお陰で、朝輝はある決断をしたのだった。




「月代さん。僕、今日ちょっと用事があるから先に帰っててくれないかな?」

 放課後、朝輝は帰り支度を整えている最中の有華にそう告げた。

「あ、うん。分かった、先帰ってるね」

 有華はにっこり頷くと、鞄を持って教室を出て行った。

「…さてと、そろそろ白黒ハッキリさせないとね」

 朝輝は鞄を勢い良く掴みあげると、教室を飛び出して屋上へと向かった。


 朝輝は一人、屋上で待っていた。相手は当然、三坂葛葉だ。

不意に屋上の扉が開き、女子生徒が一人やって来た。その女子生徒は果たして葛葉だった。

「話って何かしら? もしかして、告白?」

 葛葉はクスクスと笑って朝輝を挑発する。

「ふざけるな。お前も分かってるだろう。月代さんの事だ」

 今までとは違う冷たく鋭い雰囲気に、葛葉は一瞬驚く。しかし、またすぐにいつもの冷たい微笑を浮かべる。

「私のオトモダチである月代さんがどうしたというのかしら。もしかして―――」

「もう、いい加減にしろよ」

 長髪を再度繰り出そうとする葛葉を、朝輝は遮る。ピリピリとした空気が屋上全体に充満している。いつ何が起こってもおかしくない状況だった。

「何を、いい加減にするのかしら?」

「当然、月代さんを苛めるのをだ」

 朝輝がそう言うと、葛葉はお腹を抱えて笑い始める。

「っふふふ…。私がいつ何処でどうやって月代さんを苛めたというのかしら? 第一証拠なんてあるわけ―――」

「あるって、言ったらどうする?」

「っ!!」

 ここで朝輝は一つの賭けに出た。本当は、物的証拠など朝輝は持っていない。だが、目撃だけはした。それが、葛葉にどれほどのダメージを与えられるかがカギだった。

「そう、なの。なら、その証拠とやら見せて頂戴」

 今だ。朝輝はそう思った。朝輝はポケットから自分の携帯電話を取り出し、それをちらつかせる。

「その携帯が、一体なんだって言うのかしら?」

「水曜日の放課後、お前と月代さんを尾行させてもらった。その時の会話の一部始終を録音させてもらった」

 にやりと笑って、朝輝は葛葉の出方を伺った。葛葉は、下唇を噛みしめたまま顔をしかめている。どうやら吉と出たらしい。

「あ~あ、バレちゃったか。でも、もう遅いの。何せ、私の目的は今日を持って達成されたのだから」

 葛葉は、意味深長な言葉を朝輝に告げた。その言葉で、朝輝の表情の中に小さな焦りの色が浮かぶ。

「…どういう意味だ」

「全ての布石が揃い、最後の弾丸は装填された。後は、引き金が引かれるのを待つだけ。ふふふ…あははははははははははは」

 そう言い残し、葛葉は笑いながら屋上を出て行った。

「まだ、間に合うはずだ。いや、絶対間に合わせる。月代さんを、死なせたりはしない」

 たとえ、自分の命を犠牲にしても―――――――


初めに言わせて下さい。すみません。

昨日載せるはずだったのですが、寝落ちしてしまって…。

一日空いてしまいましたが、これからはしっかり書きますのでよろしくお願いします。どうか見捨てないでください。

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