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二日目 木曜日

朝輝は誰かと話をしていた。相手の声は聞こえてこない。

『―、―――――?』

「うん。思ってたより、深刻な状態かもしれない」

『―――、――――――――?』

「いや、このまま続行する。乗りかけた舟だしね」

『――。――、―――――――』

「分かってるよ、そんなこと」

『――、―――――――』

「そうだね。期間中に思い出さないと…」

『―――。――――――――――――』

「僕が死ぬ前に、どんな罪を犯したのかを」




 朝、有華は目を覚ますとすぐに朝輝のことを考えていた。

 朝輝は、有華がいじめを受けていることを知っていた。いや、本当は気づいただけなのかもしれない。だけど、朝輝はこうも言っていた。

「僕は、君を助けるために来たんだから」と。

 その台詞を聞いて、もしかしたら終わりの見えない彼女の仕打ちに、終止符を打ってくれるのかも知れない。そんな、根拠のない想いが、有華の心の底から浮かび上がってくる。だが、有華は自身でその思考をかき消す。

「なに考えてるんだろ、私。そんなことあるわけないのに」

 先生でさえ出来なかったことが、転校生なんかに出来るわけがない。それを最後に、有華は考えるのをやめる。

 有華は自室を出て、リビングへと向かう。リビングに入ると、閑散とした空気が有華を迎えた。有華はふと、ダイニングテーブルを見ると、書き置きがあることに気付く。

「おはよう有華。朝食美味しかったよ。お弁当ありがとう。いってきます。

 追伸、今度の日曜日に休みがもらえたから、お母さんのお見舞いに行こう。父より」

父からの書き置きにはそう書かれていた。

「日曜日…」

 しかし、日曜日には朝輝に街を案内する約束があった。

「どうしよう…。やっぱり断るしか…」

 だがそこで、有華の中の何かが踏みとどまった。それは恐怖。朝輝に嫌われることに対する恐怖だった。

「大丈夫。ちゃんと話せば分かってくれるよ…」

 そうは言ったが、有華自身そんな根拠は何処にもなく、有華の心は止まりそうなコマのようだった。 

 有華は適当に朝食を済ませ、学校へ行く支度を始める。

「あ…これ」

 教科書やノートの入れ替えをする際、ヒラリと一枚の紙片が落ちる。それは、昨日葛葉から渡されたメモだった。内容は今日の昼食のパンについて。

「………」

 有華はそれを再び鞄に仕舞い、準備を続けた。しかし、その眼には、悲哀の色が深く漂っていた。


「おはよう。月代さん」

 登校中、有華の背後から誰かが声をかける。振り返ると、相手は果たして朝輝だった。

「おはよう、漆島くん。あの、日曜日のことなんだけど…」

 有華は、意を決して日曜日の約束を断ろうと話しを切りだす。

「ん? 日曜日がどうかしたの?」

 訊ねる朝輝に、有華は本当に断っていいのか戸惑う。

「えっと…。その、た、楽しみだね」

 有華は苦しそうに笑顔を作って言った。なに言ってるんだろう私、といった気持ちが顔にありありと出ていた。

「…本当は、日曜日に大事な予定が入ったんでしょ?」

「え…?」

 柔らかな笑みを浮かべる朝輝を見て、有華は困惑した。

「大丈夫だよ。僕は月代さんに案内してもらう側だし、案内人に急用が出来たなら、それはしょうがないよ。それに、街の案内はいつでもしてもらえるしね」

 朝輝のその優しさに、有華は涙がでそうになった。

 高校生になって、少なからず友達はいた。でも、いじめを受け初めて以来友達がいなくなった有華には、朝輝のその優しさがうれしかった。

「うん、ありがとう。じゃあ、また来週の日曜日に行こうね」

「うん」

 約束を来週に引き延ばし、有華は朝輝の先を走っていった。

「………」

 朝輝は、有華の背中を鋭い眼差しでじっと見据えていた。


「よっす、朝輝。重役出勤か?」

「そんなに遅くないだろ? 単に春日井が早いだけだよ」

 教室についた朝輝は、SHR(ショートホームルーム)が始まるまでの間霧杜と駄弁っていた。

「なぁ、昨日のアレ見たか?」

 霧杜はにやりと笑って、朝輝に訊ねる。朝輝は首を少し傾げ、「あぁ」と思い出す。

「アレね。ごめん、まだ見てないよ」

 昨日のアレとは、霧杜がお気に入りのアニメの事である。どうも魔法少女が自分の不遇の人生を健気に乗り越えていくらしい。

「何だよぉ。これじゃ、熱く語り合えないじゃねえか」

「ごめん。この学校の授業が前の学校より少し進んでるからさ。勉強しないとついて行けなくて…」 

 不満を漏らして唇を尖らせる霧杜に、朝輝は申し訳なさそうに謝る。

「げ、マジかよ。真面目だなぁ朝輝は」

 霧杜は、朝輝が真摯に謝る事より、真面目に勉強に取り組んでいるという事の方が気になったようだ。

「まぁ、僕としては乗り気じゃないけどね。でも、両親がいい大学に行けるように勉強しろってうるさくて…」

 苦笑いする朝輝に、霧杜は眉間にしわを寄せて、

「あぁ~分かるわ。俺んちのも似たような事言ってるんだよ。ま、俺は完全拒否だけどな」

 と言って何度も頷く。

 キ―ンコ―ンカ―ンコ―ン…

「おっと、タイムリミットのようだな」

「そうだね」

 二人は話を打ち切り、先生が教室に入ってくるのに合わせて前を向く。

「……」

 隣を見ると、さっきまでいなかったはずの有華が、顔を俯かせて静かに座っていた。


「うあ~。今日は午前中が長いな、オイ」

 午前中の授業が終わり、昼休みがやってくる。

「うっし。朝輝、昼飯食いに行こうぜ」

「あ、うん。ねぇ、月代さんも一緒に食べない?」

 そう言った瞬間、二人の空気が一瞬だけ凍りついた。原因は知れていた。

「あ、あぁ、そうだな。よし、月代も一緒に昼飯食べようぜ」

 霧杜は空気を取り持とうと笑顔を作って有華に訊ねる。

「え…あ、うん」

 有華は俯いたまま、歯切れの悪い返事を返すだけだったが、とりあえずは承諾してくれた。

「よし、じゃあ行こうか」

 朝輝は、二人の微妙な空気を振り払って食堂へと向かった。

「………」

 そんな三人を陰から見つめる一つの影があったが、当然三人とも気づくことはなかった。


「なぁ、何であいつを昼飯に誘ったんだよ」

 学食の順番待ちをしている間、唐突に霧杜は訊ねてきた。因みに、有華には場所取りを任せている。

「何でって…。クラスメイトだし、席近いし」

 分かっていない朝輝に、霧杜は「駄目だこいつ」といった具合で額を押さえて呆れのポーズをとる。

「はぁ…。でも、しょうがねぇか。アレを知らねぇんじゃな」

「あれ?」 

 朝輝が訊ねると、霧杜は重々しく口を開く。

「あいつは、イジメられてるんだよ。しかも、相手のたちが悪い」

「たちが悪いって?」

「相手は隣のクラスの三坂葛葉。俺達の学年のトップだ」

 トップというのは成績の事を言っているのだろうと思い、朝輝は相槌を打たなかった。

「成績優秀、スポーツ万能、おまけに美少女と来た。さらに、先生からの人気も高い。だから、先生たちはあいつを疑わない。しかも、あいつは月代の弱みを握っているらしい」

「そう、なんだ……」

 抑揚のない相槌に、霧杜は朝輝を見る。朝輝は、この世のものとは思えない程冷ややかな眼で何かを見ているようだった。

「ど、どうした? 顔、怖いぞ?」

「ん? あぁ、ごめん。ちょっとね…」

 霧杜の言葉で我に返った朝輝は、苦笑いでその場を誤魔化す。

「おっと、順番か…。日替わり定食Bセットひとつ下さい」

 自分の順番がやってきたのに気付くと、霧杜は一旦話を打ち切り、食券を出して注文する。そして、霧杜の昼飯が来る間に話しを続ける。

「とにかく、今回は仕方ないが、これからはあいつにあまり関わらない事だな。本人としても関わってほしくないらしいし」

 霧杜はそう言って、肩をすくめておどけて見せる。

「そう。でも、僕はそういうわけにはいかないから」

「は? なんだそりゃ?」

 唐突に奇妙な事を口走る朝輝に、霧杜は目を丸くする。

「放っておくわけにはいかないんだよ。でないと、月代さんはいつか死ぬ」

 いつか死ぬ。朝輝の言葉に、霧杜は息を呑む。

「あいよ。日替わり定食Bセット」

 と、そこで食堂のおばちゃんが頼んだものを運んでくる。

「あ、僕は冷やしうどん二つで」

 食券を二枚出し、食堂のおばちゃんに朝輝はにこっと笑って見せた。

「あれ? 月代さんは…?」

 さっきまで席取りをしていたはずの有華は、忽然と食堂から姿を消していた。

「どうやら、ヤツにお呼ばれしちまったみたいだな…」

 霧杜は、苦虫をかみつぶしたような表情で呟いた。その言葉に、朝輝も表情を曇らせる。

「僕、月代さんを探しに行ってくるよ」

 朝輝は、二つの冷やしうどんをテーブルに置いて、何処かへと行こうとする。

「ちょっと待てよ! 当てかなんかあるのか!?」

 そんな朝輝を、霧杜は慌てて制止する。朝輝も、当てが無い事を指摘されその場に思いとどまる。

「漆島くん、春日井くん、おまたせ」

 突然、背後から声を掛けられ二人は振り返る。立っていたのは、さっきまで何処かに行っていたはずの有華だった。

「つ、月代さん? 何処行ってたの?」

「あ、えっと、ちょっとトイレに……」

 照れくさそうにはにかむ有華に、二人は安堵のため息を漏らす。

「あぁ~びっくりした。急にいなくなったから慌てたぜ」

 霧杜は何ともなさそうな有華を見て、安堵の笑みを見せる。

「ごめんなさい。すぐ帰って来られると思ったし…。その、言うの、恥ずかしかったから…」

 目を伏せて、頬を赤らめて恥ずかしがる有華は、反則級の可愛さだった。

「ぐぉ…。俺の中の判断基準がブレていく…」

 相当効いたのか、霧杜は奇妙な呻き声をあげていた。

「でも、良かった。月代さん可愛いから三年生の先輩にナンパされて連れていかれたのかと思ったよ」

 朝輝は冗談交じりにからかうと、有華は顔を真っ赤にして反論する。

「そそそ、そんなことあるわけないでしょ! そんな、可愛いからって……」

 途中から失速してもじもじし始める有華の様子を、朝輝はニヤニヤと眺めていた。

「お前って、意外とSな所があるんだな…」

 朝輝の隣では、悩殺ダメージをどうにか回復した霧杜が溜息をもらしていた。



 愉快な昼休みと、睡魔が潜む午後の授業を経て、ようやく三人は放課後を迎えた。

「うっしゃあ! 俺は、自由だ――――!!」

 古臭いモノマネで現在の感動を表現している霧杜をよそに、有華と朝輝は二人仲よく話していた。

「じゃあ、一緒に帰ろうか。月代さん」

「うん、良いよ」

「ちょっと待ったぁぁああああ!! お前ら何でそんなに仲が良いんだよ!」

 二人だけの世界と化していた空間に、霧杜が壁をぶち破る感じに割り込んでくる。

「何でって。席も近いし、登下校も同じ方面だし」

 朝輝の何気ない返答に、霧杜はがくりと肩を落として崩れる。

「畜生…。俺は別に羨ましくてこんなに落ち込んでるわけじゃねぇぞ、このリア充が」

 完全に言ってる事とやってる事が一致していない霧杜に、二人は顔を見合わせて苦笑いをする。

「くそぅ…。おい朝輝! これ以上のリア充を俺に見せたら、轢き殺すぞ!」

 そんな捨て台詞を残し、霧杜は自分の荷物を背負って教室を飛び出していった。

「…帰ろうか、月代さん」

「…そ、そうだね」

 暴走する霧杜を前に、二人はもうたじたじだった。


 有華はこの、二人並んで歩く時の沈黙が嫌いだった。理由は、単純に気まずいから。何か言わなきゃと思っても、何を言えばいいか分からない。そんなもどかしさが、有華は好きじゃなかった。

「月代さん、昼休み本当三坂さんに呼ばれてたんだよね?」

 唐突かつ平然とその話題を切り出してくる朝輝に戸惑いながらも、有華は頷いて答える。

「……う、うん」

 有華はただ、二人に心配をかけたくなかっただけだったのだ。自分が暗い顔で帰ってくれば、二人は当然心配する。そうならない為に明るく振舞っていたが、朝輝にはお見通しだったようだ。

「月代さん。僕はもう月代さんの友達なんだから、もう少しは頼ってくれていいんだよ?」

 笑顔でベタな台詞を言う朝輝だったが、その言葉は、有華の心にとても響くものだった。

「うん。ありがとう。ごめんね」

 涙が出そうになるのを必死でこらえ、有華は笑顔で返した。

「じゃあ、僕はこの辺だから。また明日ね」

「うん、また明日」

 十字路に来たところで、二人は別れを告げてそれぞれの家へと帰る。朝輝が振り返ると、有華が栗色の綺麗な髪を弾ませて歩いているのが見えていた。

 


すみません。書きあがらなくて日付跨ぎました。毎日更新って、結構きついですね(まだ始めたばかりじゃん)。まぁ、とりあえずなるべく日にちを跨がないように気をつけるので、これからもよろしくお願いします。感想をくれると日付をまたぐ確率が下がります。寂しがり屋なので、どうかお声をかけて頂ければ…いいなと思います。では、乞うご期待。

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