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四日目 土曜日 前半

※土日は本筋から一線おいた息抜きです。特に深刻な事態は起こりません。

「朝輝ー! 起きてるー?」

 朝。僕は母さんの呼び声で目を覚ます。母さんと言っても、違った意味で本当の母さんではない。そもそも僕が漆島朝輝ではないからだ。本物の漆島朝輝は階段から転落して死んだ。今の僕はその体を乗っ取っているにすぎない。

「今起きたところ。どうしたの、母さん」

 僕は自室を出て階段から一階を覗き込む。見ると、母さんはキャリアウーマンみたいにビシッとスーツを着ていた。まぁ、実際にキャリアウーマンなのだけれど。

「お母さん。これからお仕事行ってくるわね。お昼には戻ると思うから」

 母さんはそれだけ言い残すと、玄関のドアを開けて出勤してしまった。家の外で、車の遠ざかる音が聞こえる。

「さて、何をしようかな…」

 僕は転校したばかりで部活には所属していない。多分、これからも入るつもりはないけど。

誰かと遊ぼうかと考えたが、生憎転校したてで友達も少なく、肝心の霧杜は、意外な事にバスケ部で、今日はその練習試合があるという。タイミングが悪い。

「そうだ。月代さんに電話しよう…」

 僕の目的は、あと三日で月代有華の命を救う事。そのために、月代さんと親睦を深めるのも良いだろう。それに、月代さんに会いたいし。

「でも、携帯の番号知らないや…」

 仕方なく、僕は戸棚から学校の連絡網を引っ張り出し、月代さんの自宅に電話をかける。

「あれ、もしかして迷惑かも知れない?」

 呼び出し中にそんな事を思ってしまい、落ち着かない心境で呼び出し音を聞き続けた。運がいいのか悪いのか、電話に出たのは留守番電話サービスだった。

「月代さんもダメか…」

『そんなにのんべんだらりんしてていいのかにゃー?』

 急に、何処からかそんなふざけた声が聞こえてくる。またあいつか。僕はそう思った。声の主は見えない。でも、僕が契約を交わした相手。自称死神の使い魔。

「別に、僕だって何にもしてないわけじゃないさ」

 でも、今日明日は月代さんと会えないから打つ手がなかった。

『…そんな憐れな君に、ボーナスタイムだにゃー』

 自称使い魔は、奇妙な事を言い始めた。

「ボーナスタイム?」

『お前が通う高校近くの喫茶店に行ってみる事だにゃー。にゃははははは…』

 やがて笑い声が遠ざかり、遂には聞こえなくなった。

「何なんだよ。今の…」

 全くわけが分からなかった。しかし、打つ手がない以上どんな手でも試してみる価値はある。藁にもすがる思いというやつだ。

 僕は直ぐに出かける支度を整え、自称使い魔の言っていた喫茶店へと向かった。


 喫茶店までは、家から十分もかからなかった。看板には『喫茶 AKABA』と書かれている。僕はゆっくりと喫茶店の中へと入る。すると、ドアについていたベルがカランと音を立てて僕の来店を店内に告げる。内装は、洋風で結構しゃれた造りだった。そして、カウンターに座っていたウエイトレスさんが、僕の来店に気づく。

「あ、いらっしゃいませ。って、漆島くん!?」

 そのウエイトレスさんは、僕を見るなり飛びあがりそうなほど驚く。しかも、僕を知っているらしい。僕は目を凝らしてウエイトレスさんを良く見てみる。

「もしかして、月代さん…?」

 僕の目の前に立つウエイトレスさんは、間違いなく月代さんだった。この時、自称使い魔が言っていたことがようやく分かった。

「ねぇどうして漆島くんがここにいるの!?」

 月代さんは気が動転してるのか、ものすごい勢いで僕との距離をグイッと詰めてくる。羞恥に潤んだ瞳が、じっと僕を見つめてくる。

「えっと…。気まぐれ? ていうか、それを言うなら月代さんこそ何でここでバイトしてるの?」

 僕が問い返すと、月代さんは酷く狼狽して数歩下がる。視線が定まらず、ずっと泳いでいる。

 ウエイトレス姿の月代さんの照れ顔は、いつもの五割増しかも知れない。この場に霧杜がいたら泣いて喜ぶだろう。

「こら、有華。お客さんを立ちっぱなしにさせちゃダメだろ?」

 カウンターに立っている店主らしき女性が、月代さんに助け船を出す。

「あ、はい。その…どうぞこちらへ」

 僕は月代さんに促され、奥の席に座る。

「その…。し、失礼します…」

 そのままカウンターへ戻ろうとする月代さんを僕は咄嗟に引きとめる。

「あ、アイスコーヒーひとつ。ブラックで」

 喫茶店に来たのに何も頼まず、ただ座っているのも何だか変なので、僕はとりあえずコーヒーを注文した。

「か、かしこまりました。少々お待ち下さい」

 月代さんはペコリと頭を下げて、カウンターへと戻っていった。

「月代さん、ウエイトレス姿結構似合ってるな…」

◇◇ ◇

 どうしよう…。漆島くんにこんなところ見られちゃった。予想外の展開に私はもうどうしたらいいか分からなかった。他のクラスメイトや私を知っている生徒なら別にどうってことはなかった。でも、よりによって漆島くんが来るなんて…。

「ほら、いつもの営業スマイルはどうしたんだよJK」

 ここの喫茶店を営む赤羽さんが私に励ましの言葉を掛ける。でも、営業スマイルはない気がする。

「すみません。ちょっと知り合いが来たものですから…」

 私はどうにか胸の高鳴りを止めようとするが、中々止まらなかった。

「ふぅん、そう…。さては、彼氏か? JK」

 にやりと笑いながら訊いてくる赤羽さんに、私は全力で首を横に振る。

「ちちち、違いますよ! ただのクラスメイトですって!」

 と、言ったところで私はハッと我に返り、恐る恐る漆島くんの方を見る。幸い、私の声は聞こえていなかったみたい。でも、漆島くんの性格からして見て見ぬふりしていしそうな…。

「なるほど、要するに肩重いという訳か…」

 うんうんと何度も頷く赤羽さんに、私は突っ込む。

「違いま―――って、なんですか!? 肩重いって!?」

「気にするな。単に誤植が面白かったから修正しなかっただけだ」

 赤羽さんは時々わけのわからない事を言い出したりする。

「ふむ。要するに片思いの少年が来たので動揺しているわけだな? JK」

「だから違いますって!! それと私をJKって呼ばないで下さい!!」

 確かに女子高生ですけど…。というか赤羽さんが言うと妙に男前な気がする。気さくな性格だからかな…。

「ん? そうなのか…。それは残念だな」

 何が残念なのか、私には全く分からなかった。

「じゃあ、私があの美形少年を落として―――」

「駄目ですよ!!」

 私はぺろりと舌を出して口の周りを舐める赤羽さんを制止する。

「ん? 別に有華の想い人じゃないんだからいいだろう」

 赤羽さんはきょとんとした表情で私に訊ねる。

「いや、だから、その…。ほら、漆島くんには好きな子がいるかもしれないし、恋愛とかに疎そうな気もするし…。うぅ…」

 何だか、口を開けば開く程余計な墓穴を掘っている気がしてならないよ。私はこれ以上墓穴を掘らないようにする為に一度黙りこくる。

「ほう。つまり、『私が狙ってるんだから横取りしないでよね!』というやつか」

 赤羽さんはニヤリと顎に手を当てて格好をつけている。

「違います!! というか私はそんなキャラじゃありません!!」

 と、突っ込みつつも、私は内心赤羽さんの小さな気づかいに感謝していた。やり過ぎな気もするけど…。

「さてと、お約束もこの辺にして…。一応挨拶ぐらいはさせてくれや」

 さっきまでのチャラけた雰囲気が消え、何というか、お姉さん的な雰囲気になった。

「あ、はい」

 私はいつも赤羽さんのこの雰囲気には驚かされる。やっぱり、何だかんだ言って良い人なのかもしれない。

「んじゃ、行ってくるわ」

 赤羽さんはカウンターを出て、漆島くんのもとへと向かった。


◇◇ ◇


「君が漆島くんだね? 有華からは話を聞いているよ」

 突然、さっきの店主らしき女性が声をかけて来た。

「はい。初めまして、漆島朝輝です」

 僕はとりあえず自己紹介をする。一応、礼儀ということで。

「私はここのオーナーの赤羽だ。よろしく」

 赤羽さんと名乗る女性は、僕の前に手を差し出す。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 僕はその手を握り返し、握手をする。一瞬、視線を感じた気がしたが、視線を感じた方を見ても誰もいなかった。

「ん? どうした?」

「あ、いや、なんでもないです」

 怪訝そうに訊ねる赤羽さんに、僕は笑って誤魔化し、コーヒーを飲む。

「で、単刀直入に聞くが、漆島くんは有華のことどう思ってるんだ?」

「ゴホッ!?」

 コーヒーを飲んでいる最中だった僕は、危うくコーヒーを吹き出しそうになったところをどうにか堪えたが、代わりに気管に入った。

「ゴホッ、ゴホッ。そ、それってどういう―――」

赤羽さんを見ると、赤羽さんの表情は真剣そのものだった。それを見て僕は「あぁ、そう言う事か」と思った。

「月代さんは、僕にとって大切な友達です。今のところは。これからどう関係が変わるか分かりませんけど、少なくともずっと彼女の味方でいる事は断言できます」

 ずっと同じ関係のままでいる人間なんて普通はいない。常に関係は変わり続けている。でも、変わらないものが根底にあると僕は信じている。

「そうか…。なら、安心だな」

 一度目を閉じた後、赤羽さんはニッと笑って言った。

「んじゃ、これからも有華の事をよろしく頼むよ。漆島くん」

「はい!」

 もしかしたら、赤羽さんは学校での月代さんの事を知っていたのかもしれない。でも、僕はそれを訊くことなく返事を返す。

「じゃ、コーヒーぐらいしかないがゆっくりしていってくれ」

 赤羽さんは手をひらひらと振ってカウンターへと戻って行った。

「赤羽さん、良い人だな…」

 赤羽さんみたいな良い人に支えられている月代さんなんだから、きっと大丈夫なのだろうと、僕はそんな甘い幻想を抱いていた。


◇◇ ◇


 挨拶が終わったのか、赤羽さんはカウンターへと戻って来た。

「赤羽さん、一体漆島くんと何を話していたんですか?」

 若干抵抗があったものの、私は恐る恐る訊いてみる。

「あぁ、漆島くんが有華をどう思ってるかって訊いたの」

「――っ!?」

 私は思わず息を呑んだ。私が漆島くんにどう思われているかという期待と不安が、私の心臓から全身へと送りだされる。

「それで、漆島くんはなんて…?」

 私は恐る恐る赤羽さんに訊ねてみる。

「お前はあいつにとって大切な友達だとさ。良かったな」

 赤羽さんはニッと笑って優しく答えてくれた。

「友達……」

 私は『友達』という言葉を初めて聞いた気がした。でも、それは気の所為だった。三坂さんとの一件以来、私は友達を失った。友達は私を見捨てた。それまでの関係だった。でも、漆島くんは違う。そう思うと無性にうれしかった。嬉しすぎて目頭が熱くなる。

「そ、そうなんですか。嬉しいです」

 私は赤羽さんに背を向けて率直な感想を述べる。

「おっと、照れ隠しか? 青春だね~」

 ニヤニヤしているであろう赤羽さんに、私は反論する。

「そんなんじゃないです。ただ…」

「ただ?」

「単純に嬉しかっただけです」

 私は笑顔で返答した。ふいに、私の頬に一筋の流れ星が通った。


ふぅ…。書いている内に膨らみ過ぎてしまったので二分割しました

今回はシリアスな展開から外れて、趣味全開のほのぼのとした休日編です。なんか、書いている内に有華のキャラが崩壊してきた気がします。まぁ、本当は有華は普通の女の子なのよ、ということにしてください。次回の更新は月曜日になりますが、もしかしたら日を跨ぐかもしれませんのであしからず。それでは。


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