表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七人の堕天使と世界消去の書  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/38

第5章「勇者たちの失敗」

「こんなはずがない!」


 勇者レオンの怒声が、洞窟に響いた。


 目の前には角鼠が三匹いる。


 駆け出し冒険者でも倒せる低級魔物だ。本来ならガレスが一振りで片づけ、メルダは詠唱すらしない。


 その角鼠に、勇者パーティーは半刻も足止めされていた。


「ちょこまか逃げやがって!」


 ガレスの大剣が地面を削る。角鼠は足の間を抜け、ふくらはぎへ噛みついた。


「ぎゃあっ!」


「動かないで! 《聖なる癒やし》!」


 リリアの杖から白い光が飛ぶ。


 光はガレスではなく岩壁へ当たった。


「どこ狙ってんだ!」


「あなたが動くからでしょう!」


 メルダが火球を放ち、最後の一匹を焼いた。爆風が洞窟内へ広がり、全員が咳き込む。


 以前なら起きなかったことばかりだった。


 レオンが踏み込む場所には、なぜか足場があった。ガレスが大剣を振るう瞬間、仲間は自然と範囲から離れていた。リリアの回復は傷ついた者へ吸い寄せられ、メルダの魔法は味方を避けた。


 それを四人は、自分たちの才能だと思っていた。


「ジュンがいないせいよ」


 メルダが小さく言った。


 レオンが振り返る。


「何だって?」


「彼が抜けてから、おかしい。疲労回復が遅い。魔力の戻りも半分以下。さっきの角鼠だって、普段ならあんな動きは――」


「無能一人に、そんな力があるものか」


「でも事実よ」


「僕の指揮に逆らうのか?」


 メルダは杖を握った。


「確認したいと言っているだけ」


「確認なら済んでいる。鑑定結果は効果不明。つまり役に立たないスキルだ」


「効果がないんじゃなく、分からないのよ」


 レオンの顔が赤くなる。


 リリアが二人の間へ入った。


「今は先へ進みましょう。黒竜を倒せば、全部はっきりするわ」


 レオンは鼻を鳴らした。


「そのとおりだ。僕たちは勇者パーティーだぞ。荷物持ちがいなくなった程度で弱くなるはずがない」


 彼らは低級洞窟を抜けるだけで、すべての回復薬を使い切った。


 外へ出る頃には日が暮れていた。いつもなら野営地が整い、火が起こされ、温かい食事が待っていた時間だ。


「薪は?」


 リリアが尋ねる。


「俺に聞くな」


 ガレスは傷ついた脚を投げ出した。


「食事は誰が作るんだ」


 ガレスが焚き火の跡を顎で示す。


「あなたが作れば?」


 リリアが冷たく返した。


「聖女様の仕事だろ」


「どうして私が!」


 メルダは黙って乾燥パンをかじった。ジュンが残した荷物表を取り出す。


 そこには四人の食料、薬、装備の状態が細かく書いてあった。注意事項の最後に、見慣れた文字がある。


『無理をするな。危なくなったら撤退すること』


 追放されると知る前に書いたのだろう。


「馬鹿みたい」


 メルダは紙をたたんだ。


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


 翌朝、レオンは予定どおり黒竜の谷へ向かうと宣言した。


 誰もよく眠れていなかった。


 焚き火は夜半に消えた。見張りの順番を決めた者がおらず、四人とも誰かが起きていると思い込んだ。朝には荷物袋が食い荒らされ、保存食の半分を野鼠に奪われていた。


「ジュンなら結界を張っていた」


 リリアが漏らす。


 レオンの眉が動いた。


「その名を出すな」


「事実でしょう。水も残り少ないわ」


「谷に川がある」


 メルダが地図を開く。


「この季節は毒素が流れ込む。ジュンの注記にも書いてある」


「なら浄化すればいい」


「リリアの魔力は昨夜から戻っていない」


 三人の視線が聖女へ集まる。


 リリアは杖を握り、試しに水筒へ浄化魔法を使った。白い光は一度灯り、すぐ消えた。


「体調が悪いだけよ」


「全員、同じ日にか?」


 メルダの問いへ誰も答えない。


 ジュンがいなくなった穴は、一つの仕事ではなかった。夜営、物資、魔力、判断。互いをつないでいた無数の小さな糸が、まとめて切れている。


 ただし、三年間で身につけたものまで消えたわけではない。


 メルダが簡易鑑定をかけると、四人の基礎能力は追放前と変わっていなかった。ジュンと戦った日々に伸びた体力も、覚えた技も残っている。消えたのは疲労軽減や魔力回復、攻撃を正しい位置へ導く補助だった。


「歩ける足は残ってる。今まで誰かに支えられていたと認めれば、自分で立てるはずよ」


 メルダの言葉を、レオンは聞こうとしなかった。


 それでもレオンは引き返せなかった。


 黒竜より、間違いを認めることのほうが怖かったからだ。


 メルダは反対した。ガレスの傷が治っていない。回復薬もない。それでもレオンは聞かなかった。


「ここで戻れば、ジュンが必要だったと認めることになる」


 彼が漏らした本音を、三人は聞いた。


 谷の入口には、黒竜ではなく甲殻蜥蜴が一頭いた。


 そこへ着く前に、四人は三度道を間違えた。


 レオンは地図を持っていたが、ジュンが書いた地形の注意を読まなかった。雨で道が消えた場所では方角を失い、メルダの探知魔法も魔力不足で半径百歩しか届かない。


 ガレスが苛立って木を蹴り、眠っていた毒蜂を起こした。


 これまでは、そんな失敗さえ大事にならなかった。


 ジュンの幸運補正で蜂の巣は空だった。毒を受けても状態異常耐性が働いた。道を外れれば、彼が先回りして正しい道へ誘導した。


 今は一つの小さな失敗が次の失敗を呼ぶ。


 昼を過ぎた頃、ガレスの足から毒が回り始めた。リリアの解毒魔法は弱く、メルダが残り少ない薬を使った。


「何でこんなことになった」


 ガレスが呻く。


「自分で巣を蹴ったからよ」


「前は平気だった!」


 その言葉に、全員が黙った。


 前は平気だった理由を、誰も口にしたくなかった。


 メルダだけは、その夜から記録を始めていた。


 ジュンがいた日の魔力消費。食料の減り。負傷回数。魔物の行動。彼が抜けたあとの数字と並べると、偶然では済まない差が出る。


「これを王宮へ出す」


 野営地で告げると、レオンは帳面を奪った。


「勇者の能力を疑う資料を作る気か」


「原因を調べる資料よ」


「同じだ」


 帳面を火へ投げようとした手を、リリアが止めた。


「待って。もし本当にジュンの力なら、連れ戻せばいい」


「追放したのは僕たちだぞ」


「謝れば――」


 リリアの声が弱くなる。


 荒野へ食料もなく置いた。死亡報告へ署名した。謝罪だけで戻ってくると思うほうが、彼を人ではなく便利な道具として見ている。


 それでも彼女は、戻らないかもしれないとは言えなかった。


「聖女である私が頼めば、聞いてくれるわ」


 その言葉で、メルダは目を閉じた。


 以前のリリアなら『私が』と先に言った。今は『聖女である私』という肩書きで、人の心まで動かせると思っている。


 ガレスは痛みに脂汗を流しながら笑う。


「戻ってきたら、一発殴って上下関係を教えりゃいい」


 誰も、ジュンが何を望むかを聞こうとしない。


 メルダは焼かれかけた帳面を取り戻し、外套の内側へ隠した。


 この記録だけは残す。


 四人が失敗した証拠ではない。一人の働きを、最初からなかったことにしないために。


 甲殻蜥蜴と出会った時点で、四人はすでに半分負けていた。


 岩より硬い甲羅を持つ中級魔物。これまで何度も倒している。


「僕一人で十分だ」


 レオンが聖剣を抜いた。


 金色の光をまとって斬りかかる。いつもなら甲羅の継ぎ目へ自然と刃が導かれた。今日は数寸ずれ、硬い背を打つ。


 腕が痺れた。


 甲殻蜥蜴の尾が横薙ぎに襲う。レオンは避けたが、後ろのリリアへ直撃した。


「きゃっ!」


 リリアが岩壁へ叩きつけられる。


 ガレスが怒鳴り、大剣を振るう。傷ついた足がもつれた。魔物の顎が肩へ食らいつく。


 骨の折れる音がした。


「リリア! 早く治せ!」


「分かってる!」


 リリアが立ち上がり、杖を向ける。


「《聖なる癒やし》!」


 白い光がガレスを包んだ。


 傷口は閉じない。流れる血も止まらなかった。


「もう一度だ!」


「《聖なる癒やし》! お願い、どうして……《聖なる癒やし》!」


 杖の宝珠にひびが入る。


 これまで一度も失敗しなかったリリアの回復魔法は、ガレスの傷を治せなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ