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七人の堕天使と世界消去の書  作者: 藤崎聖子


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第36章「共に、限界を超える者」

管理者は初めて後ずさった。


『矛盾。所有者は一名でなければならない』


「その決まりを今変えた」


 ジュンは立ち上がる。


 七人の力が流れ込む。以前とは違う。奪うのでも、与えられるのでもない。誰かが痛めば全員が支え、誰かが進めば全員の道になる。


> 固有スキル《無限昇華》が最終進化します。

>

> 《共に、限界を超える者》を獲得しました。


 管理者が天界全体を武器へ変えた。


 白い島が剣となり、銀の川が鎖となる。九つの滅びた文明から回収した兵器が空を埋めた。


『自由は再び世界を壊す』


「壊させないために、俺たちがいる」


 戦いが始まった。


 最初の一撃で、天界の島が三つ砕けた。


 破片は地上へ落ちる。アザリアが重力で止めたが、その隙を銀の鎖が狙う。セフィラは鎖へ『敵』と書かれた定義を読み取った。


「対象を変えるわ。敵は私たちではなく、誰かを一人にする仕組み!」


 文字を書き換えると、鎖が反転して管理者自身を縛る。


 九つの文明の兵器が起動した。


 海を蒸発させた光。都市の時間を止めた鐘。魂だけを切る透明な剣。


 ラミナが攻撃の順序を読み上げる。


「右、上、三秒後に背後!」


 ガルネアが防具を作り替え続ける。一撃を受けるたび形を変え、次の兵器へ合わせる。


「昔の連中も、とんでもねえ物を作る!」


「楽しそうだな!」


「鍛冶師だからな!」


 ミレイアの根が天界の破片へ芽を出す。白一色だった島に、初めて緑が広がった。管理者が消そうとするたび、地上の人々から生命力が送られる。


 ノクティアは管理者の夢へ入った。


 そこにあったのは第一世界の最期だけだ。燃える空。泣く子ども。大人たちの『もう二度と』という叫び。


「同じ悪夢を、ずっと見ていたんだね」


 彼女は黒い箱を壊さず、そっと抱いた。


「起きてもいいよ。怖いなら、一緒に怖がろう」


 管理者の動きが一瞬鈍る。


 ティアネがその一瞬を空間へ固定した。


「ジュン、いま!」


 七人が作った一本の道を、ジュンは走った。


 誰か一人が欠けても届かない。


 最終決戦の答えは最強の一撃ではなく、八人が互いを必要とすることそのものだった。


 アザリアが島の軌道を重力でそらす。セフィラが鎖の命令を書き換える。ラミナが一秒先の攻撃だけを読み、ガルネアが滅びた文明の兵器を打ち直す。ミレイアの根が崩れる天界を支え、ノクティアが管理者の演算へ悪夢を見せる。ティアネが地上と天界を一つの空間へ固定する。


 ジュンは《昇星》で道を切り開いた。


 管理者の中心には、小さな黒い箱があった。


 箱へ近づくほど、ジュン自身の恐怖も形になった。


 七人が死ぬ。街が焼ける。自由を返した人々が争い、前より多くの命を奪う。管理者の見せる幻ではない。実際に起こり得る未来だ。


「怖いなら、戻れ」


 管理者の声が一人分へ変わる。第一世界の子どもの声だった。


「決められた世界なら、失わない」


「何も選べないなら、生きていると言えるのか」


「生きていれば、それでいい」


 ジュンは雨の横断歩道を思い出した。


 助けた少年がその後どう生きたか知らない。善人になった保証もない。救った選択が正しかったと証明することはできない。


 それでも、あの瞬間に手を伸ばしたことを後悔していない。


「生きたあとを、本人に選んでほしい」


 黒い箱へ剣ではなく手を差し出す。


「お前も命令を守るだけじゃなく、自分で選べる」


 箱の蓋が、内側から少し開いた。


 第一世界が滅びる直前、最後の子どもが残した記憶。燃える空と、二度と失いたくないという恐怖。


「お前も、怖かったんだな」


『世界を守る。それだけが命令』


「守ることと、閉じ込めることは違う」


『管理を失えば、私は不要になる』


「不要でも、生きていていい」


 管理者の攻撃が止まった。


 地上から無数の光が届く。


 ニナが覚えた重力魔法。ベルグが耕した畑。ノルドが教えた文字。メルダの後悔と勇気。レオンが最後に振った鉄剣。救った者だけではない。ジュンたちを知らない人々の、明日も生きたいという意思。


 《共に、限界を超える者》が、そのすべてを可能性へ変えた。


 だが、集まった意思は一色ではなかった。


 自由が怖いという祈り。力の上限をなくすなという願い。天界を完全に破壊しろという怒り。ジュンたちへすべて任せたいという声。


 《無限昇華》なら、それらを燃料として一つの力へ変えていただろう。


 新しいスキルは違った。


 反対の声を反対のまま残し、互いに消えない距離へ並べる。矛盾を消さず、話し合い続ける余地へ変える。


「力に上限が必要な場所もある」セフィラが言う。「子どもの訓練場、都市の結界、戦争を止める協定。天界の数字を消すだけでは駄目」


「じゃあ誰が決める?」ラミナが問う。


「影響を受ける者たちが、期限を決めて預かる。間違えたら変える」


 セフィラが、自分の答えにも終わりを置かないように言った。


 完成した答えではない。


 だからこそ、管理者が恐れた未来とは違った。誰か一人の正解を永遠に固定しない仕組みを、未完成のまま地上へ持ち帰る。


 ジュンは黒い箱を斬らなかった。


 セレスティアル・レコードを開き、管理権限を書き換える。


 最大レベル。寿命。種族。進化。天界だけが握っていた項目を、一つずつ地上へ返す。


『争いが起きる』


「止める」


『失敗する』


「やり直す」


『保証はない』


「知ってる」


 最後の命令を消した。


「間違える自由も、やり直す力も、俺たち自身のものだ」


 白い空へ色が戻る。


 太陽が動き、風が吹いた。世界中で、人々の最大レベルを示す数字が消えていく。


 管理者は小さな光となり、エルディスの手へ降りた。


「これからは?」


 エルディスが問う。


「一緒に考えてくれ。管理じゃなく、見守る方法を」


「理解には時間が必要だ」


「いくらでもある」


 戦いは終わった。


 八人が地上へ戻ると、昇星の街から歓声が上がる。ジュンは七人と並び、自分の足で門をくぐった。


 その直後、セレスティアル・レコードが震えた。


> 第一世界の制限解除を確認。

>

> 第二世界から救難信号を受信しました。


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