第33章「世界初期化」
昼と夜が消えた。
最初に異変へ気づいたのは子どもたちだった。
影が動かない。花が開いたまま閉じない。鳥は方角を失い、同じ場所を輪になって飛ぶ。
昇星の街では、人々が広場へ集まった。誰も声を荒らげない。七日間の危機を越えた直後で、恐怖する力さえ残っていなかった。
ジュンは城壁へ立ち、現状を隠さず話した。
「天界が世界を最初から作り直そうとしている。止める方法はまだ分からない」
「また七日あるのか?」
ベルグが尋ねる。
「分からない」
「勝てるのか?」
「保証はできない」
沈黙が落ちる。
ニナが手を上げた。
「じゃあ、今できることは?」
「街の火を絶やさないこと。隣にいる人を一人にしないこと」
それだけか、と笑う者はいなかった。
食堂は鍋を火へかけ、治療所は寝台を増やした。職人は道具を点検し、教師は子どもたちへいつもどおり文字を教えた。
終わりが近くても、暮らしを手放さない。
天界の記録に載らない抵抗が、街のあちこちで始まった。
昼には各地の代表が通信鏡へ集まった。
王国宰相、魔族の部族長、獣人の交易団、学園の教師、名もない村の水車番。身分も立場も違う者が、同じ大きさの鏡へ顔を映す。
「七人を差し出せば助かるという提案が来るかもしれない」
ジュンが告げると、王国宰相は目を伏せた。
「国だけを考えれば、受け入れろと言うべきでしょう」
「なら言うのか」
「言えません。王国はすでに一人を追放し、見えない働きを切り捨てて失敗した。同じ計算を世界規模で繰り返せば、何も学ばなかったことになる」
魔族の長は鼻を鳴らす。
「七人が善人かどうかは知らん。だが天の都合で明日は我々が八人目になる。差し出す順番を相談する会議には付き合わん」
水車番の老人は、震える手で帽子を取った。
「難しい話は分からねえ。ただ、疫病のときミレイア様が孫を診てくれた。今度は俺が、あの人を数字にしない側へ回る」
満場一致ではない。反対する町も、通信を切った国もあった。
それでいい、とジュンは思う。
全員が同じ答えを言わされる世界を拒むための戦いだ。違う意見を残したまま、それでも他者を消さない道を探す。
空が白一色になり、世界中の時計が止まる。人も風も動くが、天体だけが固定された。
セレスティアル・レコードの奥から、過去の映像が流れ出す。
最初の文明は、力を求めて滅びた。
二番目は、争いをなくすため感情を封じ、子どもが生まれなくなった。三番目は寿命を無限にし、新しい世代へ場所を渡せなくなった。四番目は管理者へすべてを任せ、自分で選ぶ言葉を失った。
どの世界にも善意があった。
痛みをなくしたい。死を避けたい。平和を守りたい。その願いが一つの答えへ固定されたとき、別の痛みを生んだ。
「天界だけが間違えたわけではない」
セフィラが映像を止める。
「地上も何度も間違えた。管理者の恐怖には理由がある」
「だから従うのか?」
「いいえ。理由が分かれば、壊す以外の答えを探せる」
九番目の文明には、セレスティアル・レコードへ似た本を持つ女性がいた。彼女は初期化を止める直前、自分一人へ権限を集めた。力に耐えきれず、世界ごと消えた。
「八人目を一人にするな」
佐伯冬真の警告が、ここでつながる。
世界を救う鍵はジュンの力ではない。力を一人へ集めないことだった。
空へ届く塔を作った文明。海底に都市を築いた種族。星を渡った翼人。どれも栄え、ある日一瞬で消えた。
「私たちの前にも、世界はあった」
ラミナが震える。
「一度ではない。九回」
セフィラが記録を読む。
「生命が管理上限を超えるたび、天界は文明を消し、記憶を戻し、世界を最初からやり直した」
「なぜ、そこまでして管理する」
エルディスが答えた。
「最初の世界は、成長した生命同士の戦争で砕けた。管理者は生き残った者から作られた。二度と世界を失わないため、限界を定めた」
「恐れているのか」
「そうだ。天界は神ではない。失敗を恐れ続ける、古い仕組みだ」
完全な悪ではない。
守ろうとして、変化を殺した。二度と間違えないために、選ぶ自由まで奪った。
「止める方法は?」
「管理中枢へ行き、権限を奪う」
「行き方は」
エルディスが第八ページを指す。
「八人目は地上と天界の両方に属する。彼が扉になる」
ジュンの八枚の翼が勝手に開いた。
空へ黒い道が伸びる。
七人も並ぶ。街の住民たちが力を送る。メルダ、ノルド、ベルグ、ニナ。かつての騎士たち。疫病の村。名も知らない遠方の人々。
皆の経験がレコードへ集まった。
天界へ踏み込む直前、本がジュンの前へ浮かぶ。
> 暫定所有者へ最終選択を提示します。
>
> 七人の堕天使を消去すれば、世界初期化を停止できます。
七人の名と、その横に『消去』の文字が現れた。




