表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七人の堕天使と世界消去の書  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/38

第32章「第八の堕天使」

白紙へ黒い翼が描かれた。


 七人のものとは違う。星、文字、雷、炎、生命、影、大地。すべての色を含んだ八枚の翼。


 中央へジュンの姿が現れる。


> 第八記録対象――八神ジュン。

>

> 種族――人間。

>

> 人間該当率――12%。

>

> 新規分類――堕天使。


「俺が、堕天使?」


「生まれつきではありません」


 アザリアがページに触れる。


「天界に逆らった者。天罰を受けても意志を曲げなかった者。私たちを救い、罪を分けた者」


「堕天使という分類は、種族ではなかったのね」


 セフィラが続ける。


「天界が管理できなくなった者へ貼る名前だった」


 ラミナの見た未来。八枚の翼を持つジュンは、七人を救った結果として生まれる。


 特別な血も、神の魂も関係ない。


 救う選択を続けたから、ここへ来た。


 ノクティアがジュンの影をのぞく。


「名前は戻ってる。でも、中身が薄い」


「地上へ帰るまで持つか?」


「皆で持たせる」


 ティアネがジュンの頭へしがみついた。


「家族だから」


 七人の手が触れるたび、記憶が固定される。


 アザリアの手から、初めて食べた焦げ肉の味が戻る。


 セフィラからは、学園地下で言い争った声。ラミナから、見えない一秒を迎えた震え。ガルネアから炉の熱、ミレイアから土と薬草の匂い、ノクティアから夢の中の約束、ティアネから半分にしたパンの甘さ。


 どれもジュン一人の記憶ではない。


 地上へ戻る途中、ジュンは自分の前世の住所を思い出せなくなった。


 駅の形は浮かぶ。雨の匂いもある。だが家までの道を曲がるたび、景色が白く抜ける。


「忘れたくない?」


 ノクティアが尋ねた。


「分からない。忘れたら楽になる気もする」


「楽にするために消すのは、天界と同じ」


 小さな手がジュンの指を握る。


「つらいまま持つか、誰かへ話して軽くするか、自分で決めて」


 ジュンは七人へ、前世の話を始めた。


 安い缶コーヒー。満員電車。雨の日に滑りやすかった横断歩道。残業帰りに寄った店。救った少年の顔は覚えていないこと。


 華やかな人生ではない。語るほどの冒険もなかった。


 それでも七人は途中で遮らず、知らない言葉を質問した。ティアネは電車を巨大な鉄の蛇だと理解し、乗りたいと騒いだ。


「いつか作るか」


「ガルネアが?」


「何で俺を見る。まあ、面白そうだけどよ」


 忘れていく故郷が、新しい約束へ形を変えた。


 ジュンがジュンである証拠は、失わない記憶の量ではない。失ったあとも、何を大切にしたかを聞いてくれる人がいることだった。


「人間ではなくなるのが怖い?」


 ラミナが尋ねる。


「怖い」


「私たちと同じになるのは?」


「それ自体は怖くない。俺が俺でなくなって、皆を傷つけるのが怖い」


 アザリアが正面へ立つ。


「そのときは止めます」


 セフィラが眼鏡を押し上げる。


「私が術式を解く」


 ラミナは左右で色の違う瞳を細めた。


「私が一秒前に知らせる」


 ガルネアが槌を肩へ担ぐ。


「俺が武器を壊す」


 ミレイアはジュンの胸へ手を当てた。


「私が心を治します」


 ノクティアが影から顔を出す。


「夢から引きずり出す」


 最後に、ティアネが両腕を広げた。


「ティアネがぎゅってする!」


 七人の答えに、ジュンは笑った。


 人間性とは、一人の中へ閉じ込めて守るものではないのかもしれない。誰かが自分らしさを覚え、見失ったときに返してくれる。


「頼りにしてる」


 第八の堕天使という名は、孤独な宣告ではなくなった。


 地上へ戻ると、消去の光は止まっていた。


 石になっていた巨人族も目を覚ました。


 千年ぶりの太陽に目を細め、足元の人々を踏まないよう身を縮める。ティアネはジュンの肩に座り、大声で一族へ紹介した。


「新しい家族!」


 巨人たちが一斉に膝をつく。大地が揺れた。


「やめてくれ。地面がまた割れる」


 緊張していた人々から笑いが起きる。


 笑えなかった者もいる。


 千年前の戦で家族を失った記憶を受け継ぐ集落の者たちは、巨人族を天災の名で語ってきた。目覚めたドルガの前へ、斧を持った男が進み出る。


「あんたらが歩けば、俺たちの家は潰れる」


「そのとおりだ」


 ドルガは言い訳をせず、斧の届く高さまで片膝をついた。


「ゆえに歩く場所を教えてほしい。知らずに壊したものは直す。知って壊したなら、裁きを受ける」


 男は斧を下ろさなかった。だが振り上げもしなかった。


「北の谷なら、人は住んでない。岩山が崩れて道も塞がってる」


「道を開けば、通ってよいか」


「まずは一本だ。話はそれからだ」


 和解ではない。最初の仕事が決まっただけだ。


 ジュンには、そのほうが信用できた。


 ニナがティアネへパンを持ってきた。


「半分こしよう」


「半分?」


 ティアネはパンとニナを交互に見た。食べ物を分けるという概念と、食欲が激しく戦っている。


「……ちいさいほう、あげる」


「ありがとう」


 ニナが笑うと、ティアネも笑った。


 七人目が加わった瞬間は、世界を揺るがす儀式ではなく、一つのパンを分ける時間になった。


 ジュンはそれがうれしかった。


 第八ページの意味が何であっても、この光景を間違いとは呼ばせない。


 大陸は残った。各地の固定杭から歓声が伝わる。


 レオンも生きていた。エルディスが最後に光をそらし、瀕死で救ったという。


「借りを作るつもりはなかった」


「私も、規定外行動を一度試しただけだ」


 エルディスはそう答えた。


 勝った。


 誰もがそう思った。


 空に、見たことのない文字が並ぶまでは。


> 七記録の開示を確認。

>

> 第八変異個体を確認。

>

> 現文明は管理可能域を超過しました。

>

> 世界初期化を開始します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ