第31章「第七の契約」
大陸の底には、上下がなかった。
岩の島が暗闇へ浮かび、その間を赤い光が流れている。ジュンたちはアザリアの重力に支えられ、最深部へ降りた。
ティアネは巨大だった。
彼女の周囲には、石になった巨人たちが立っていた。
剣を掲げる者。子どもを抱く者。祈る者。封印の瞬間、ティアネとともに大陸を支え、そのまま時間を止められた一族だ。
「生きているのか?」
ミレイアが石へ触れる。
「命の火は小さいですが、残っています」
ティアネの声が暗闇へ響く。
「みんなを、起こして」
「封印を解けば、一緒に起きる」
「前に来た人は、ティアネだけ起こすって言った。みんなは重いから置いていくって」
過去の天界使者だろう。
「だから、やだって言った。ティアネが重いの。みんなじゃない」
山ほどの少女が、さらに小さく身体を丸めた。
ジュンは石の巨人を一人ずつ見上げた。
「全員で帰る」
「ほんと?」
「重いなら、皆で持つ」
地上の固定杭から力が届く。人間、魔族、獣人。ティアネが知らない小さな命が、巨人族を置いていかないと答えていた。
大きな瞳から涙が落ち、岩の島を湖へ変えた。
「じゃあ、ジュンを信じる」
山ほどの少女が膝を抱え、背中で大陸を支えている。七本の柱が手足を貫き、空間へ固定していた。
「痛い」
声だけは幼い。
「ずっと、痛いよ」
ジュンは巨人の額へ降りた。
「遅くなった」
「だれ?」
「ジュンだ。迎えに来た」
「おなかすいた」
緊迫した空気が止まった。
「帰ったら何か作る」
「星の鍋はやめてください」
アザリアが真剣に付け加える。
固定杭の準備を整え、六人が位置についた。
問題は、石化した巨人族だった。
ティアネの封印を解けば時間が戻る。だが千年分の重圧を一度に受ければ、目覚めた瞬間に身体が崩れる。
ミレイアが一人ずつ生命の根を結び、ノクティアが眠った意識へ入った。巨人たちは同じ夢を見ている。天界軍との最後の戦いだ。
「夢を先へ進めないと、身体だけ起きても心が戦場に残る」
ノクティアの声が共有される。
ジュンは夢へ入った。
巨大な剣と白翼の軍勢が空を覆う。ティアネは一族の前へ立ち、幼い顔で泣きながら大地を支えていた。
「戦いは終わった!」
ジュンの声は砲撃に消える。
そこで七本の固定杭の力を夢へ流した。未来の職人、農民、子どもたちが刻んだ手形が空へ浮かぶ。
「千年後の地上が、皆を待ってる!」
巨人たちが武器を下ろす。
夢の空に夜明けが来た。
それでも一人だけ、剣を手放さない巨人がいた。
ティアネの兄、ドルガだった。夢の中では若い戦士のまま、白翼の軍勢が消えた空をにらんでいる。
「敵が姿を隠しただけかもしれない」
「千年隠れ続ける敵なら、今日は休んでもいいだろ」
「人間を信じろと言うのか。私たちを封じたのも人間に似た姿の者だった」
ジュンは言い返せなかった。自分が人間の代表だとも、地上の誰も裏切らないとも言えない。
「信じなくていい。起きて、自分の目で見てくれ」
「また敵だったら?」
「そのときは俺に文句を言え」
ドルガは長く黙り、剣先を地面へ下ろした。
「小さすぎて見失いそうだ」
「声は大きいから大丈夫だ」
夢の戦場に、初めて巨人の笑い声が響いた。
ノクティアが一人ずつ名前を呼び、ミレイアが生命を今へ引き戻す。
「これで全員帰れる」
ジュンは現実へ目を開き、最初の柱へ剣を向けた。
ジュンは一本目の柱へ《昇星》を振るう。切れた瞬間、大陸が傾いた。地上の固定杭から仲間たちの力が届き、傾きを戻す。
二本。三本。
柱を切るたび、ティアネの身体が小さくなる。最後の一本を切ると、手のひらほどの少女が落ちてきた。
ジュンが受け止める。
「軽いな」
「重いもん!」
少女が頬を膨らませた瞬間、封印の反動が来た。
ティアネの身体が再び膨張する。目から理性が消え、空間を固定する力が暴走した。
六人の身体が空中で止まる。呼吸さえ動かせない。
「ティアネ、聞こえるか!」
「みんな……いなくなる……」
彼女の記憶が流れる。巨人族の家族。天界軍から守った人々。戦いが終わるたび、守った者たちは老いて消えた。一人だけ残り続けた少女。
「いなくならない!」
ジュンは自分の時間を昇華させ、固定を破る。
アザリアが巨体を重力で包む。セフィラが暴走命令をほどく。ラミナが意識の戻る一瞬を探す。ガルネアが空間を打つ槌を作り、ミレイアが身体を保つ。ノクティアが夢へ潜り、孤独な少女を抱きしめた。
「家族になろう」
ジュンはティアネの額へ手を当てる。
「いなくなるのが怖いなら、一緒に生きよう」
「ほんと?」
「約束する」
七本目の天罰が流れ込む。
身体が岩になる。骨が巨大化し、意識が大地へ広がる。七人が力を分け、ジュンを人の形へつなぎ止めた。
> 第七契約を確認。
>
> 大陸固定権限を暫定所有者へ移譲。
ティアネは小さな姿へ戻り、ジュンの首へ抱きついた。
「ジュン、おなかすいた」
「帰ったらな」
大陸の揺れが止まる。
七人が揃った。
その瞬間、セレスティアル・レコードが轟音を立てた。
七枚のページの奥から、存在しなかったはずの一枚がせり上がる。
真っ白な第八ページだった。




