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七人の堕天使と世界消去の書  作者: 藤崎聖子


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第29章「大陸消滅まで七日」

一日目、街の鐘が鳴り続けた。


 鐘の数は、残りの日数を示した。


 七つ鳴ったあと、街の人々は仕事へ戻った。泣く者も、祈る者もいる。それでも工房の火は消えず、畑の水やりも止まらない。


「明日消えるかもしれないのに、種をまくの?」


 ティアネの絵を抱えたニナが農夫へ尋ねる。


「明日もあるつもりで動かなきゃ、本当に今日で終わっちまう」


 農夫は土へ種を落とした。


 ジュンはそのやり取りを遠くから見た。


 世界を救うのは、天界へ挑む力だけではない。明日が保証されなくても今日を投げない人々が、世界を世界のまま保っている。


 ノクティアは夜ごと各地の夢を渡り歩いた。


 王侯の夢では門前払いされ、農民の夢では温かい芋をもらった。魔族の子どもは堕天使を怖がらず、空の消去文字へ泥団子を投げた。


「夢の中じゃ役に立たないけど、気持ちは受け取った」


 帰ってきたノクティアは、ジュンの影へ小さな泥団子を置いた。


「何でできてる?」


「勇気。たぶん」


「なら大切にする」


 ジュンが懐へ入れると、ノクティアは照れ隠しに足を蹴った。


 逃げ場はない。海の向こうまで七日では行けず、天界の消去は船も追う。


 ジュンは各地へ協力を求めた。


 最初に返事をしたのは、疫病から救った村だった。次に学園のノルド。昇星の街から武器を買った魔族。解放された農奴。巨人族の末裔。騎士団の若い副官。


 王国と教会は沈黙した。


 二日目、ガルネアが七本の固定杭を鍛え始めた。街中の炉をつなぎ、炎を一つにする。


 だが、王国が炭の輸送を止めたため、昼を待たずに燃料が尽きかけた。協力する商人は反逆者として捕らえるという通告まで届く。


 夜明け前、北門へ荷車が並んだ。


 先頭は、かつてジュンたちが盗賊から救った商人だった。後ろには魔族の炭焼き、獣人の木こり、王国の命令へ背いた運送人が続く。


「代金は後でいい。世界が残ったら払ってくれ」


「残らなかったら?」


「取り立てる相手もいない」


 商人は笑った。


 職人区では人手も足りない。ガルネアの槌へ合わせ、老人も子どもも送風器を踏んだ。ニナは鉄塊を軽くし、巨人族の末裔は炉壁を支えた。


 一本目の杭が完成すると、皆で触れた。表面へ数百の手形が浮かぶ。


「誰が作った杭と記録する?」


 セフィラが尋ねる。


「全員だ」


 ガルネアは迷わなかった。英雄一人の名ではなく、関わった者すべての名が杭の内側へ刻まれた。


 三日目、セフィラが大陸規模の術式を書いた。紙では足りず、道と川を文字として使う。


 同じ日、避難経路の試験で西地区が混乱した。巨人族の末裔たちが、ティアネのもとへ残ると言い出したのだ。


「祖先を一人で支えさせた。今度は我々が隣で死ぬ」


 ジュンは先頭の女性へ首を振った。


「死ぬために集めたんじゃない」


「名誉を奪うのか」


「生きて謝るほうが長い。ティアネが起きたら、千年分の話を聞いてやってくれ」


 女性は怒り、泣き、最後には避難誘導の責任者を引き受けた。


 四日目、ミレイアの根が各地へ届いた。枯れた森が芽吹き、地面の亀裂を縫う。


 正午、固定杭の一本が試験中に割れた。ガルネアは破片で頬を切りながら原因を探す。王国産の鉄へ不純物が混じっていた。


 妨害を疑う声が上がったが、調べると、戦争続きで鉱山の精錬設備が壊れ、品質が落ちていただけだった。


「敵の仕業にしたほうが楽だったな」


 ガルネアは傷を拭う。


「世界は、悪党を殴れば直るほど親切じゃねえ」


 彼女は不純物を除くのではなく、別の金属を混ぜて粘りへ変えた。


 五日目、アザリアは眠らず星を動かした。大陸へかかる重力を均等にするため、夜空の配置まで変える。


 各地からは『協力できない』という返事が届き始めた。病人が多い。食料がない。隣国の侵攻が怖い。理由はどれも切実だった。


 ジュンは責める文を書かなかった。


『生き延びてください。余力が一滴でもあれば、七日目に空へ向けてください』


 六日目、ラミナが倒れた。


 何百万通りもの崩壊を見続け、左右の瞳から血が流れている。


「もう見るな」


「見なければ、一番いい場所が分からない」


「未来より今のお前が大事だ」


 ジュンが目を覆う。ラミナは抵抗したが、やがて力を抜いた。


「最後の一本は、見ずに決める」


「怖くないか」


「怖い。でも、あなたがいる」


 その夜、返事のなかった村々から小さな光が上がった。


 一滴ずつでは杭を動かせない。それでも、誰も無関係ではないという合図になった。


 七日目。


 昇星の街では、いつもより早く朝食の鐘が鳴った。


 最後になるかもしれない食卓に、豪華な料理はなかった。固いパンと豆の汁、冬越し用の塩漬け肉。それでも皆が長椅子を詰め、知らない者同士で皿を回した。


 遺書を書く者もいた。喧嘩したままの家族へ短い手紙を出す者もいた。


 だが、子どもたちは街道脇へ果樹の種を植えていた。


「今日、世界が消えるかもしれないぞ」


 穴を掘る少年へ兵士が言うと、少年は土まみれの顔を上げた。


「消えなかったら、春に植えるの忘れるだろ」


 兵士も黙って隣へしゃがんだ。


 工房では来月分の注文票が壁に残り、畑では水路の修理当番が決められた。人々は終わりを無視したのではない。怖がりながら、その先の予定を捨てなかった。


 出発するジュンへ、宿屋の女将が包みを押しつけた。


「帰ったら代金を払っとくれ」


「先払いじゃなくていいのか」


「帰ってくる理由を減らすんじゃないよ」


 包みには八人分の昼食が入っていた。


 大陸中央の大穴へ、各地から集まった者たちが立った。


 七本の固定杭を囲み、数千人が魔力を送る。強い者だけではない。農民も子どもも、できる分を差し出す。


 《無限昇華》がすべてをつないだ。


 そのとき、東から王国軍が現れた。


 先頭にいるのはレオンだった。


 聖剣を失い、粗末な鉄剣を差している。背後には五千の兵。


「王は何を命じた」


 ジュンが問う。


「お前を殺し、レコードを奪えと」


「この状況でもか」


「大陸が消えるのは、お前が堕天使を解放したせいだ」


 兵たちが武器を構える。


 ジュン側も身構えた。


 レオンは鉄剣を抜き、振り上げる。


「全軍――王国の旗を捨てろ」


 背後で青獅子の旗が一斉に倒れた。


「今日だけは、お前の指揮に入る。民を避難させる道を示せ」


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