表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七人の堕天使と世界消去の書  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/38

第27章「消えていく八神ジュン」

「誰に食べられた」


 アザリアが少女へ重力を向ける。


「あなたたちに」


 少女は平然と答えた。


「契約で流れ込んだ記憶が、彼の記憶へ根を張ってる。五人の人生は五千年分。二度の人生を合わせた五十年近い記憶だって、とっくに埋もれ始めてる」


 ジュンは反論しようとした。


 前世の母親の顔を思い出せない。


 名前も声も、家で食べた料理も。


「いつから気づいていたの?」


 ミレイアの声が震える。


「ニナの名前が出なかった日から」


「なぜ黙っていた!」


 ガルネアが胸ぐらをつかむ。


「心配させたくなかった」


「それが一人で決めないって誓った奴の台詞か!」


 言い返せない。


 黒髪の少女が寝台から下りた。


 足が床へ触れた途端、影の鎖が短くなる。ノクティアは顔をしかめたが、声を上げなかった。


「ここから三歩しか歩けない。四歩目で、千年前の最初へ戻される」


 彼女は一歩、二歩と近づく。三歩目でジュンの前へ立った。


「何度も試した。走っても、影へ潜っても、ほかの人の夢を通っても駄目。だから諦めたふりをした」


「ふり?」


「本当に諦めたら、待てないから」


 ノクティアがジュンの胸へ指を当てる。


 空白の奥に、わずかな夢の欠片が浮かんだ。


 昇星の街の朝。食堂の卓。七つの椅子。まだ座っていない二人のために空けた場所。


「あなた、自分の夢はないのに、私たちの席は用意してたんだ」


「皆で帰る場所が欲しかった」


「それを夢って言うんじゃない?」


 ジュンは答えられなかった。


 自分のために望むことへ、慣れていなかった。


「なら、追加する」


 ノクティアの頭へ手を置く。


「その席へ君も座ってくれ」


 少女の影が震えた。


「私はノクティア。夢と精神の番人。契約すれば侵食を遅らせられる。でも六人目の記憶も入る。治療と毒が同じなの」


「契約せずに力だけ借りる方法は?」


 セフィラが問う。


「ない。天界はそう作った。私たちが一人で自由になれないように」


「なら契約する」


「ジュン!」


 アザリアが鋭く名を呼んだ。


「聞いてくれ」


 五人を見た。


「今度は勝手に決めない。ノクティアをここへ残せば、彼女は永遠に目覚めない。俺の侵食も進む。契約して時間を作り、全員で別の方法を探したい」


 沈黙のあと、アザリアがうなずく。


「条件があります。痛みも記憶も共有すること」


「分かった」


「忘れたくないものを、私たちにも預けて」


 ラミナが手を出す。


 ジュンは雨の日の横断歩道を思い出した。救った少年。孤児院の匂い。初めて買った剣。青い石。廃村へ最初の火がともった夜。


 記憶を一つずつ、五人へ渡した。


 渡すたび、受け取った者の胸に小さな光が灯った。


 アザリアには孤児院の夜を預けた。空腹の子どもへパンを分け、院長に叱られた記憶。


「昔から同じことをしていたのですね」


「成長してないみたいに言うな」


「成長していません」


 セフィラには、初めて文字を覚えた日。ラミナには、未来を知らずに会社を辞めようか迷った夜。ガルネアには、不器用に磨いた青い石。ミレイアには、誰かに作ってもらった温かい食事の味。


 ノクティアには、まだ言葉にできない願いを渡した。


「中身が見えない」


「俺にも分からない」


「じゃあ、私が見つける」


 黒い影が願いを包む。


 記憶は複製されても薄くならなかった。誰かへ話すことで輪郭が戻り、自分のものだと確かめられる。


 ノクティアは初めて、夢を盗むのではなく預かった。


「返してほしいときは?」


「名前を呼んで」


「忘れていたら?」


「私たちが呼ぶ」


 その約束が、消えていく名前をつなぎ止めた。


 ノクティアが目を丸くする。


「変な契約者。普通は力だけ欲しがるのに」


「君も仲間になるなら、記憶を預かってくれ」


「私、他人の夢を盗み見る悪い子だよ?」


「寂しいなら、勝手に来てもいい」


 ノクティアは顔をそらした。


「そういうの、ずるい」


 影の鎖が切れる。


> 第六封印を解除しました。

>

> 天罰《永劫悪夢》を継承します。


 闇がジュンへ押し寄せる。六人の恐怖と孤独が胸へ入る。


 今度は一人で受けなかった。


 六人が手をつなぎ、痛みを分ける。


> 第六契約を確認。

>

> スキル《精神共有》を獲得しました。


 夢の牢獄が崩れ、全員が会議室へ戻った。


 ノクティアは小さな身体でジュンの背へ乗り、耳元で囁く。


「今夜から夢の見張りは私。秘密も全部見るから」


「加減してくれ」


「嫌」


 アザリアが彼女を引きはがし、セフィラが侵食を測る。


 その夜、ノクティアは与えられた部屋の寝台に座り、朝まで目を閉じなかった。


「眠りの堕天使が、不眠か」


 戸口に立ったジュンへ、彼女は枕を投げた。


「眠れば夢を見る。夢を見れば、また誰かの中へ入ってしまうかもしれない」


「扉の外にいるよ」


「一晩中?」


「交代でな」


 廊下には、すでに毛布を持った五人がいた。ガルネアは壁へ背を預け、ラミナは湯気の立つ茶を二つ抱えている。ミレイアは眠り草を持ってきたが、セフィラに効きすぎると止められていた。


「監視?」


「同伴」アザリアが答えた。「あなたが誰かの夢へ落ちたら、全員で引き上げる」


 ノクティアは何度も疑うように皆を見た。やがて寝台へ潜り、頭まで毛布をかぶる。


「……名前を呼んで」


「ノクティア」


 六つの声が、少しずつ違う調子で重なった。


 彼女は初めて、自分の意思で眠った。


 代わりに翌朝から、昇星の街には妙な習慣ができた。ジュンと顔を合わせた者は名前を呼び、昨日の彼について一つ話す。


「ジュン、昨日は井戸の縄を直した」


「ジュン兄、俺の干し肉を勝手に食べた」


「それはガルネアだ」


「ばらすな」


 人格侵食で記憶が削られても、街中に同じ名前と別々の記憶が残る。セフィラの帳面だけではない。子どもの落書き、鍛冶場の注文票、食堂の未払い札にまで、ジュンの名が増えていった。


 人は一人の頭の中だけで生きているのではない。


 ノクティアは壁に増える文字を指でなぞり、誰にも聞こえない声で言った。


「これなら、消すほうが難しいね」


「人間該当率、三十一%。低下は止まっていない」


 セレスティアル・レコードが勝手に開いた。


 所有者欄にあった『八神ジュン』の文字が薄くなる。


 八が消えた。


 次に、神が消えた。


 残った『ジュン』の最初の一文字へ、黒い染みが広がり始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ