第26章「夢の牢獄」
扉へ入った六人は、別々の夢へ落ちた。
ジュンが最初に見たのは、星のない空だった。
アザリアが鎖につながれ、眼下で町が燃えている。人々が彼女を指さし、悪魔と叫ぶ。
「これは過去だ」
「分かっています」
夢の中のアザリアは、いつもの無表情ではなかった。耳を塞ぎ、膝を抱えている。
「私が教えなければ、死ななかった」
「空を見上げた人たちは、後悔していたか?」
燃える町で、一人の少女が星図を抱いていた。炎の中でも空を見上げ、笑っている。
『教えてくれてありがとう』
夢が砕けた。
次はセフィラの書庫だった。
棚から文字が消え、人々が本を燃やしている。セフィラは必死に書き直すが、指先から言葉を忘れていく。
「知識が残らないなら、私に価値はない」
「俺への気持ちは、まだ説明できないんだろ」
「こんなときに?」
「知らないものが一つ残った」
セフィラは泣きながら笑った。白紙の本に『ジュン』と書き、夢を破る。
ラミナの夢では、未来がすべて消えていた。
「何を選べばいいか分からない」
「失敗したら一緒にやり直す」
「あなたは簡単に言う」
「もう一回言おうか」
「必要ない」
彼女は自分で道を選び、闇を抜けた。
ガルネアは燃える戦場にいた。自分が作った武器が人を殺すたび、両手へ傷が増える。
ジュンは新しい黒剣を差し出した。
「これは誰を殺す?」
「誰かを守る俺が使う」
「間違ったら?」
「お前が壊せ」
ガルネアが剣をつかむと、炎は炉の火へ変わった。
ミレイアの夢には、疫病の村人が並んでいた。救う相手を一人選べと天界が迫る。
彼女は自分を選ばなかった。
「また後回しにするのか」
「あなたにだけは言われたくありません」
「一緒に直そう」
二人で手を取り、生命の光を全員へ分けた。
五つの夢を抜けると、円形の部屋に出た。
六人は疲れ切っていた。
身体の傷はない。それでも過去の痛みをもう一度生きたことで、足取りが重い。
ジュンは水筒を回した。夢の中なのに水は冷たく、喉を通る感覚もある。
「誰の夢が一番怖かった?」
ガルネアが聞く。
「比べるものじゃない」
「優等生の答えね」
セフィラが水筒を受け取る。
「私はアザリアの夢が怖かった。知識も反論も役に立たないまま、町が焼かれたから」
「私はミレイアです」
アザリアが言う。
「救う相手を選ばされることは、私にも耐えられません」
ラミナは全員の顔を見た。
「一人で見ていたとき、恐怖は変えられない未来だった。でも皆で見ると、違う入り口があった」
ガルネアの夢では武器を壊す役目が生まれ、ミレイアの夢では力を分けた。過去は変わらなくても、受け止め方は一つではない。
最後に、ジュンの夢へ続くはずの扉が開いた。
だが、そこにあったのはノクティアが表層の記憶から組み上げた、薄い舞台だった。
そこには戦場も怪物もいなかった。
昇星の街の食堂で、皆が楽しそうに食事をしている。アザリアも、セフィラも、ラミナも、ガルネアも、ミレイアもいる。
ただし、ジュンの席だけがない。
「平和になったんだ」
夢のジュンは戸口から笑っていた。
「俺がいなくても、皆は大丈夫だ」
誰も彼に気づかない。声をかけても届かない。ジュンは安心した顔で、少しずつ透明になっていく。
アザリアが最初に頬を打った。
「何をする」
「最悪の夢です」
「皆が無事なのに?」
「あなたが自分の消滅を幸福な結末へ混ぜている」
セフィラは食堂の床へ文字を書き、ジュンの席を作った。ガルネアが乱暴に椅子を置き、ミレイアが空の皿へ料理を盛る。
「誰かが必要としなくなったら、いなくなっていいと思ってる?」
ラミナの問いへ、ジュンは答えられない。
役に立たなければ捨てられる。勇者一行で覚えた痛みが、まだ心の底に残っていた。救うことへ執着した理由の一部は、救っている間だけ自分に価値があると思えるからだ。
「私は元気になっても、あなたと食べたいです」
ミレイアが椅子を引く。
「守らなくていい日も、ここにいろ」
ガルネアがジュンを座らせた。
五人が名前を呼ぶ。透明だった指へ色が戻り、食堂のざわめきが届いた。
ジュンの夢が砕ける直前、誰もいないはずの厨房で黒い影が泣いていた。
ノクティアだった。
自分が閉じ込めた夢の中で、彼女だけがジュンの孤独を最初から見ていた。
薄い舞台がほどけ、六人は円形の部屋へ戻った。
「夢を共有するって、悪いことばかりじゃないな」
ジュンの言葉へ、厨房にいたノクティアの影がわずかに揺れた。
彼女はその会話を聞いていた。
中央の寝台へ、小柄な黒髪の少女が座っている。赤い瞳。黒い翼。足元の影だけが無数の鎖につながれていた。
少女は退屈そうに足を揺らしながら、五人の夢を小さな球にして並べていた。
「アザリアのは千回見ても重い。セフィラのは途中から本の話ばっかり。ラミナの夢は結末が同じで飽きる。ガルネアはうるさい。ミレイアは自分を大事にしなさすぎ」
「勝手に何度も見たのか」
「ほかにすることがないもの」
ノクティアは笑う。だが、夢の球へ触れる指は優しかった。
「夢を食べれば、皆のことが分かる。起きている気分になれる。今日は誰かと喧嘩して、明日は誰かを好きになる。借り物でも、何もないよりまし」
寝台の周りには、六つ目の球を置く空間があった。
彼女はずっと、まだ会っていない誰かの夢を待っていたのだ。
「眠るのが怖いのか?」
ジュンが聞くと、ノクティアの足が止まった。
「私はずっと眠ってる」
「深く眠れば、夢も見なくなる」
赤い瞳がジュンを睨む。
「分かったようなこと言わないで」
「分からない。だから聞いた」
ノクティアは返事をせず、視線をそらした。
強がりの奥にいるのは、目覚めを待ち続けた寂しい少女だった。
「六人で入ったはずなのに、五つしか夢がなかった」
少女はジュンを見て笑う。
「私の夢は?」
「ここ全部が私の夢。千年、起きられない夢を見てる」
「違う。ジュンの夢よ」
セフィラが周囲を見回す。
「私たちは全員、自分の牢獄を見た。でも彼だけはない」
「さっきの食堂は、ジュンの夢ではないの?」
ミレイアが尋ねる。
「表面に残っていた記憶を、私が並べただけ。扉の奥へ入ろうとしたら、何もなかった」
少女の笑みが消えた。
「ないんじゃない」
赤い瞳が細くなる。
「もう、食べられて空っぽなの」




