第22章「天界からの処刑命令」
雲の上から白い階段が降りてきた。
村人たちは治ったばかりの身体で身を寄せ合う。額の紋章が脈打つたび、空の光が強くなった。
階段を下りてきたのは、四枚の白翼を持つ男だった。
金の仮面。白い鎧。手には一切の飾りがない細剣。人の形をしていても、生きている気配が薄い。
「地上管理官エルディス」
セフィラが低く言う。
「知り合いか?」
「私たちの判決文を読んだ男よ」
エルディスは地上へ降りず、空中からジュンを見下ろした。
その距離は、単なる警戒ではなかった。
白い靴は地面へ触れず、視線も村人と合わない。土の匂いも、泣く赤子の声も、自分とは関係のない現象として処理している。
「お前は地上へ降りたことがあるのか」
「任務上、必要ない」
「人に触れたことは?」
「個体情報は接触せず取得できる」
ジュンは黒斑病から回復した兄妹を見た。妹は兄の服をつかみ、白翼の男を怯えた目で見ている。
「情報じゃない。手の温度を知ってるかと聞いてる」
エルディスは沈黙した。
セフィラが小声で言う。
「管理官は生まれたときから天界にいる。彼らにとって地上は数字の流れよ」
「なら、なおさら決めさせられない」
暮らしを知らない者が、暮らす価値を測る。痛みを知らない者が、必要な犠牲と名づける。
ジュンが戦う理由は、天界を憎んだからではない。
目の前の一人を見ない判断へ、従えないだけだった。
「暫定所有者、八神ジュン。違反記録対象を五体、ただちに引き渡せ」
「断る」
「質問は許可していない」
「俺も許可を求めてない」
ガルネアが笑い、ミレイアは困ったように眉を下げた。
管理官が細剣を村へ向ける。
「引き渡さない場合、この集落と周辺生命を消去する」
「治した人間まで殺すのか」
「修正を受けた生命は再発の可能性を持つ。安定のため必要な処置だ」
ジュンは村人の前へ立った。
「生きたいと願うことの、どこが不安定だ」
「個体の願いは世界より軽い」
「その世界は、誰のためにある?」
エルディスは答えず、剣を振った。
村人の額から白い光が噴き出す。命そのものが吸い上げられた。
ミレイアが両腕を広げ、生命をつなぐ。ジュンも《無限昇華》を通じて全員へ力を分けた。
「標識を消せるか!」
「命令文は天界側にあるわ!」
セフィラが叫ぶ。
「なら、つながりを逆に使う」
ジュンは額の紋章へ触れた。
村人から天界へ向かう流れを反転させる。吸われた生命が戻り、さらに天界側の魔力まで流れ込んだ。
白い階段に亀裂が走る。
「規定外干渉」
初めて管理官の声が揺れた。
アザリアが階段の重力を百倍にする。ガルネアが根元を槌で砕き、ラミナの雷が亀裂を走る。セフィラが『上昇』を『落下』へ書き換えた。
白い階段が空へ落ちていく。
階段の崩壊に巻き込まれ、エルディスの左翼が裂けた。
天界へ帰れば修復されるはずだ。だが、帰還命令は届かない。処刑に失敗した管理官もまた、修正対象へ分類された。
「お前まで捨てるのか」
「任務に失敗した部品は交換される」
「部品じゃない」
ジュンは落ちるエルディスの腕をつかんだ。
アザリアが傷ついた翼を重力で支え、ミレイアが光を当てる。天界種の身体は地上の治癒を拒んだが、セフィラが種族制限を一時的に書き換えた。
「なぜ助ける。私はお前たちを消そうとした」
「今、目の前で落ちてたからだ」
「非合理的だ」
「よく言われる」
エルディスは治療された翼を見つめた。
命令に従っても捨てられ、敵と定義した者に救われた。彼の中で、千年動かなかった規則へ最初の亀裂が入る。
消える直前に見せた恐怖は、ジュンの種族表示だけへ向けたものではない。
自分も天界から外れ始めたことへ、初めて気づいた恐怖だった。
エルディスは翼を広げ、細剣から無数の光を放った。
ジュンはガルネアが作った仮の黒剣で受ける。光は刃を滑り、誰もいない畑へ逸れた。
「人を記録の数字として見るから、負ける」
剣を振る。
《星断》が管理官の仮面だけを割った。
現れた顔は若い。だが瞳の奥には何千年分もの疲れがあった。
「なぜ抵抗する。管理がなければ、世界は滅びる」
「管理と支配は違う」
「同じだ」
「なら、違う方法を見せる」
ジュンは剣を下ろした。
「今日は帰れ。次は話を聞く準備をしてこい」
エルディスは五人の堕天使を見た。誰もジュンの後ろへ隠れていない。対等に並んでいる。
彼の記録には、主従以外の関係がなかった。
強者が弱者を守る。所有者が契約対象を使う。命令する者と従う者。天界はあらゆるつながりを上下へ整理してきた。
「彼は、お前たちを所有していないのか」
「所有されたことはありません」
アザリアが答える。
「契約には所有者と表示される」
「本がそう呼ぶだけです」
「なら、なぜ命を懸ける」
ガルネアが笑った。
「自分で決めたからだよ」
ミレイアは処刑標識の消えた村人を背にする。
「あなたも、自分で決めたことがありますか」
エルディスは答えられなかった。
生まれてから一度も、命令の外を選んだことがない。
ジュンが剣を収めたのは、その空白を見たからだった。
「次に来るときは、管理官としてじゃなく、お前の考えを持ってこい」
「私自身の考え」
「分からないなら、今から探せる」
規定外の言葉は、攻撃より深くエルディスへ残った。
「理解不能だ」
「俺もこの世界へ来たときは、分からないことばかりだった」
管理官の身体が光へ変わる。
「処刑命令は撤回されない。次は集落ではなく、お前を消す」
消える直前、彼の目に銀の文字が浮かんだ。ジュンの情報を読み取っている。
その顔から血の気が引いた。
「なぜ人間の欄が、半分消えている……?」




