第21章「第五の封印」
街へ戻る前に、南の村から救援が届いた。
黒斑病。皮膚へ天界の紋章に似た黒い斑点が浮かび、三日で命を奪う疫病だ。教会は村を封鎖し、患者ごと焼く準備をしていた。
セレスティアル・レコードの五枚目が反応する。
> 第五堕天使ミレイア。
>
> 封印維持のため、周辺生命力を回収中。
「病気ではないわ」
セフィラが顔をしかめる。
「封印が村人の命を吸っている」
五人は南へ急いだ。
道中、ミレイアの声が断片的に届いた。
『来ないでください』
ラミナと同じ拒絶でも、響きは違った。怯えているのではない。自分を助ける者まで病に巻き込みたくないのだ。
『私は封印の核です。私が耐えれば、村の外へは広がりません』
「村の中はどうなる」
ジュンが本へ問う。
返事はなかった。
「答えられないほど優しい人みたいね」
セフィラがページへ触れる。
南の村へ近づくにつれ、街道に捨てられた荷車が増えた。教会が封鎖を始める前に逃げようとした人々のものだ。車輪は外され、食料は奪われている。
道端の小屋で、老夫婦を見つけた。
夫の身体には黒斑が広がり、妻が濡れ布で額を冷やしている。
「村へ戻れば死ぬ。外へ出れば病を広げる。だからここにいるんです」
妻は静かに言った。
ミレイアの《生命》が、封印越しに二人をかろうじて支えていた。自分も苦しみながら、届く範囲の命を守り続けている。
ジュンは夫の黒斑を一部引き受けた。
「必ず迎えに戻る」
「あなたまで病になります」
「一人じゃない」
背後に四人がいる。
その言葉はもう、無茶を正当化するためではなかった。役割と痛みを分けるという、仲間への信頼だった。
村の周囲には油が撒かれ、教会騎士が火を持っていた。白い仮面の司祭が宣言する。
「これは天罰である。穢れを炎で清めよ」
「待て!」
ジュンは騎士の前へ降り立った。
「治せる病だ」
「異端者の言葉を聞くな。火を放て」
ガルネアが指を鳴らす。松明の炎がすべて消えた。
「火をそんなことに使うんじゃねえ」
アザリアが騎士を重力で座らせ、セフィラが命令書を封じる。ラミナは司祭が逃げる未来を見て、先に出口へ立った。
ジュンは村へ入った。
家々から呻き声が聞こえる。井戸のそばに幼い兄妹が倒れていた。ジュンが抱き上げると、黒い紋章が腕へ移ろうとする。
「俺へ来い」
《無限昇華》で苦痛を引き受ける。
兄妹の呼吸が戻った代わりに、ジュンの首へ黒斑が広がった。
「一人ずつでは間に合いません」
アザリアが苦しげに言う。
「封印を先に解く」
村の地下、枯れた大樹の根元に白い棺があった。
棺の中で、緑がかった金髪の女性が眠っている。彼女の身体から伸びた根が、村人全員の胸へつながっていた。
「私を起こさないで」
ミレイアは目を閉じたまま言った。
「封印を解けば、吸い取った病が一度に戻ります。この村は死ぬ」
「どこへ戻る?」
「私へ。私は自分自身を治せません」
「なら俺にも分けろ」
「あなたも死にます」
「五人いる」
アザリアたちが並ぶ。
「六人です」
ミレイアが初めて目を開いた。
ジュンは棺へ手を置く。
「一人で背負う必要はない」
封印を解除した。
黒い病が根を逆流する。ミレイアの身体が痙攣し、ジュンの視界も黒く染まった。アザリアが病を重力で一か所へ集め、セフィラが構造を解析する。ラミナが危険な流れを予測し、ガルネアの炎が病だけを焼く。
ミレイアは最後に残った毒を、自分の命ごと消そうとした。
ジュンがその手をつかむ。
「自分を治せないなら、俺が治す」
「あなたは、どうして自分を後回しにするのですか」
「今は説教より治療だ」
「後で必ず説教します」
柔らかな緑の光が村を包んだ。
光は病だけでなく、長く放置された畑へ染み込んだ。
土の中で眠っていた種が芽を出す。枯れた果樹へ花が咲き、井戸の濁りが澄んだ。
ミレイアは驚いたように自分の手を見る。
「昔は、傷を治すことしか考えていませんでした」
「今は?」
「傷つきにくい暮らしを作りたい」
薬が必要になる前に栄養のある食事を作る。病が広がる前に清潔な水を確保する。治癒の力を、倒れた後だけでなく日々へ使う。
村の農夫と土を調べ、輪作の順番を決めた。薬草と麦を同じ畑で育てる方法も教える。
ジュンは彼女が子どもへ種を渡す姿を見た。
強い治癒魔法より、来年の収穫を増やす知識のほうが多くの命を救うこともある。
「昇星の街にも畑がありますか」
「まだ痩せてる」
「では、仕事がたくさんありますね」
ミレイアは嬉しそうだった。
彼女もまた、封印前の罪へ戻るのではなく、その先に新しい役割を見つけ始めていた。
枯れていた草が芽吹く。病人の斑点が消え、荒い息が穏やかになる。
> 第五契約を確認。
>
> スキル《生命循環》を獲得しました。
ミレイアは棺から起き上がり、ジュンの黒斑を両手で包んだ。自分には使えない治癒が、契約を通じてジュンへ流れる。
「無茶をしましたね」
「助かったからいい」
「よくありません」
笑顔のまま、声だけが怖かった。
村人が回復した直後、全員の額へ白い紋章が浮かんだ。
喜びの声が、一瞬で恐怖へ変わる。
教会から捨てられた人々は、その印を知っていた。処刑される異端者へつけられる標識だ。
「せっかく助かったのに」
老夫婦の妻が夫の額を覆う。
ミレイアは村人一人ずつへ触れた。熱も病もない。命は戻っている。それでも天界は、救われた事実そのものを違反とした。
「昔も同じでした」
彼女の穏やかな声に怒りが混じる。
「疫病を治した村へ、天界は印をつけた。私は従えば助命すると言われました」
「従わなかった」
「命に、治してよいものと悪いものはありません」
その結果、自分は封印され、村は歴史から消された。
ジュンは村人たちへ呼びかけた。
「印がある者は全員、昇星の街へ来てほしい。家を離れたくない者には守備を残す」
「また、あなたへ迷惑を」
「一人増えて迷惑になる街なら、最初から作ってない」
ベルグへ連絡を送り、住居と食料を手配する。救うとは病を消す一瞬だけではない。その後の暮らしまで続く。
ミレイアはジュンの横顔を見て、初めて安心したように微笑んだ。
「あなたの街を見てみたいです」
「一緒に帰ろう」
その約束へ、天界の処刑命令が割り込んだ。
セフィラの顔色が変わる。
「治癒の印ではないわ」
空に巨大な文字が開いた。
> 世界修正対象を確認。
>
> 処刑標識を付与しました。




