第19章「聖剣の代償」
「ただの安物だぞ」
「呪いは、最初に持っていた安物へ仕込まれていた。刃が折れたあと、お前の手を伝ってこいつへ移ったんだ」
ガルネアは割った剣を炉へ投げた。黒い液が火の中で悲鳴を上げる。
「天界式の寄生術だ。持ち主が成長するたび、魂を少しずつ吸って刃を強くする。お前がレベル一のままだった頃は眠っていた。急に育って目を覚ましたんだろう」
「市場へ流れる量産剣の一部に、成長限界を超えた者を処理する術が混ぜてある。普通の持ち主なら一生眠ったままだ。上限のないお前だけが引っかかった」
「どれだけ吸われた?」
「十年分の寿命。普通ならな」
「普通なら?」
「今のお前は普通じゃねえ。失った分まで経験に変えて再生してる」
安心するジュンの頭を、ガルネアが拳で殴った。
「安心すんな! 耐えられるから傷ついていいわけじゃねえ!」
「全員、同じことを言うな」
「お前が何度も同じことをするからだ!」
工房の外で三人がうなずいていた。
ガルネアは新しい剣を作ると宣言した。必要なのは、星銀、雷晶、文字を記憶する黒鋼。そして核にする、持ち主自身が選んだ素材。
「最初の三つは魔境にある。最後は自分で探せ」
五人で北の魔境へ向かった。
ガルネアは旅の間も、ジュンへ剣を持たせなかった。
「呪いが抜けるまで素手でいろ」
「魔物が出たら?」
「殴れ」
「乱暴だな」
「お前にだけは言われたくねえ」
湿地で毒蛙の群れに囲まれたとき、本当に殴ることになった。
蛙が吐く毒液をアザリアが浮かせ、セフィラが成分を読む。ガルネアは倒した魔物の甲殻から即席の籠手を作った。
「三分しか持たねえ。十分だろ」
ジュンは籠手で毒液を受け、そのまま蛙の喉へ拳を入れる。倒すたび耐性が上がり、最後には毒液を浴びても皮膚が赤くなるだけだった。
「便利な身体だな」
「羨ましいか?」
「全然。加減を覚えねえ奴へ頑丈さを与えたら、もっと無茶するだけだ」
野営ではガルネアが料理を担当した。
味は濃いが食べられる。アザリアは鍋をのぞき込み、真剣に手順を覚えようとした。
「最初に星を入れますか」
「入れねえ」
「最後ですか」
「どこにも入れねえ!」
笑いの絶えない旅だった。
だからこそジュンは、目的を忘れずにいられた。新しい武器は強さを誇るためではない。この騒がしい時間を守るために作る。
黒竜が住む谷を避け、毒霧の湿地を越える。アザリアが星銀を見つけ、ラミナが雷晶の位置を予測し、セフィラが古い採掘場の封印を解いた。
黒鋼を守っていたのは、剣を食う百足だった。
無数の刃を背に生やし、過去に王国の騎士団を三隊壊滅させている。
「武器を出すな!」
ガルネアが叫ぶ。
百足が背中の刃を射出する。ジュンは重力で束ね、セフィラが一本の巨大な文字へ変えた。
『返却』
刃が逆転し、甲殻へ突き刺さる。アザリアが傷口へ重力を集中させ、ラミナの雷が内部を焼いた。
最後にジュンが素手で黒鋼の核を引き抜く。
百足は崩れ、武器の山へ戻った。
「武器がないほうが強いじゃねえか」
ガルネアが呆れる。
「だからこそ剣が欲しい。守れる距離が増える」
「その答え、嫌いじゃねえ」
素材を集め終えた夜、ジュンは核にするものを決めた。
鍛造は三日三晩続いた。
ガルネアは炉の前から一歩も離れず、星銀を溶かす温度へ炎を保つ。アザリアが金属の密度を均一にし、セフィラが刀身へ記憶の術式を書く。ラミナは槌を打つ最善の瞬間だけを告げた。
「今。次は二呼吸後」
槌の音が夜の街へ響く。
住民たちは交代で炉へ魔力を送った。農夫の土魔法。大工の風魔法。ニナの小さな重力。強さも属性も違う光が、黒鋼へ少しずつ混じる。
「剣に不純物が入らないか?」
ジュンが聞くと、ガルネアは笑った。
「純粋すぎる金属は脆い。違うものが混ざって、粘りが出る」
人も同じかもしれない。
ジュン一人の魂を削った剣は、鋭くても壊れた。今度の剣には、顔も名もある人々の力が混じっている。
二日目、炉の温度が突然落ちた。
星銀と黒鋼が反発し、溶けた金属の中へ亀裂が走る。ガルネアは迷わず炉口を閉じた。
「失敗だ。一度冷ます」
「ここまで打ったのに?」
「ここで惜しめば、使う日に折れる」
三十時間分の仕事が、黒い塊になって炉底へ沈んだ。
職人たちは誰も責めなかった。眠り、食べ、また最初から炭を組む。ジュンだけが失敗した金属を見つめ続けた。
「捨てるのか」
「捨てねえ」
ガルネアは冷えた塊を割り、小さな欠片へした。
「釘にも蝶番にもなる。剣になれなかったからって、価値が消えるわけじゃない」
その欠片は食堂の扉を直し、治療所の寝台を補強し、子ども用の小さな鈴になった。
ジュンは左膝の古傷へ触れた。
勇者になれず、仲間に捨てられた人生も、別の形で誰かの役に立つ。剣の鍛造を見ながら、自分のことを教えられている気がした。
打ち直しでは、住民が魔力を込める順番も変えた。強い者からではない。幼いニナの一滴を最初に置き、消えないよう皆の力で包んだ。
「中心が一番弱くていいのか?」
「弱いものを守るための剣だろ」
ガルネアの槌が落ちる。
炉の中で、小さな光が消えずに残った。
三日目の夜明け、ガルネアが赤熱した刀身を水へ沈めた。
蒸気の中から、星のような斑点を持つ黒い剣が現れる。
ジュンが握ると、街中の呼吸がかすかに伝わった。
「重くないか」
「一人で持ってる感じがしない」
「それが答えだ」
核へ入れる青い石だけは、まだ刀身へ収めなかった。ガルネアはジュン自身が意味を決めてから入れろと言った。
リリアへ贈ったものと同じ、青い石だった。村の川辺でニナが拾い、くれたものだ。
同じ色でも、意味は違う。
最初の石は、相手に選ばれるために磨いた。立派な指輪を買えない自分を恥じ、せめて役に立つ贈り物にしようと夜通し削った。
今、手にある石はニナが「きれいだから」とくれたものだ。
強さも値段も求められていない。川辺で一緒に遊んだ日の記憶だけがある。
「過去を捨てるために選ぶのか?」
ガルネアが聞く。
「捨てない。前の石を贈った俺も、今の俺の一部だ」
「なら何を込める」
「帰る場所」
廃村の火。食堂の笑い。職人の炉。子どもたちの夜学。
「剣を抜くたび、守る理由を思い出したい」
ガルネアは満足そうに石を受け取った。
「いい核だ。怒りより長持ちする」
青い石は過去の恋を上書きするのではなく、ジュンが自分の価値を見つけ直した証になった。
ガルネアが石を刀身へ収めると、黒い剣の奥で青い光が脈打った。
翌朝、採掘場へ置いてきた道具を回収するため、五人は再び魔境へ入った。
回収を終えた帰り、道を外れた場所で不自然な角を持つ岩を見つけた。蔦を払い、全員が言葉を失う。
灰色の四角い建物。割れたガラス窓。錆びた金属扉。
ジュンには見覚えがあった。
「学校だ」
「何の建物?」
「俺がいた世界の建物だ」
扉の上には、かすれた日本語が残っていた。
『県立第三高等学校』




