第18章「炎の堕天使」
「全員伏せろ!」
炎の腕が横薙ぎに振られた。
ジュンは重力を広げ、飛ばされた兵を地面へ押さえる。アザリアが城壁を守り、セフィラが熱を遮る。ラミナは崩れる場所を先読みし、住民を誘導した。
魔導砲が溶け、赤い雨となって降る。
地面から二本目の腕が出た。
「第四記録対象よ!」
セフィラが叫ぶ。
「砲が地下の封印を傷つけた!」
セレスティアル・レコードの四枚目が燃え上がる。
> 第四堕天使ガルネア。
>
> 精神汚染率:89%。
地面が盛り上がり、赤髪の女が現れた。
背丈はジュンより頭一つ高い。褐色の肌へ溶岩の線が走り、黒い翼は炎に包まれている。両手には鎖につながれた巨大な槌。
「天界……壊す……!」
槌が振り下ろされる。
敵陣の中心が陥没した。兵たちが谷へ落ちる寸前、ジュンは重力で身体を浮かせた。
一度に百人を支える負荷で、鼻から血が流れた。
「放せば戦力が減ります!」
敵兵の一人が叫ぶ。自分たちを救う理由が理解できないのだ。
「落ちたら死ぬだろ!」
ジュンは歯を食いしばる。
アザリアも重力を重ね、兵を安全な地面へ移す。セフィラは谷の縁へ『留まれ』と刻み、崩壊を止めた。
救われた兵は武器を拾わなかった。
一人が兜を脱ぎ、近くの負傷者を担ぐ。別の兵も続く。命令違反を恐れていた顔から、目の前の命を選ぶ顔へ変わる。
ゴルダ将軍は撤退を怒鳴ったが、声はもう届かなかった。
王国軍の敗北は、兵を倒した瞬間ではない。
兵たちが命令より自分の意思を選んだ瞬間に決まった。
「街の西門を開けろ!」
ジュンは城壁へ叫ぶ。
「敵兵の負傷者も入れる!」
ベルグは一瞬も迷わず門を開いた。
「王国軍は撤退しろ!」
「反逆者の命令を――」
「死にたいのか!」
ゴルダ将軍は歯を食いしばり、撤退を命じた。
ジュンたちはガルネアを街から離す。
アザリアが星弾を撃つ。ガルネアは槌で砕いた。セフィラの拘束文字は熱で燃える。ラミナの雷も炎へ吸われた。
三人の攻撃は、どれもかつてガルネア自身が対策を作ったものだった。
千年前、七人は別々に封印される前、天界軍へ一度だけ共に挑んだ。そのときガルネアは全員の武器を鍛え、弱点を補った。
「あの人は私たちの戦い方を一番知っています」
アザリアの星弾がまた弾かれる。
「なら、新しい戦い方をする」
ジュンは三人へ攻撃を止めさせた。
アザリアの重力で自分を加速し、セフィラの文字を足場にする。ラミナは未来を読むのではなく、ガルネアの視界へ雷の閃光を入れた。
一人ずつの技ではない。四人の力を途中で受け渡す。
ガルネアの記憶にない動きで懐へ入った。
「何だ、そりゃあ!」
「今日覚えた戦い方だ!」
槌の内側へ手を添え、重力の向きを上へ変える。巨大な武器が手から離れ、空へ舞った。
勝つための隙はできた。
それでもジュンは剣を胸へ向けない。
「話を聞かせろ!」
殺さずに救う。その選択が、力を失ったガルネアの怒りをさらに激しくした。
「私たちの力を覚えています」
「七人で戦った頃の記憶が残ってるのね」
ガルネアが街へ向く。
「人間……また、武器を奪う……!」
ジュンは彼女の前へ立った。
「奪わない」
「嘘だ!」
槌を剣で受ける。
刃が悲鳴を上げ、腕の骨が折れた。ジュンは吹き飛ばされ、岩へ叩きつけられる。
「ジュン!」
三人の声が重なった。
ガルネアが追う。ジュンは折れた腕で剣を拾った。
「来るな!」
仲間を止め、もう一度正面から槌を受ける。
今度は重力を地面へ逃がす。足元が崩れたが、倒れない。
「お前の武器を奪ったのは誰だ!」
「人間だ! 私が作った剣で、人間が人間を殺した!」
「それで天界に封印されたのか!」
「違う!」
炎が激しくなる。
「天界へ抵抗する剣を与えた! だが王は、その剣で弱い国を焼いた! 私の火が、子どもまで殺した!」
ガルネアは怒っているのではない。
千年間、自分を責め続けていた。
「なら、今度は守る武器を作ってくれ!」
ジュンは槌の柄をつかんだ。掌が焼ける。
「奪う奴がいたら俺が止める。間違ったら壊せばいい。作ったものより、作るお前のほうが大事だ!」
「黙れ!」
炎がジュンを包む。
肉が焼け、視界が赤く染まる。逃げれば、炎は街へ行く。
離さない。
> 他者の苦痛を引き受けました。
>
> 《炎熱耐性》を獲得。
>
> 第四封印への接続を確認。
ジュンは本へ血の手を置いた。
「ガルネアを解放する!」
槌につながる鎖が砕ける。天罰の炎がジュンへ逆流した。
記憶が流れ込む。
小さな炉。初めて作ったナイフ。喜ぶ少年。戦場で折れた剣。燃える町。武器を与えたことを悔やみ、自分の両手を砕こうとした女。
「もういい」
ジュンは炎の中で彼女を抱きしめた。
「千年分、もう十分だ」
ガルネアの槌が落ちる。
炎が消えた。
ガルネアの身体には、封印の鎖が焼きついた傷が残っていた。
セフィラが治癒文字を書こうとすると、ガルネアは手を払う。
「残しておけ。忘れねえためだ」
「罰として?」
ジュンが問う。
「俺が作った武器で死んだ奴を忘れたくねえ」
「覚えることと、自分を傷つけ続けることは違う」
「お前が言うな」
「だから一緒に直す」
ガルネアは言葉に詰まった。
ジュンは自分の腕へ移った炎の刻印を見せる。
「半分は俺が持った。残りも皆で覚える。お前一人の傷にしなくていい」
アザリアは町を焼かれた記憶を、セフィラは言葉を奪われた記憶を話した。ラミナも、救えなかった未来を口にする。
誰も罪を消せない。だが、孤独な罰から共有する記憶へ変えることはできる。
ガルネアはようやく腕を差し出した。
「全部消すなよ」
「痛まない程度に残すわ」
セフィラの文字が傷を薄くする。
その夜から、ガルネアは傷を隠さなくなった。
褐色の大きな身体が、ジュンへもたれかかる。
「馬鹿野郎……先に自分を治せ」
ガルネアの手が折れた腕へ触れた。炎が骨をつなぐ。
「鍛冶の火は、壊すためだけじゃねえ」
彼女は泣きながら笑った。
> 第四契約を確認。
>
> レベルが82へ上昇しました。
>
> スキル《武装創造》を獲得しました。
街へ戻ると、ガルド工房の老人が膝をついた。
「炉の始祖。お会いできる日を待っていました」
「堅苦しいのはやめろ。酒はあるか?」
「樽で」
「よし、気に入った!」
ガルネアの加入を祝う宴は、戦勝祝いより騒がしかった。
彼女は職人一人ずつの手を見て、作る物と癖を言い当てた。親指の傷で剣鍛冶、爪の煤で鋳物師、肩の傾きで石工。
「いい手だ。国に炉を取られても、技までは取られちゃいねえ」
職人たちの顔が上がる。
ガルド老人は震える声で尋ねた。
「もう一度、武器を作ってもよいのでしょうか」
「作れ。ただし使う奴の顔を見ろ。命令されたからって、目を閉じるな」
「はい」
「壊す道具だけじゃねえ。鍬も鍋も橋の釘も作る。炉は人を生かすためにある」
その言葉で、職人区の空気が変わった。
翌日には壊れた農具が山ほど運び込まれた。ガルネアは文句を言いながら全部直し、子どもの木馬の車輪まで作った。
「世界最高峰の鍛冶師が木馬か」
ジュンがからかう。
「馬鹿にすんな。真っすぐ走らせるのは剣より難しいぞ」
受け取った子どもの笑顔を見て、ガルネアは耳まで赤くした。
彼女が与えたかったのは、最初からこういう力だったのだろう。
その夜、ガルネアは酒を三樽空けた。アザリアの星入り鍋まで平らげ、全員を驚かせた。
翌朝、彼女は二日酔いのままジュンの剣を手に取った。
刃を見た瞬間、陽気な顔が消える。
「誰からもらった」
「最初の剣が折れたとき、盗賊から奪ったものだ」
ガルネアは刀身を割った。内部から黒い血のようなものが滴る。
「これは武器じゃない」
彼女はジュンを見た。
「お前の魂を削って作られた呪いだ」




