第17章「王国軍侵攻」
三日でできることは少ない。
だからジュンは、守る順番を決めた。
子どもと戦えない者を地下遺跡へ。食料と水を分散。門前に堀を掘り、街道には馬を傷つけない柔らかな罠を置く。
「逃げたい者は止めない」
広場で告げると、誰も動かなかった。
「相手は王国軍だ。負ければ反逆者になる」
ベルグが槍を地面へ立てる。
「もう反逆者ですよ。飢え死にを拒んだ日から」
獣人の大工が続く。
「ここで初めて、人間と同じ賃金をもらった」
治療師の女性も笑った。
「病人を選ばず診ていい場所なんて、ほかにありません」
ジュンは一人ずつ顔を見た。
「なら、生き残ろう。命を捨てる戦いはしない」
王国軍は夜明けに現れた。
地面から伝わる振動は、鐘の音より早く人々を起こした。
子どもたちを地下へ送る。ニナは残ると言い張った。
「私も魔法を使える!」
「使えるからこそ、下で小さい子を守ってくれ」
「それ、逃がすための言い方?」
「一番大事な仕事を頼んでる」
ニナはジュンをじっと見てから、右手を出した。
「絶対、帰ってきて」
小指を絡める。前世にもあった約束の形だ。
「絶対だ」
地下への扉が閉まると、広場が静かになった。
守備へ残った者は八十人。王国軍の二十五分の一だ。戦いに慣れた者はさらに少ない。
ベルグの槍先が震えている。
「怖いか」
「漏らしそうです」
「俺もだ」
「嘘でしょう」
「怖くなくなるほど強くはない」
ジュンは城壁の外へ目を向けた。
「ただ、怖くても隣に立つことはできる」
ベルグは深く息を吸い、槍を握り直した。
城壁の上で種族も過去も違う者たちが肩を並べる。ジュンの経験値分配が細い光となり、全員の足元をつないだ。
誰か一人が英雄になる戦いではない。
この街を自分たちの場所だと選んだ全員の戦いだった。
戦いの前夜、守備隊では一度だけ激しい口論が起きた。
矢尻を丸めろというジュンの命令に、元猟師のダンが弓を机へ叩きつけたのだ。
「向こうは俺たちを殺しに来る。なぜこっちだけ手加減する」
「王国兵の全員が、この街を憎んで来るわけじゃない」
「命令なら殺す奴も、同じだろう」
ダンの弟は、領主軍に村を焼かれて死んでいた。甘いと言われれば、そのとおりだ。
「殺さないせいで味方が傷ついたら、あんたが責任を取れるのか」
「取れない」
部屋が静まった。
「死んだ人は戻せない。俺が責任を取ると言っても、残った家族の穴は埋まらない。だから殺さずに勝てる準備を増やす。罠を二重にする。盾を厚くする。無理なら退く」
「それでも足りなかったら?」
「その場で自分と隣の命を守れ。俺の理想のために死ぬな」
絶対に殺すなとは言えなかった。そんな命令もまた、遠くから下す安全な正しさになる。
ダンは丸い矢尻を一つ拾い、指で重さを確かめた。
「俺は弟の仇を討ちたい」
「止める権利はない」
「だが、明日来る兵が仇とは限らん」
彼は夜明けまで矢尻を削った。
戦いが始まったとき、最初の一矢で敵兵の兜だけを弾いたのはダンだった。
地平線を埋める槍。騎兵。攻城塔。中央には、巨大な筒を七本並べた魔導砲がある。
指揮官は白馬に乗ったゴルダ将軍だった。
「反逆者八神ジュンへ告ぐ! 堕天使を引き渡し、武装を解除せよ!」
「断る!」
城壁の上から答える。
「住民を盾にする卑怯者め!」
城壁の伝声管から、地下へ避難したニナの声が響いた。
『私たちがジュンお兄ちゃんを守ってるの!』
兵の一部が笑った。ゴルダの顔が赤くなる。
「撃て!」
魔導砲が火を噴く。
セフィラが防壁へ術式を広げた。七発の光弾が透明な壁へぶつかる。二発目でひびが入り、三発目で砕けた。
「王国にこんな兵器があったのか」
「天界式よ。誰かが教えた」
残る四発へアザリアが手を向ける。重力で軌道を上空へ曲げた。光弾は雲を割り、遠い山を削った。
「次弾まで二分」
ラミナが告げる。
「その前に砲を止める」
ジュンは城壁から跳んだ。
地面へ落ちる直前、重力を消す。敵陣の前へ降り立った。
騎兵が殺到する。足元の術式を書き換え、馬へかかる前進の力を横へ流した。騎兵隊が二つに割れ、街の左右を通り過ぎる。
「兵は殺すな! 武器だけを狙え!」
街の守備隊が矢を放つ。鏃は丸く削ってある。腕や兜へ当たり、兵を落馬させた。
ジュンは敵陣を走る。槍を折り、剣を落とし、鎧の留め具を切る。
ゴルダ将軍が巨大な斧で立ちはだかった。
彼はただの権力者ではなかった。
斧を一振りするたび、地面の衝撃だけを街から外へ逃がす。背後の兵を巻き込まない足運び。若い頃、一人で魔物の群れから砦を守ったという評判は本物だった。
「貴様ほどの力が、なぜ追放者に従う!」
ゴルダはアザリアへ叫ぶ。
「彼は命令しません」
「なら何のために戦う!」
「私が守りたいからです」
将軍は理解できない顔をした。
命令と服従だけで軍を率いてきた男には、自分で選ぶ忠誠が分からない。
斧が再び落ちる。ジュンは刃の軌道をそらすのではなく、柄へ重力をかけた。ゴルダは即座に手を離し、拳で攻める。
鎧越しの打撃が腹へ響く。
ジュンも拳を返す。互いに三歩下がった。
「無能ではないな」
「今さらか」
「だが、国は個人の情で動かん!」
「情を捨てた国は、誰を守る!」
二人がもう一度ぶつかる。
敵の強さを認めた上で、それでもジュンは退かなかった。
「甘い戦いで国に勝てると思うな!」
斧が地面を割る。衝撃が街へ走った。
アザリアが重力の壁で受ける。黒い翼から血が散った。
「アザリア!」
「支障ありません」
「痛いなら痛いと言え!」
「……痛いです」
「よし。後で治す!」
ジュンは将軍の懐へ入った。斧の柄へ《星断》を当てる。硬い魔法金属が断ち切れた。
拳を腹へ打ち込み、鎧ごと吹き飛ばす。
将軍が倒れても、魔導砲は止まらなかった。
砲手ではない。地下から魔力を吸い上げ、自動で動いている。
「次弾、五秒!」
ラミナの声。
七門すべての砲口が街へ向く。
地面が突然ひび割れた。
裂け目から、溶岩でできた巨大な腕が現れる。腕は魔導砲をまとめてつかみ、敵味方の頭上へ振り上げた。
理性のない女の咆哮が、大地の底から響いた。




