第1章「無能の追放」
「理由を聞いてもいいか」
ジュンがようやく絞り出すと、ガレスが腹を抱えて笑った。
「理由? まだ分かってなかったのかよ。お前が無能だからだ」
背中の大剣を揺らしながら、ガレスが近づいてくる。酒臭い息が鼻についた。
「戦えねえ。魔法も使えねえ。スキルは効果不明。俺たちはこれから黒竜を倒すんだぞ。荷物運びに分ける経験値なんざねえんだよ」
「俺は経験値を受け取っていない」
「口答えか?」
胸を突かれた。ジュンは半歩下がったが、倒れなかった。
レオンが面倒そうに手を振る。
「よせ、ガレス。話が長くなる」
止め方まで芝居がかっていた。
「ジュン。君も気づいているだろう。僕たちと君では、いる場所が違う。ここまで連れてきてやっただけでも感謝してほしいね」
「連れてきてやった、か」
ジュンは荷馬車を見た。保存食の残量、予備の薬、魔石の数。すべて頭に入っている。誰がどれだけ消費するかも、どの順番で補充すべきかも。
荷台の底には、予備の車輪が一本ある。
半年前、山道で車軸が折れたとき、レオンは荷物を捨てて進もうとした。ジュンが村まで戻って職人を連れ、夜のうちに直した。翌朝には何事もなかったように出発できた。
メルダの杖へ巻いた革は、雨で滑らないようジュンが加工したものだ。ガレスの大剣の柄には、手の豆が潰れない厚さで布を巻いた。リリアの薬箱は、彼女が迷わない順番に並べてある。
どれも戦果として数えられない。
レオンが魔物へとどめを刺すと歓声が上がる。ジュンが毒草を避けても、何も起きない。何も起きないことこそ成果だと、誰も気づかなかった。
ジュン自身も、それでいいと思っていた。
仲間が無傷なら、褒められなくてもいい。婚約者が笑っていれば、報酬が少なくてもいい。
だが今、荷馬車に残る自分の仕事を見て、胸の奥に初めて怒りが湧いた。
役に立たなかったのではない。
役に立つことを当然として、見ようとされなかったのだ。
その違いを、もう自分まで無視したくなかった。
「南の橋は先月の洪水で落ちている。黒竜の谷へ行くなら東へ回れ。解毒薬は赤い箱だ。メルダの魔力切れには青い小瓶を――」
「最後まで世話焼きのつもり?」
リリアの声が、言葉を切った。
その瞬間、ジュンは三日前の夜を思い出した。
リリアが一人でレオンの部屋から出てきた。ジュンを見ると驚き、すぐ「作戦会議よ」と笑った。首元には、まだ聖銀の首飾りがなかった。
「呼んでくれれば、俺も」
「戦えない人に話しても分からない内容だから」
言われたときは、自分が悪いと思った。
翌日から、食事の席でジュンの椅子だけが少し離された。ガレスは露骨に笑い、メルダは何度も何か言いかけた。
追放は突然ではなかった。
見ないふりをした兆候が積み重なり、今日になった。
「いつから決めていた?」
ジュンが尋ねる。
リリアは答えない。レオンが代わりに言った。
「黒竜討伐の話が出た時点だ。二週間前だな」
二週間。ジュンは知らずに彼らの装備を整え、遠征食を買い、帰路まで調べていた。
怒りより先に、身体から力が抜けた。
それでも泣いて縋ることだけはしたくなかった。役に立つ自分を証明して残してもらえば、同じことがまた起きる。
ジュンはここで初めて、必要とされることと大切にされることが違うと知った。
ジュンは彼女を見た。
白い法衣の胸元に、勇者一行の紋章が光っている。その首には、ジュンが贈った青い石はなかった。代わりに下がっているのは、王都でレオンが買った聖銀の首飾りだった。
「リリア。君も知っていたのか」
「相談は受けていたわ」
「婚約者の俺には何も言わずに?」
彼女はわずかに眉を寄せた。その顔に罪悪感を探した自分が、ジュンには情けなかった。
「その話だけど、婚約もなかったことにしてほしいの」
風が吹いた。
荷馬車を覆う布が、乾いた音を立てる。
「私は聖女よ。いずれは勇者と王都へ凱旋する。あなたと一緒では、皆にどう見られると思う?」
「どう見られるかで、相手を選ぶのか」
「現実を見ているだけ」
リリアはレオンの腕へ自分の腕を絡めた。
それで十分だった。
ジュンは腰の革袋を外した。旅の報酬として共同管理していた金は、レオンがすでに抜いていた。残っていたのは銅貨十一枚。三年間の働きに対する対価としては、安すぎて笑いも出ない。
「俺の装備は?」
「支給品だ。置いていけ」
「この剣は孤児院を出たときに自分で買ったものだ」
「なら、それだけは持っていけばいい」
レオンは寛大な処置でもしたように笑った。
メルダが一歩出る。
「待って。せめて町まで戻る護衛を――」
「必要ない」
レオンが遮った。
「こいつはいつも、自分で何でもできるような顔をしていただろう? なら一人で帰れるさ」
メルダは黙った。ジュンと目が合うと、逃げるように横を向いた。
止めないのなら、同じことだ。
ジュンは古い片手剣を腰へ差し、革袋を拾った。携帯食も水筒も渡されなかった。日没まで二時間。最寄りの町までは、徒歩で二日かかる。
「世話になった」
それだけ言って背を向ける。
「待てよ」
ガレスが肩をつかんだ。
「誰が勝手に終わらせていいと言った?」
次の瞬間、ジュンの頬へ拳がめり込んだ。
地面に膝をつく。口の中に鉄の味が広がった。
「今まで俺たちの稼ぎで食ってきたんだ。土下座して礼くらい言え」
前なら耐えていた。ここに置いてもらうために。役に立つ人間でいるために。
だが、もう耐える理由はない。
ジュンは立ち上がり、ガレスの手首をつかんだ。相手の重心が前に寄っている。三年も背中を見てきた。踏み込みの癖くらい知っている。
足を払い、手首をひねる。
「うおっ?」
大柄なガレスの身体が宙を舞い、泥の上へ落ちた。
「今のは何だ!」
ガレスが剣へ手を伸ばす。ジュンも剣の柄を握った。
「次は抜く」
自分でも驚くほど低い声が出た。
ガレスの手が止まる。
レオンの笑みも消えていた。だが、ジュンはもう彼らに背を向けた。
西へ向かう。街道を使えば追っ手に見つかるかもしれない。荒野を横切るしかなかった。
背後からリリアの声が飛んできた。
「後悔しても戻れないから!」
ジュンは振り返らなかった。
後悔なら、もうしている。
あの青い石を贈った日から今日まで、彼女の言葉ではなく、自分に都合のいい期待を信じ続けたことを。
歩き出して十分も経たないうちに、足が止まった。
戻れば、まだ宿場町の灯りに間に合う。頭を下げれば水くらいはもらえるかもしれない。リリアと二人だけで話せば、本当は迷っていたと言ってくれるかもしれない。
胸の中で、都合のいい場面がいくつも浮かぶ。
レオンが追放を取り消す。ガレスが酒のせいだったと謝る。メルダがようやく反対する。リリアが青い石を取り出し、まだ持っていたと泣く。
ジュンは振り返った。
遠くの荷馬車が動き始めている。誰も追ってこない。五つあったはずの食器箱から、彼の分だけが道端へ捨てられていた。
欠けた木の椀。
三年間、毎朝使ったものだ。裏側には、孤児院の子どもが彫った歪な星がある。
ジュンは椀を拾い、泥を袖で拭いた。
荷物に入れ忘れたのではない。ジュンの持ち物だけを選び、捨てたのだ。
期待が静かに死んだ。
悲しみと同じ場所に、妙な軽さが生まれる。これ以上、認めてもらうために働かなくていい。相手が機嫌を損ねない言葉を選ばなくていい。
「帰る場所は、あそこじゃない」
声にすると、やっと西へ足が向いた。
木の椀は捨てなかった。過去にしがみつくためではない。孤児院で受け取った星まで、彼らの判断で価値がないことにされたくなかった。
帰る場所は失った。それでも、帰りたいと思った記憶まで捨てる必要はない。
日が沈むと、荒野の気温は急に下がった。
水はない。食料もない。頬は腫れ、古傷の残る左膝が痛む。月明かりを頼りに歩いていたジュンは、遠くで獣の遠吠えを聞いた。
一つではない。
岩陰から灰色の影が現れた。牙狼。普通の狼より一回り大きく、額から短い角を生やした魔物だ。
二頭。三頭。
闇の中で、黄色い目が次々と開く。
「十二頭か」
勇者一行なら苦戦しない。ジュン一人なら、話は別だった。
剣を抜く。刃には細かな欠けがある。レオンの聖剣を手入れする間、自分の剣は後回しにしていた。
最初の牙狼が飛びかかった。
横へ転がり、首筋を斬る。浅い。二頭目の爪が肩を裂いた。背後から三頭目。剣の腹で牙を受ける。鈍い音とともに刃へひびが入った。
「せめて一本くらい、まともな剣を買っておけばよかったな」
自嘲しても牙狼は待ってくれない。
包囲が狭まる。
そのとき、足元で銀色の光が瞬いた。
地面に細い線が走る。古い文字のような線は円を描き、荒野の土を静かに割った。
ぽっかりと開いた暗い穴から、冷たい風が吹き上がる。
牙狼たちが一斉に後ずさった。
ジュンの耳に、声が届く。
助けを求める声ではなかった。
長い眠りの底から、それでも誰かを待ち続けた声だった。
――見つけた。
地面の下で、何かが彼を呼んでいた。




