第15章「決められた未来」
「その未来はいつだ」
「最後の封印を解いた日」
「理由は?」
「分からない。そこから先を見る前に、世界が消える」
ラミナの雷槍が震える。
「だから、今ここで私を殺して。三人目を救わなければ、七人は揃わない」
「嫌だ」
「二億回、同じ答えを聞いた」
「その二億回で、俺が諦めたことは?」
「一度もない」
「君が助けてほしいと言ったことは?」
ラミナは黙った。
「一度も、ない」
「なら、試していない未来が一つある」
「助けてと言えば変わるの?」
「分からない。でも、一人で決めるよりはいい」
雷槍の切っ先が下がりかける。ラミナは歯を食いしばり、もう一度上げた。
「期待させないで。期待は、外れたとき一番痛い」
「痛いなら一緒に痛がる」
「そんな約束、聞いたことがない」
「俺も今考えた」
ラミナの唇が震えた。笑いそうになったのか、泣きそうになったのか、本人にも分からない顔だった。
「二億一回目も同じだ」
雷槍が放たれた。
ジュンは避けない。胸を貫く寸前、手でつかんだ。皮膚が焼け、腕まで痺れる。
「未来を変える方法を一緒に探す」
「探して失敗する未来も見た!」
落雷が塔を揺らす。
「アザリアが死ぬ。セフィラの言葉が消える。あなたは自分が誰かも忘れ、七人の胸を貫く!」
「それが決まっているなら、どうして泣いてる」
ラミナが息を止めた。
「変えたいんだろ」
「変わらないからよ!」
彼女の未来視が塔全体へ広がった。
ジュンの意識へ無数の光景が流れ込む。
アザリアを抱いて泣く自分。文字を失い崩れるセフィラ。知らない四人の少女。血に濡れた八枚の翼。
どの未来でも同じ結末へ収束する。
その合間に、短い日常もあった。
アザリアが焦げた鍋を差し出す。セフィラがジュンの隣を奪う。ラミナ自身が街の子どもへ明日の天気を教える。知らない赤髪の女が大声で笑い、金髪の女性が畑を歩き、黒髪の少女が影から悪戯をする。小さな茶髪の子が山ほどのパンを食べる。
幸福な場面はどれも長く続かない。
最後にはジュンの八枚の翼が開き、七人を殺す。
「私があなたを好きになる未来も見た」
ラミナが小さく言う。
「だから余計に怖い。失うと分かっている相手を、好きになりたくない」
「好きにならない未来を選ぶのか?」
「そうすれば、少しだけ痛くない」
「君が決めることだ。でも、痛くないことだけを理由に選んだら、あとで自分を嫌いにならないか」
ラミナは答えなかった。
未来を知る少女は、未来にない問いへ初めて迷った。
未来は道ではない。檻だ。
「なら、その檻を壊す」
ジュンは一歩進む。
ラミナが雷を重ねる。一撃を受けるたび耐性が育ち、ジュンはまた進む。痛みが経験へ変わる。
> 固定未来への干渉を検出。
>
> 世界の法則に反しています。
「俺のスキルは、限界がないだけじゃない」
また一歩。
「誰かが決めた限界を、越える力だ」
ラミナの前へ立ち、雷槍を握り潰す。
「一人で未来を見なくていい」
手を差し出す。
「外れたら、一緒に考えよう。間違えたら、一緒にやり直そう」
ラミナはその手を見つめた。
「未来を知らない人は、そんなに簡単に笑えるのね」
「知らないから笑うんだ」
彼女の指が触れる。
セレスティアル・レコードが開いた。
> 第三封印を解除します。
>
> 天罰《不変の未来》を継承します。
時間が止まった。
ジュンの意識が、起こり得る未来へ引き裂かれる。死ぬ未来。裏切る未来。救えない未来。数え切れない失敗が、実際の記憶として刻まれた。
その中に、現代日本の雨の横断歩道があった。
もし車道へ出なかったら。
もし少年を見捨てたら。
生きていた自分がいる。会社へ戻り、歳を取り、平凡な家庭を持つ。
幸せそうだった。
それでもジュンは、その未来へ手を伸ばさなかった。
「助けたことを、後悔してない」
無数の未来が砕ける。
> 固有スキル《無限昇華》が未来演算を超過。
>
> 未確定領域を生成します。
>
> 第三契約を確認。
ラミナを縛る椅子が消えた。
彼女は崩れ落ち、ジュンの胸へ額をぶつける。
「見えない」
「何が?」
「次の一秒が、見えない」
声は震えていた。恐怖ではない。初めて自由になった者の震えだった。
塔の外で嵐が止む。
雨水が塔の階段を流れ落ち、十年分の煤を洗った。
町跡へ戻ると、生き残った住民たちが遠くから様子を見ていた。嵐が消えたことを信じきれず、誰も境界線を越えようとしない。
ラミナはジュンの背後へ隠れた。
「私を見ると、憎む」
「その未来を見たのか」
「何度も」
「今は見るな。自分の目で確かめよう」
最初に近づいたのは、杖をついた老女だった。焼けた町で娘を亡くしたという。
ラミナは逃げず、頭を下げた。
「私の雷です。謝って許されるとは思わない」
老女は長く黙り、震える手でラミナの頬へ触れた。
「あんたも、ずっと塔で泣いていたんだろう」
「どうして」
「雷の音が、泣き声みたいだった」
許しではない。失ったものは戻らない。
それでも老女は、町へ戻る最初の一歩をラミナと並んで踏み出した。
未来に一度もなかった光景だった。
十年ぶりの青空が広がった。
アザリアとセフィラが最上階へ着く。ラミナはジュンの服をつかんだまま離さない。
セフィラはまず、ラミナの手首へ残る封印痕を調べた。
「再会の挨拶は?」
ラミナが尋ねる。
「千年ぶりね。痛い場所は?」
「全部」
「なら最初から治しましょう」
二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。
アザリアはジュンの服をつかむ手を見ていた。自分も反対側の袖をつかむ。
「何をしているの?」
ラミナが、反対側の袖をつかんだアザリアを見る。
「未来にない行動です」
アザリアは手を離さずに答えた。
「私がつかんだのも未来にない」
「先にしました」
「未来では私が先だったかもしれない」
幼い言い争いを、セフィラが楽しそうに眺める。
「ジュン、人気者ね」
「二人とも、袖が伸びる」
答えになっていない返事に、三人がそれぞれ違う顔をした。
ラミナは未来の中で彼女たちを何度も見た。しかし現実の声を聞き、くだらないことで争うのは初めてだ。
彼女はようやく、未来の登場人物ではなく、今を生きる仲間として二人を見始めた。
「未来では、こうしていましたか」
アザリアが問う。
「いいえ」
「なら許可します」
「何を?」
「今だけです」
ラミナは意味を理解し、初めて小さく笑った。
その笑顔が凍る。
彼女の新しい未来が開いた。
天界を覆う黒い影。その中心に八枚の翼を持つ男が立っている。
顔は、ジュンだった。
だが、その目には人間の光が一つも残っていなかった。




