第14章「未来を見失った少女」
聖剣の破片は光となり、セレスティアル・レコードへ吸い込まれた。
> 天界管理武装を回収。
>
> 第三記録領域との接続を確認。
レオンが青ざめる。
「僕の聖剣が……」
「最初から、お前のものではなかったようね」
セフィラがページを読む。
「所有者の成長を吸い、天界へ送る装置。ジュンの支援が途切れて、代わりにあなたの生命を使い始めた」
「黙れ!」
レオンは破片を拾い集めた。決闘の文字が彼の腕へ絡み、アザリアへ近づくことを許さない。
ジュンは背を向けた。
「帰ろう」
「待って、ジュン」
リリアが追う。
「私、騙されていたの。レオンが本当の勇者だって、あなたより将来があるって」
「それを選んだのは君だ」
「でも、やり直すことは――」
「今はない」
リリアの顔が歪んだ。
胸は痛んだ。青い石を喜んでくれた彼女まで、すべて嘘だったとは思いたくない。だが、痛みと信頼は別だ。
アザリアがジュンの隣へ立つ。何も言わず、袖をつかんだ。
三人が村へ戻ろうとしたとき、空に雷が走った。
その前に、リリアがアザリアを呼び止めた。
「あなたは、ジュンのどこが好きなの」
ジュンはむせた。
アザリアは質問の意味を測るように考える。
「彼は私を怖がりました」
「それが?」
「怖いまま、手を差し出しました。私の力ではなく、痛みを見ました」
黒い翼が静かに開く。
「好き、という言葉がそのことなら、私はジュンが好きです」
本人を前にした迷いのない告白だった。
ジュンは顔が熱くなるのを感じたが、どう返せばいいか分からない。
セフィラが肩をつつく。
「返事は?」
「今ここでするのか?」
「いつならするのかしら」
リリアは二人を見つめたあと、寂しそうに笑った。
「私が欲しがったものを、あの人は最初から見ていたのね」
それが彼女の後悔を消すことはない。ただ、失った理由を初めて理解する一歩にはなった。
晴れていた空を黒雲が覆う。落雷は一本の線となり、北東の山へ続いていた。
レコードの三枚目に少女の姿が現れる。
金髪。左右で色の違う瞳。白と黒が混じる翼。
> 第三堕天使ラミナ。
>
> 未来演算が所有者を捕捉しました。
ページの少女が口を開く。
『来ないで』
声と同時に雷が落ち、ページが焼けた。
翌朝、ジュンたちは雷の塔へ向かった。
ラミナの警告を無視する形になる。それでもジュンは、無断で踏み込むつもりはなかった。
道中、レコードの三枚目へ何度も言葉を書いた。
『話だけでも聞かせてほしい』
返事は雷で文字ごと焼かれた。
『嫌なら帰る。ただ、君が一人で死ぬ選択だけは止めたい』
今度はページへ一言浮かぶ。
『帰って』
筆跡は震えていた。
セフィラが文字をなぞる。
「拒絶ではなく、懇願ね。自分が恐ろしいから遠ざけている」
「なら、やっぱり行く」
「ええ。ただし、彼女が扉を開くまでは封印へ触れない。救う側の意思だけで進めば、天界と同じになる」
ジュンはうなずいた。
救いたいという善意も、相手を見なければ支配になる。
雷の塔へ向かう旅は、ラミナを説得する前に、自分たちの救い方を問い直す旅になった。
出発前、アザリアは何度もジュンの左腕を見た。
「痛いですか」
「少し」
「少し、は禁止したはずです」
「そんな規則だったか?」
「今、追加しました」
セフィラが傷へ簡単な治癒文字を置く。
「アザリアの規則は一日三つ増えるわね。このままでは来月、ジュンは呼吸にも許可が必要よ」
「安全なら問題ありません」
「本人の自由は?」
「安全な範囲で認めます」
ジュンは二人の会話を聞きながら、思わず笑った。
リリアに拒絶の言葉を伝えた胸は、まだ痛い。けれど、痛みを無理に消す必要はないのだと思えた。大切だった過去を否定しなくても、前へ進める。
アザリアが隣にいる。セフィラが歩幅を合わせている。
新しい道は、もう始まっていた。
塔の周囲では十年前から嵐が止まない。近くの町は落雷で焼け、今は誰も住んでいないという。
町の入口には、溶けた鐘が転がっていた。
家の壁には黒い人影が焼きつき、広場の石畳から雑草一本生えていない。避難できた住民は多かったが、塔へ近づいた救助隊は全滅したという。
ジュンは崩れた家から子どもの木馬を拾った。片方の車輪だけが残っている。
「ラミナが壊したのか?」
「封印が彼女の恐怖を雷へ変えている可能性が高いわ」
セフィラは鐘の断面へ触れた。
「ここに落ちた雷は外へ向かっている。彼女は町を狙ったのではなく、塔から遠ざけようとした」
「守ろうとして、守れなかった」
ジュンは木馬を広場の端へ置いた。
塔の少女は十年間、同じ光景を見続けたはずだ。自分が誰かを殺す未来。救おうとするほど悪くなる未来。
諦めが早いのではない。
諦めるまでに、誰より多く試したのだ。
「未来を見る者は、決まった結果から逃げるために雷で道を閉ざしたのね」
セフィラが結界を調べる。
「壊せるか?」
「ええ。でも壊した瞬間、落雷が町跡へ流れる」
「私が空へ返します」
アザリアが黒い翼を広げた。
三人で役割を分ける。セフィラが結界の文字を開き、アザリアが雷を重力で空へ曲げ、ジュンが塔へ走る。
無数の稲妻が地面を砕く。落ちる前の魔力を読み、一歩ずつ避けた。
塔の扉に触れる。
雷が身体を貫いた。
視界が白くなる。肉の焼ける匂い。それでも手を離さない。
> 《天罰耐性》が雷撃を記録。
>
> スキル《雷耐性》を獲得しました。
二度目の雷は、痛いだけで済んだ。
「痛いのかしら?」
背後からセフィラが叫ぶ。
「痛い!」
「よろしい!」
アザリアとの約束を共有されたらしい。
塔の最上階に、ラミナはいた。
そこへ至るまでに、ジュンは七つの部屋を通った。
一つ目では、自分が落雷で死んだ。二つ目ではアザリアが庇って消えた。三つ目ではセフィラが結界の反動で文字を失った。
どれも幻だった。だが、痛みも匂いも本物に近い。
「未来の再現よ!」
セフィラの声が下階から届く。
「反応すれば術式に取り込まれる。起きていないことへ罪悪感を持たないで!」
四つ目の部屋で、前世の少年が車道に立っていた。
『今度は助けないで』
大型車の灯りが迫る。
ジュンはまた飛び出した。
幻だと知っていても、見捨てる選択はできない。車体を重力でそらし、少年を抱えて転がる。
部屋の壁が砕けた。
> 未来再現における選択の一致を確認。
>
> 意志固定率:100%。
「何度やっても同じだ」
ジュンは立ち上がる。
「それでも、結果まで同じとは限らない」
銀の椅子へ縛られ、開いた瞳で何もない空間を見つめている。
「八神ジュン」
「俺を知っているのか」
「あなたが来る未来を二億回見た」
「ずいぶん待たせたな」
「一度も待っていない。すべての未来で、あなたを殺した」
雷の槍がジュンの胸へ向く。
「近づけば、塔が崩れる。封印を解けば、私はあなたと契約する。三人目の天罰で、あなたは人間ではなくなり始める」
「それでも来た」
「知っている」
ラミナの左右で色の違う瞳に、涙が浮かんだ。
「あなたは七人全員を救ったあと、私たちを自分の手で殺します」




