第11章「追放者の反撃」
「国家反逆罪?」
セフィラが笑った。
「死者に罪を着せるなんて、王国の法律は器用ね」
「黙れ、魔女!」
バルガスが魔石へ魔力を注ぐ。王国印が空へ投影された。
「八神ジュンは勇者一行を離脱後、死亡した。ゆえに貴様はその名を騙る反逆者だ!」
「本人が生きている可能性は考えないのか」
「勇者レオン様の報告は絶対だ」
ジュンはメルダから預かった記録水晶を取り出した。
「その報告が嘘でも?」
水晶に保存された声が広場へ響く。
『追放したことは伏せろ。荒野で死んだことにすればいい』
レオンの声だった。
兵たちの間に動揺が走る。
バルガスは顔を歪め、水晶を踏み砕こうとした。ジュンは重力で水晶を引き寄せる。
「偽物だ!」
「なら王都で調べればいい」
「必要ない。ここで全員処刑する!」
バルガスが胸元の護符を砕いた。
倒れていた兵たちの鎧から青い光が噴き出す。四十人分の魔力が騎士団長へ集まり、鎧を巨大化させた。
「団長、それを使えば我々の命が!」
「王国への献身を示せ!」
兵たちが苦痛に呻く。鎧の内側から生命力を吸われていた。
ジュンはバルガスを見据えた。
「部下まで道具にするのか」
「兵は国王の剣だ!」
「剣にも命はある」
巨大な刃が振り下ろされる。
アザリアが重力で止めようとしたが、青い光が権能を弾いた。
「天界の加護です」
「正確には、天界式を粗雑に写したものね」
セフィラの瞳へ無数の文字が流れる。
「ジュン、三秒だけ持たせて」
「十分だ」
剣を両手で受ける。足元が砕け、膝が沈んだ。腕の骨が悲鳴を上げる。
> 強敵との接触を経験値へ変換します。
>
> 《重力耐性》が《圧力無効》へ進化しました。
重さが消える。
ジュンは巨大な剣を横へ流し、バルガスの懐へ踏み込んだ。
「解析完了よ!」
セフィラが空中の一字を消す。
鎧に刻まれた『兵から集める』が『兵へ集める』へ変わった。
吸われた生命力が一斉に戻る。兵たちの傷が塞がり、逆にバルガスの鎧から光が抜けた。
「馬鹿な!」
ジュンの拳が鎧の胸へ当たる。
重力を一点だけ百倍にする。
青い鎧が内側へへこみ、バルガスは広場の端まで吹き飛んだ。家へぶつかる直前、アザリアが重力で受け止める。
「なぜ助けた」
「家が壊れます」
「そっちか」
「彼の生命は、ジュンが奪わないと決めました」
バルガスは気を失っていた。
四十人の兵は武器を置いた。若い副官が前へ出て頭を下げる。
彼の名はカイルといった。
二十三歳。北の農村出身。家族へ給金を送るため騎士になり、今日初めて人の連行を命じられた。
「命令へ逆らえば、家族まで罰を受けます」
「だから従ったのか」
「はい」
カイルは言い訳をせず答えた。
ジュンには責めきれなかった。自分もパーティーへ残るため、ガレスの暴力を黙って受けた。弱い立場の人間が、いつも正しく立てるとは限らない。
「次に同じ命令が出たら?」
「今度は止めます」
「家族が危険でも?」
若い騎士は迷った。
「……家族を先に逃がします。その後で止める」
「正直だな」
「あなたなら、迷わず止めるのでしょう」
「俺も迷う。迷った上で選ぶ」
ジュンは食料を一袋渡した。帰路の負傷者に必要だ。
「敵に情けを?」
「次は敵でないかもしれない」
カイルは袋を受け取り、深く頭を下げた。
若い騎士は剣を拾い、仲間へ肩を貸して撤退した。
「我々は、難民の連行と反逆者の討伐を命じられただけです。ここで見たことを王都へ報告します」
「好きにしろ。ただし怪我人を運んでいけ」
「我々の怪我まで治したのは、あなたなのですか」
「俺一人じゃない」
ジュンは仲間と住民を見た。
副官はもう一度頭を下げた。
騎士団が去ったあと、ベルグたちがジュンを囲んだ。
勝利を喜ぶ前に、負傷者の治療が始まった。
王国兵も住民も同じ広場へ寝かせる。治療師は鎧の紋章を見て一瞬迷ったが、ジュンが何も言う前に兵の傷へ布を当てた。
「敵を治して、また攻められたら?」
若い住民が尋ねる。
「そのときは、また止める」
治療師は答えた。
「今ここで死なせたら、私たちが何を守ったのか分からなくなる」
ジュンはその言葉を聞き、街が自分の考えだけで動く場所ではなくなったと知った。
ベルグたちは戦場の片づけも自分たちで決めた。折れた武器は農具の材料へ。壊れた鎧は防壁の補強へ。兵が残した食料は子どもと負傷者へ先に配る。
「指示しなくていいのか?」
アザリアが尋ねる。
「皆、自分で考えてる」
「ジュンが教えたからです」
「俺だけじゃない。皆で暮らしたからだ」
守られるだけだった難民は、もう街を守り、敗者まで助ける側へ育っていた。
「あの……八神ジュン様、なんですか」
「様はいらない。騙すつもりはなかったんだ。言う機会がなくて」
「勇者に捨てられた人だって噂は聞きました。でも俺たちを救ったのは、あなたです」
ベルグが片膝をついた。
「この村の領主になってください」
ほかの者も膝をつく。
ジュンは慌てて手を振った。
「待て。俺に領地を治めた経験なんてない」
「俺たちにも、村を作った経験はありません」
「それは威張るところじゃない」
「なら、一緒に覚えましょう」
ニナがジュンの服を引く。
「ジュンお兄ちゃん、ここにいてくれる?」
逃げられない質問だった。
「分かった。ただし領主じゃない。まとめ役だ」
「領主様!」
「話を聞いてたか?」
笑いが広がる。
その夜は、村を守った祝いになった。兵が残した食料を分け、久しぶりに腹いっぱい食べる。
セフィラは壊れた家の図面を引き直し、アザリアは井戸から水を運んだ。ジュンは一人ずつ、できることと必要なものを聞いた。
ここはまだ廃村だ。
だが、捨てられた場所ではなくなった。
宴が終わり、ジュンは外れの小川で顔を洗った。
水面に黒い影が映る。
背中から、翼が生えている。
振り返ると何もない。もう一度水面を見ると、影も消えていた。
「同化率は」
背後からセフィラが聞く。
「五%だ」
「二人でそれなら、七人全員を解放したときは?」
「計算どおりには増えないかもしれない」
「増えない保証もないわ」
彼女はジュンの背へ手を当てた。
「隠さないで。あなたがあなたでなくなれば、救われた意味がない」
「分かった」
「今の返事は嘘ね」
「どうして分かる」
「文字を教えた女よ。顔にも書いてあるわ」
村の反対側では、撤退する騎士の一人が何度も背後を振り返っていた。
月明かりの下、彼にははっきり見えていた。
八神ジュンの背後で開いた、一枚の黒い翼が。




