影を縫うように(8)
朝食を終え、俺たちは合成紅茶を飲んでいた。
最近では良く分からない植物が混ぜられている。
家の周りに自生する「ハーブ」と分類される物を使っている。
慣れない味に匂いだけする植物だと感じていたが、最近では旨いと思うようになってきた。
「匂いだけ酸っぱいこの植物は良いな」
俺はそう言った。
「ハイビスカス!名前覚えてあげなよ」
彼女はそう言った。
「名称に必然性を感じない、酸っぱい花弁で十分ではないだろうか?」
「折角可愛い花をつけてるのに…」
「カワイイか、俺もその語彙は知っている…植物にも適用するのか」
「そう!君にも有るでしょ。そういうの?」
「有るには有るが、俺にはカワイイと感じる存在に注意してこなかった」
「有るなら何?」
「君だ」
「君をカワイイと言う語彙で認識している」
「だからハイビスカスがカワイイと言うのは違う、そう思った」
ヒロインが目を開いて驚いた顔をしている。
「なっ…ぐ、不意打ち」
「友軍に対する不意打ちは倫理に反するが、君は俺の評価を侮辱と感じていないようだな」
「君への不意打ちは効果的。学習した」
「そんな学習してどうすンのよ」
「俺は君の見返りを求めない奉仕の心に感動した」
「ムショウのホウシ…ムズっ!」
「俺も君に学び、君の喜びを自分の喜びとしたい。そう考えている」
「もっと簡単に言って…難しい」
「君と一緒に笑っていたい」
彼女が笑った。
俺の中が豊かなもので満たされる。
「イーカンジ!良いんじゃない?」
「俺もイーカンジだ」
俺はそう言った。
「君に渡したいものがある」
「何?」
俺はポケットから銀色のチェーンで結ばれた認識票をテーブルに置いた。
「何これ?」
「東方聖騎士団の認識票だ。君への返礼を考えたがこれしか思いつかなかった」
「へ~~~~」
ヒロインが摘まんで認識票を眺める。
「何て書いてあるの?似てる文字はあるンだけど読めない」
「Playerという古代共通語で俺の名前だ」
俺は首に下げた守り袋をシャツから出す。
「これは俺の戦友のFriendのものだ」
「俺に付ける資格は無い…そう思っていた」
「だが、今の俺なら違う。君の言うナントナクでそう思った」
「どうか受領して欲しい」
俺は頭を下げた。
「今までイチバン嬉しい!」
彼女がそう言う。
俺は頭を上げる。
「君の配慮に深い感謝を捧げる」
「どうか聞いて欲しい‥‥」
俺は言った。
「俺は始祖に言われた「人類のために」その誓いを戦友は今も共に果たしているのだと」
「どうしても受け容れられなかった…」
「だが君の手を握り、眠られるようになった」
「これは君からの無償の奉仕によるものだ…」
「それだけじゃない兄弟の己をかけた献身が無かったら俺はどうしようもなかった」
「なにより…今こうして君の善意を受け止めることが出来るのは」
「死んだ戦友たちが俺を今日まで見守ってくれたからだ」
「彼らの「人類のために」その誓いが俺に向けているものだと気づいた」
「俺は…愚かだ」
彼女はジッと俺の話を聞いてくれた。
「多くの人々に支えられ続けていた事に気づけなかった」
「俺は戦友と誓約した「人類のために」この誓約を君にこそ捧げたい」
「主のためじゃない、俺の命ある限り君と共に歩きたいと思っている」
彼女が胸元の守り袋をシャツから取り出し、俺の認識票と繋げる。
「どう似合う?」
彼女が言う。
…言葉にならないもどかしさが有る。
「勿体ないな…」
「この感情を言葉にするのが惜しい、そう思っている」
俺は素直に言った。
「それは君にこそ相応しい」
彼女はうーーん、と考えてる。
「君にしては頑張った方かな」
「イーカンジになるよう努力する」
俺はそう言った。
今の気分はそう…イーカンジだと思った。
「じゃあ!チューして良い?」
彼女が言った。
「チューとは?」
「キス!接吻!口づけ!分かるよね?」
うっ‥‥。
したい…。
したいが怖い。
「努力の宣言をして申し訳ない、君は驚くかもしれない」
「なになに?」
「こ…怖い」
「怖い?!」
「君が…ではない、それをしてしまう事で…俺は自分の行動が予測できない」
「そこは…ねぇ若い者同士の成り行きで、ネ」
「君に苦痛を伴う生殖行為をする脅威を感じている…止まる自信が無いんだ」
「苦痛って!それだけじゃない…と思うけど」
「君を壊したくない」
「ど、どんだけスル気なの?!」
「予測できない…」
「俺もマスターベーションをして発散するが、その比ではない行為になる」
俺は立ち上がる。
「ここでいくら推論を立てても君は納得してくれないと思う」
「外に出てくれ、立ち合おう」
俺と彼女は10歩の距離で向かい合う。
守り袋の回線は彼女だけが盗聴可能にし、マッスルスーツは彼女の身体能力まで俺を制御している。
「マジでやるの?その条件だと君は勝てないよ」
「俺の推論も同じ結論に達している」
「身体能力が同じなら、剣術の理合いを知っている君が勝っている」
「君が勝ったら俺を好きにして良い」
「元からそのつもり」
彼女は距離を一気に詰める。
正解だ。
戦力差が明確なら駆け引きなどに応じるのは愚策だ。
俺は何も考えない。
刺突が次々と繰り出される。
早いという次元ではない、避けた先に置かれている。
俺はそれを瞬間で躱し、それでもどうしようもない攻撃は裏拳で叩き落す。
「覚えたよ…それ」
彼女が距離を空ける。
武器の間合い分彼女が有利だ。
彼女は安全圏を確保しながら一つ一つ摺り潰す。
「君に教育すべきだったな」
「獲物を前に勝ち方を考えることは愚か者のする事だと」
「それ、もう通じないよ?」
「君が道具を選ばなかった理由も武器は弾かれる隙があるからだよね?」
極めて快活な気性と、俺との力量差で自覚がないだけだ。
彼女は天性の戦士としての感性を持っている。
「攻めさせてもらう、止まると思うなよ?」
「今度は対格差ね」
互いに駆け出す。
完全に虚を突かれた。
今更引けない。
グラップリングに持ち込もうと差し出した右手が避けられる。
武器を掴まれることを読むか…
右腕に衝撃が走り、マッスルスーツが右腕を拘束した。
彼女は間合いの外に居る。
「切られた判定だね?」
「無論だ。兄弟は厳正なジャッジをする」
さて…全ての前提条件は整えた。
「…結果だけを述べよう」
「君は俺に勝てない」
「それ、ブラフじゃない…マジだね」
「俺は君が必ず攻めるように誘導した、報酬から前提条件まで全てだ」
俺はゆっくり歩きだす。
「俺は自分を押さえつけ過ぎていた…良い機会だ、全てを感じて欲しい」
彼女が後ずさる。
「どうした?」
「全てが君の優位だ」
俺の前進と彼女の後退が等間隔で進む。
「…。」
読み合いを捨てた。
こちらの提供する情報に欺瞞を感じたな…。
甘い。
「いくぞ!」
俺は己の中に有る、彼女への感情を開放する。
この湖畔で感じた彼女の表情、肉体、体温。
この守り袋で感じた温かさ全てだ。
…君の全てが欲しい!
「…がっ!」
彼女が態勢を崩す。
精神感応のオーバーフローの影響だ。
俺は彼女に駆け出す。
刺突躱すまでもない。
左手で払い、彼女に組み付く。
藻掻いても無駄だ、グラップリングは理合いと反射の融合。
実戦経験が俺が上回っている以上。
「おへのかひだ(俺の勝ちだ)」
背後から俺の左腕が巻きつき、俺は自分の二の腕に噛みついていた。
彼女はジタバタ藻掻くが外れない。
彼女は武器を捨てて両手を上げていた。
俺は拘束を外す。
全身の拘束感が解放され、身体能力が戻る。
「これで分かっただろう…俺は危険なんだ」
グルン!とヒロインが振り返る。
「でも!これって両想いじゃん!」
「頭の中全部私!」
ニコニコ笑っている。
彼女が抱き着く。
「私負けたからハグで勘弁してあげる!」
「ギュってして!」
「き、君は話を聞いていたのか?」
「キスは諦めるから!ハグ!」
「だが…」
「む…」
彼女が俺の胸元で俺を見る。
「あ…」
俺の中で抑圧していた感情が小規模な爆発を始める。
湖畔で見た彼女の裸体が思い出された。
「く~~~~っ、効くヤツじゃん!」
「謝罪する、これは不可抗力だ。助けてくれ…」
抱きしめて自分の物にしたい…。
駄目だ、それは支配だ。
俺の中で感情が拮抗する。
「シエンを求めるってやつ?」
「そうだ君の支援が必要だ」
「じゃあギュってして優しく…」
「了解した」
俺は可能な限り、優しく抱きしめた。
体を支配していた感情が穏やかになる。
「俺からも良いだろうか?」
「もう少しこのままでいたい…」




