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座標を失って(2)

俺は野営地に戻る。

既に外は明るくなっていた。

まず彼女の居る部屋を覗いた。

ヒロインはベッドの上で膝を抱えている。

信徒ならば主の慈悲に縋ることができた。

彼女は違う。

表情は見えないが、深い絶望を感じているだろう。

俺はその苦しみを知っている。

20年以上前から抱えたまま生きている。

ここには報復すべき相手は居ない。

俺は彼女に転移した場所の状況を伝えない事にした。

楽になる選択をするだろう。

その部屋を後にすると、家屋に残された道具をリビングに集めた。

大して時間は掛からなかった。

インカムに兄弟からの通信は無かった。

今出来る最良をしている時に支援は必要ない。

俺はそう思った。


暇だ。

演算領域にかなりの空きがある。

タスクを割り振ってくれ。


兄弟の通信をインカムが受信した。

「warmachineに掃除をさせるのか?」

俺は聞いた。


廃棄するものはまとめとけ

俺は湖の周りを散歩でもしてくる


「痕跡を‥‥」

誰かが発見するのか?

人類が消失したこの場所で。

「支援要請。ドローンを展開して周囲の探索」


いいぜ暇つぶしにはなる


兄弟が通信を切った。

外からwarmachineの重い歩行音が続き、段々と遠くなる。

「‥‥お前も壊れたのか?」

俺はそう言った。

彼女を不潔な部屋に置くことは出来ない。

比較的マシな部屋を探し、そこを徹底的に掃除する。

天井によじ登り、上からハタキで埃を落とす。

どれほど放置されていたのだろうか、膨大な粉塵が舞う。

壁をウエスで徹底的に拭く、部屋の隅にこびりついた汚れを掻き出す。

何も考えたくない。

西暦4000年で徹底された衛生管理を無心で再現した。

2時間が経つとその部屋は人が暮らしていけるだけの清潔さを取り戻した。

俺はwarmachineから運び出していた野営用の装備を展開する。

簡易ベッド、机、椅子。

それだけを置く。

俺は彼女の居る部屋に戻った。

ヒロインは膝を抱えたままで何も言わない。

レーションに手を付けた形跡もない。

「他の部屋に行こう」

俺の言葉に反応は無かった。

彼女の座るベッドに歩み寄る。

反応はやはりない。

彼女を抱え上げる。

目が合った。

悲しみを通り越した絶望。

それがあった。

今日まで僅かな間旅をした。

感情で何もかもを振り回す活発さ、それが消失していた。

彼女が旅の途中出奔し、居なくなった不安とは違う。

根源的な不安。

生きながら死んでいる。

俺はそう観測した。

「居心地は良くした」

俺はそう言いながら彼女をベッドに横たえた。

机の上に置いたメディキットを開く。

彼女の腕をアルコールで拭き、栄養剤のアンプルを注射した。

僅かな反応がある。

「食事を取らないのか?」

俺は聞いた。

反応は無い。

絶食で死のう。

そんな決意が、手つかずのレーションから観測された。

それが悪いとは感じなかった。

彼女の中にはまだ決意を保持するだけの余力が残っている。

「睡眠剤がある」

反応はない。

無理やり飲ませるか?

自分の中の問いに即答する。

抵抗されるだけだ。

俺はそっとヒロインの顔を撫でる。

拒否する反応はない。

そう思った。

顎に指先を当て…僅かに弾いた。

彼女の視点が泳ぎ、軽い脳震盪を確認した。

メディキットの中から水と睡眠薬を取り出すと、彼女にそれを飲ませた。

体の動かない彼女はそれを、ゴクリと飲み込んだ。

身体機能が回復する頃には眠っているだろう。

俺は立ち上がる。

俺は医官ではない。

だが人体には自らを修復する機能が備わっている。

それは本人の意思すら凌駕する。

「任務の達成を期待する」

俺は彼女の肉体に声をかけた。

部屋から出る。

(君って常識がないよね)

彼女の声が脳内に響き、俺は振り返る。

それは幻聴だった。

胸が締め付けられる。

何故彼女ばかりが、これほど悪意のある試練を課せられるのか。

今日までお傍で俺を導いてきた主はこれを見ているのか。

「見守っておられる‥‥」

俺はそう呟いた。

ここは彼女が居るべき場所ではない。

日常に帰るべきだ。

俺は‥‥俺はなぜ彼女の報復に加担してしまったのか。

それは教義の定める、正しき報復だからだ。

俺ならば…執行者たる自分なら可能だ。

そう思っていた。

何もかも甘かった。

この現状は俺が招いた事態だ‥‥

彼女を元の場所に戻す。

俺は拳を握っては開いた。

まだ動く‥‥まだ抵抗できる。

俺が俺である限りまだ終わっていない。

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