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家庭内ホームレス  作者: とららん
第四章 家族の代償
18/30

家族の代償 3

―※―


 マイペースで、何を考えているのか分からないホームレス少女アキラ。忍はそんな人間となぜこんな腐れ縁のようになってしまったのか、ふっと思い出した。

 

 それは、四ヶ月ほど前、二月の終わりの寒い日だった。

 ジャンパーに付いたフードで頭を覆い、忍は小走り最寄りのコンビニへ足を進めていた。


 この日は、店長に廃棄分の弁当の横流しを頼もうと思っていた。だが、偶然にもその日は本店からの社員が店の様子を見に来ていた。

 店に入った瞬間、異様な空気が流れ、社員であろう紺色のスーツの男の目を盗み、大柄な店長がスキンヘッドの上で、小さく指でバッテンを作って見せた。

 フランチャイズチェーンの食品関係は、売れ残りの食品の廃棄にやたらとうるさい。

 主に食中毒などを警戒してのことなのだろうが、今の忍には迷惑極まりない行為だ。

 どうせ捨てるなら、自分のような家事のできない人間やホームレスにでも配れば良いと思うし、食べ物を粗末にするなと言ってやりたい気分にもなる。

 

 ある意味、子供らしい発想ではあったがそんな屁理屈が通じる訳もなく、店長も大人しく一社会人として世の中の通りに従っているわけだ。


(今日はダメってことか)


 店長の合図はすぐに理解できた。日が悪かったと、肩を落とすが、店長はちょっと待てと言った感じで、今度は指を非常口へ向けた。

 何かあるのではと言う期待を持ち、忍が店の裏手へ回ると、空の瓶ケースの上にビニール袋が置かれていた。中身はパンが数個と牛乳。しかも、期限切れではないものだ。

 忍が来ることを予見していたのか、見つかっても、自分で購入した私物だとごまかせるものを用意してくれていたようだ。


「サンキュー店長。仕事頑張ってくれ」


 ビニール袋の取っ手に腕を通し、忍はそのまま炊き出しのある河川敷へと足を向けた。

 だが、思いもよらぬ事態が起きた。コンビニから歩いて、河川敷まで目と鼻の先だった。ほんの二、三分の距離だ。

 そのはずだった。目の前に、こんなモノが倒れていなければ・・・・・・。


 それは、紛れもなく人だった。

 長い間、洗髪やクシなどで手入れをされていないのか、赤みがかった黒くて長い髪は、ぼさぼさでフケも見え、板の切れ端のように所々固まっている。

 そして、それが羽織っている物は、本来なら高級ブティックのショーウインドウでマネキンに着させるような、高価な女性物の白いダウンコート。しかし、それも黒ずんでいて、今ではかつての品質も見る影がない。

 オマケに素足に運動靴。傍らには少し大きめのリュックサックが一つ。体型からして女だろうか、それがうつ伏せに倒れている。

 声をかけるべきか、無視して通り過ぎるか忍は本気で悩んだ。

 明らかに、画に描いたようなホームレスだ。救急車を呼ぶべきか、しかし、そんなことをすれば、炊き出しの時間に遅れてしまう。

 店長から渡されたパンは、言ってみれば貯蓄だ。無駄に消費することは許されない。


(見なかったことにしよう)

 

 そう、堅く決意した瞬間だった。


「あ、ああああああああああ」

 

 地獄の底から絞り出すような低い声、それと共に女が顔を上げた。長い髪の間から見える瞳は、奈落のように虚ろだった。


(コイツ、ヤバイ)


 関わらない方が良いと、忍はさっさと横切ろうとするも、横たわった女が、素早くそれに掴みかかった。


「おわぁ!」


 ガサっと言う、耳を突く音に気づいたときには遅かった。女は忍の袋を力任せに体全体で抱え込み、転がるように奪い取った。

 たまらず忍が手を離したときには、女は袋に手を伸ばしていた。

 バリっと包装されたビニールが乱暴に破られ、哀れ店長から渡されたパン達は、無残にも獣のような女の口に蹂躙されることとなった。


「うめえ・・・・・・」


 ほんの数秒で数個のパンをたいらげた女は、満足したかのように立ち上がると、ぺろりと舌で唇を舐めると、両手を合わせて忍に言った。


「ごちそうさまでした」


 髪の間から見せた女のニッコリとした笑顔、女、と言うよりも、大人びて見えるが、まだ少女のようだ。彼女が発した言葉は、本当に感謝をこめた『ごちそうさま』だった。だが・・・・・・。


「お前、人の食い物に何すんだ!」

「美味しく頂きました」

「そうじゃねーだろ! ああ、もう・・・・・・」


 食べられてしまったものはしょうがない。忍もその辺りの割り切りの仕方は理解している。ホームレス相手に弁償は望めない。だが、納得がいかない。


「ねえねえ」


 頭を抱えて悶絶する忍に、少女が前屈みになって、見上げるよう忍の顔を覗き込んだ。

 よく見ると、忍と同じ歳か、それよりも上に見える。先ほどの奈落のようなものとは打って変わり、輝くような大きな瞳と笑顔は、みすぼらしい格好とは裏腹に明るい物だった。


「くそ、なんだよ」


 まだ怒りが収まらないが、どう責めて良いかも分からず、忍は吐き捨てるように答えた。


「河川敷の炊き出しって、どこでやってるの?」


 思い返せば、アキラとの出会いは、漫画にあるような話しだった。

 目的地が同じということで、仕方なく忍はその少女を公園まで連れて行くことにする。到着したら、知り合いのホームレス、誠司にことの次第を話し、押しつければ良い、そんな浅い考えだったのだが・・・・・・。


「あ、誠司来たよ~」

「遅いから心配したぞアキラ。道に迷ったか?」

「ここに着く前にぶっ倒れちゃって、この子に助けられちゃった」


 先ほどは幽鬼と見紛うようなアキラだったが、今は元気が有り余っているのか、他のホームレスや炊き出しの風景を珍しげに見回している。

 忍は速く列に並びたい気持ちはあったのだが、このままだと歯切れが悪い気がしたので、誠司に話しを聞くことにした。


「アキラは最近流れてきたらしくてな、隣町の駅の地下道で知り合ったんだが、炊き出しの場所を教える代わりにアルミ缶二袋と交換してもらた。ちなみに大体、六百円くらいになって良い稼ぎだったぞ」

「地下道?」

「雨露は凌げるが、ホームレスを狙った馬鹿にちょっかい出だされやすいからな。女の子には危険だろ」

「ホームレスってよりも、どうせ家出娘ってとこなんだろう。好きにさせればいいじゃん」

「そのホームレスに混じって恵んで貰っているお前がよく言えるな」

「俺には家があるから良いんだよ。家族は帰ってこないけどな」


 誠司の皮肉を突き放すように、忍は自分に言い聞かせた。

 だが、それを聞いた誠司はニヤリと悪代官のような笑みをこぼした。


「なら、アキラを住まわせてみないか?」


 突然の誠司の提案に、忍は「嫌だ」と即答しようとしたが、誠司は続けた。


「もちろん、タダじゃない。この前渡したバイト先のカップ麺も二箱付ける。個じゃない箱でだ。それから、ピーナッツも三袋と缶コーヒーも五個でどうだ?」


 今の忍には魅力的な交換だった。忍は家事ができない。特に難題となっているのは食糧だ。親から渡される金でやりくりしても、育ち盛りの忍にはコンビニの弁当や、ファーストフードに頼ってばかりでは金が持たない。炊き出しに通う理由の一つはそれだった。

 せっかく店長が捨て身で渡してくれた食料もアキラに食べられたばかりで、まだ腹が立っているが空腹で頭の回転が鈍っているのか、目先のことしか考えられなくなっていた。


「分かったよ。でも、アイツ女だろ。若い男女って、警戒されるんじゃ――」

「アキラ、忍が自分の家に来いって言ってるぞ」

「行く!」


 即答で決まってしまった。


「じゃあ、改めまして、アタシは神原アキラ、十四歳」

「十四!?」っと、忍は驚いて声を上げた。

「そ、十四。ええっと、忍は?」

「十六・・・ってか、アンタ、どう見ても俺と同じか上くらいに見えるけど・・・・・・」


 小柄かもしれないが、アキラはとても年下には見えなかった。


「まあ、若作りってよく言われてる。取りあえず、忍が年上ってことでよろしく」


 アバウトな性格なのか、何かを隠しているのかは分からなかったが、寒い曇り空の下、差し出されたアキラの手を握り、忍はほんの少し温かいと思った。


「じゃあ、話が纏まったようだし、今日はアキラの歓迎会ということで、炊き出しが終わったら忍の家で宴会だな。取って置きの酒も持って行くことにしよう」

「賛成! 誠司気前良いわね。マイホーム、バンザーイ!」


 誠司の言葉に、アキラが両手を挙げて歓喜の声を上げた。


「お前も未成年のはずじゃ・・・・・・」

 すでに忍の言葉は、アキラには届かなかった。


―※―


 今思えば、勢いで言いくるめられたような話しだった。だが、この時の忍は、素直にアキラや誠司とのやり取りが楽しいと思った。その時だけが、嫌なことだらけの家族のことを別の世界の出来事のように思えた。

 その気になって我慢すれば、忍一人なら親の金で何とかできなくもなかった。だが、炊き出しに通うもう理由の他にも、誰かとの繋がりが欲しかったのかもしれない。


「きっと、あの時の俺の居場所だったのかもな・・・・・・」


 だからこそ、それを奪った鈴乃の存在が許せなかった。

 病院の天井を仰ぎ、忍はふと自問した。

『何故、俺はさっき泣いたんだ』その問いが、自分の不安に拍車を掛ける。


(俺は・・・鈴乃をどうしたいんだ。何も見えない。でも、それでも、俺は・・・・・・)

今年の投稿は今回が最後になるかと思います。

皆さん、よいお年を。

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