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Belief of Soul〜薔薇の棘〜  作者: 彗暉
第八章
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三十八話

 マーシャルは、星すら見えない夜空を見上げているウィオラを横目で見た。不安げな、それでいて思い詰めたような表情をしている。

 マーシャルはウィオラの前に立ち、両肩に手を置くと、決心したように口を開いた。

「わたしも思ったよ。ウィリアムはコンティーレの笛の音で幻覚を見せられてた。ウィリアムの話では笛使いは途中で演奏をやめていたけど、旋律の効果は歌い切ることによって顕現するわけじゃない」

 ウィオラは真剣な表情を変えずにマーシャルを見返している。マーシャルは一呼吸おくと続けた。

「だから、ウィリアムが見た二人の最期は幻覚だったって、思ってるんだよね」

 ウィオラの目が揺れた。それでもマーシャルは言葉に出した。

「でも、幻覚は完全な嘘は作り出せない。聖歌にもそんなものはなかったでしょ?」

「わかっていてよ。ですけど、だからと言って諦められない。世界は広くってよマーシャル。わたくしはジルクが死んでいないと信じる。生きている可能性があるなら、助けに行かないなんてことはできませんの」

 マーシャルは頷きながらウィオラの頭を撫でた。その希望を持ち続ければ歩き続けることができる。絶望ではなく希望に顔を上げて明日を迎えることができる。希望の光は強く暖かいけど、だからこそ、それに焼かれて欲しくない。

 マーシャルは力強くウィオラを抱きしめた。ウィオラはマーシャルを押し返し、正面に立つと顎をくいっと上げて背筋を伸ばした。それから、マーシャルが口を開くよりも早く、ウィオラは真っ赤にした目に炎を秘めて首を横に一度振った。

「わたくし一人で行かせて欲しくてよ」

「え」

 ウィオラは夕暮れの薄い雲のように微笑んだ。

「やっぱりついてくる気だったようね。あなたには、他にやるべきことがありましてよ」

 それに、と言いながら肩にあるはずもない埃を摘み息を吹いた。

「安心して。エクエス=シュヴァリン様には相談するつもりでしてよ」

 マーシャルは鈴を転がすように笑い頷いた。

「わかった」

 長靴が石敷きの床を叩く音と鎖帷子の擦れる音がして二人は振り返った。

「お嬢さん方。急に隠れんぼをしてくれるなんて、いいユーモアだ。起こしてくれてもよかっただろ」

 十四歳のジャックが二人を見上げてぶすっと言った。

「あら、寝る子は育つとよく言いましてよ」

 ジャックは音がしそうなほど顎を筋張らせて目を細めると、ウィオラと同じように顎をくいっとあげて見下ろし合った。




 エクエス=シュヴァリンは金糸や天鵞絨といった豪華な膝丈まである胴衣を纏ってはいるものの、その素性は瀟洒だった。午前中にプルッケル自由都市に到着し、賓客として迎えられたシュヴァリンは、立食形式の饗宴に主賓として参加していたが、意識にあるのは常に戦場のことだった。だから、彼は豪華な天蓋付きの寝台が用意された部屋を勧められたにもかかわらず、それを丁重に断り、陽が落ちて間もない暗闇のなか、港に向かっていた。

 そして彼は微笑んだ。奇遇にも、探そうとしていた人物たちが現れたからだった。

「よき時間を過ごせたのかな、乙女と我が従士よ」

 ジャックは誰よりも素早く胸に手を当てて恭しく敬礼した。

「はい、エクエス。ゆうに五時間、睡眠をとることができました」

「寝られるときに寝ておくのはいいことだ」

 ジャックは目を細めた。

「それで、どうだったのだ、二人は。望みは叶ったのかな?」

 訪れた沈黙に、シュヴァリンはわずかに灰色の目を細め、傷のない右頬を上げた。

「なにか決意し、もはや動かないと見た」

「わたくしは、ジルクートを探しに行きます」

 有無を言わせない物言いに、しかしシュヴァリンは笑みを崩さない。

「その必要はない。我が同僚のエクエス=フォルツが捜索に当たっている。生きていれば見つけるし、死んでいればその証拠を見つけてくるはずだ。彼は二十代後半に見えるが、実は百五十歳だ。誰よりもいろいろなことを経験している。あいつならきっと見つけてくるはずだ。何かしらを。だから、信じてやってはくれないか。君にはここで歌の練習を続けてほしい。歌が無理なのならば、臨時の看護師として貢献してもらうこともできる。君がどこかに行くとなると、誰かを付き添わなければならないし」ジャックが背筋を正した。シュヴァリンはそれを無視した。「そんな人員を割くことはできない」

「従士様をお一人つけていただくことはできませんの?」

「私の従士か? 今は七人と見習いが一人」

「見習いって俺のことですか?」

 シュヴァリンとマーシャルとウィオラの無言の視線に、ジャックは目を揺らがせて黙り込んだ。

「従士は貴重な戦力なのだ。君の苦しみはわかる。私も戦場で友を失ったのは一度や二度ではすまない。八十年も生きているからな。あぁ、こう見えて八十年生きている。それで、わかってくれるかねウィオラくん。戦力は割けない」シュヴァリンはチラッとつんつんの黒髪頭を見下ろした。「たとえ従士でも」

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