魂をかけて
「ひっ、ひっ、ひ・・・きゃあああああ!!!」
ルシハまでもが悪魔へと変化した為に、恐怖が振り切れた女性は叫び声をあげた。
「うるさいの。」
ベガは女性をチラリと見るとその手に炎の球を生み出した。
「消えよ。」
「っ!危ねえ!」
ベガがそれを放り投げる前にルシハは女性に駆け寄り、両手に抱えて飛び退いた。
ゴオッ!
次の瞬間、直前まで女性がいた場所は炎の海と化す。
「きゃああ!!」
「お前も黙ってろ!」
女性はルシハの怒鳴り声に怯えながらもその口を両手で塞いだ。
「ルシハ、この細い路地じゃ逃げ場がない。広場へ!」
「分かった!」
クレアの声にすぐさまルシハは反応し、ベガに背を向けて広場へと走り出す。
「逃さぬわ!!」
すぐ後を追いながら、ベガは炎の球を投げつけてくる。
ルシハは壁を蹴り、細い路地を飛び回りながら追撃を交わしつつ、遂に広場へと飛び出した。
「よし!」
ルシハがその広場のど真ん中へと降り立つと、途端に周囲はパニックとなる。
「悪魔だ!」
「悪魔が出たぞ!」
悲鳴と怒号が飛び交い、蜘蛛の子を散らすように人々は我先にと争って逃げていく。
ルシハの胸はズキリと痛んだが、いまは気にしていられない。
「ほら、あんたもさっさと逃げろ!」
そう言ってルシハが女性を下ろすとすぐさま後ろを振り返る。
そこには丁度路地から姿を表したベガがいて、ゆっくりと近づいてくる所だった。
「あ・・・その・・。」
下ろされても女性はその場でまごまごしていた。
「どうした?早く行け!」
ルシハが急かすと、女性はびくりとして駆け出したが、2、3歩走ってから振り向いた。
「あの、ありがとう!」
思いがけない言葉に、ルシハは面食らう。
「い・・・いいから、早く!」
ルシハのその言葉に女性は深く礼をして、再び走り出していった。
追いついたベガは不思議そうな顔をしてそれを見ていた。
「悪魔のくせに、人みたいな事をするのじゃな。」
「悪魔じゃねえ!人だ!」
ルシハはその言葉に噛み付くと、ベガへと突撃した。
ルシハが足に力を込めると瞬時に足元が弾け、次の瞬間にはベガの目の前へと躍り出ている。
「!!」
「おおおおおおお!!」
大地を震わす雄叫びを上げながら、ルシハは腕を限界まで引き絞り悪魔の顔面へと全力で右拳を奮う。
バキイイイ
辺りには雷が落ちたような轟音が響きわたり衝撃波が生まれた。
しかし
「!?」
「・・・なんじゃい、この不抜けたパンチは。ふざけとるのか?」
拳の向こう側で、ギョロリと動いた目がルシハを捉えた。
ルシハの拳は悪魔の顔面をど真ん中で捉えていた。直撃である。しかし悪魔には全く効いた気配がない。
「ちっ。」
隠しきれず顔に動揺が浮かんだが、すぐに振り払う。
即座になぎ払うような反撃の拳がルシハへ迫ってきたがすぐさま拳を引いてベガの肩を蹴り、体ごと飛び退いてそれをかわす。地面へと足が付いた瞬間に時計回りに円を描くようにベガの死角に回り込み、体を前へと倒し頭を低くして再度弾丸のように飛び込んでいく。ベガは追いかけるように振り向きつつ、その回転を利用した迎撃の回し蹴りをルシハの低く構えた頭を狙って放つ。だがルシハは少しも怯まずに更に体を前傾にしてそれをかいくぐる。懐に入ると倒した体を起こしざまにカウンターの左ボディブロー、間髪を入れずに地面を蹴りそのまま垂直に飛び上がると下に気を取られたベガの死角から右回し蹴りをその横っ面へと叩き込む。
「ぬがっ!」
衝撃で体がズレたベガを追いかけてその顔へと飛び膝蹴りを放つ。
ベガはその膝を防ごうと腕で顔を覆ったが、来るはずの衝撃は来なかった。
「こっちだよ間抜け!」
ヴァシィ!!
残像を残してベガの後ろに回り込んだ渾身の回しかかと落とし。それは見事に脳天に直撃していたが、ベガはその足を左手でむんずと掴む。
「思ったよりやりおる。」
ベガは掴んだ足をそのまま目の前に持ってきて思い切り右手を振りかぶる。
「お返しじゃ。受け取れ。」
ゴオと空気を切り裂いて砲弾のような拳がルシハへ迫る。
「くっ。」
ルシハは両手をクロスして亀のように丸くなり顔面をガードしたが、ベガは構わずその上から拳を叩きつける。
受け止めた腕の骨が砕ける音がして、その衝撃に吹き飛ばされたルシハは10mほど地面を滑り転がるように起き上がる。
「あいつの拳は何なんだ!重すぎる・・・。」
「お主の拳が軽すぎるのじゃ。その身のこなしには正直驚いたが、攻撃力はてんで対した事ないわい。」
折れた腕を修復しながら次の手を考える。
「打撃がだめなら魔法で勝負だ!クレア!」
「分かってる!」
ルシハはそう言うと魔力をその両手に集め始めた。
「複合魔法を使う気か。」
複合魔法。二種類の元素を混ぜ合わせることにより本来有りえない程の威力を生み出す二重魔法使いだけに扱うことを許された大魔法である。
「いいわよ!」
クレアのルシハの両手のひらには赤黒い火の玉が浮かんでいた。
「喰らいやがれ!!」
ルシハは掛け声と共に飛び出しその両手を合わせてベガへと突き出した。
「グランシルド。」
ベガの目の前に土の障壁が生み出されたが、ルシハはそれに構わず魔法を放つ。
「ヘルファイア!!」
魔法が放たれた瞬間、地を揺るがす轟音と共に大爆発が起きる。
マグナとアークによる複合魔法、ヘルファイア。それは地獄の炎に例えられるほどの爆発力と火力を持ち、目の前の全てを吹き飛ばす威力を持つ。
爆炎が晴れると、そこには土の障壁をまるごと吹き飛ばされ、胴体の半分を失ったベガが居た。
「よっしゃあ!」
ガッツポーズをするルシハだったが、ベガはそれをあざ笑う。
「なあ!?」
ルシハの目の前でベガの吹き飛ばされた半身が時計の針が巻き戻るように再生されていく。
「残念。」
「まさか・・・。」
「クレア、もう一度だ!」
ルシハは再び魔力を練り始める。
「よし。」
先ほどの時間も経たずに、ルシハの手には野球ボールほどの光の球が浮かんでいた。
「これで、どうだ!」
ルシハは弾丸のように飛び込み、ベガの後ろに回り込むとそれを背中に押し当てた。
とたんに眩い閃光が辺りを包み、ベガは火の塊となる。
マグナとボルドによる複合魔法、ジオスパークボム。圧縮された光球は敵にぶつかると火と雷となって弾け飛び、触れたもの全てを焼き尽くす。
「無駄よ!」
しかし、ベガは全身を燃やされながらも笑っていた。
「もう気づいただろう。儂はお主らの研究成果によって新たに生み出された悪魔憑きじゃ。元となった人の精神は崩壊してしまったゆえにデュアルスペルは使えないが、単一個体としての戦闘能力は随一じゃ。もちろんクレアの回復能力もきっちり受け継いでおる。」
「だったら頭を吹き飛ばせば終いだろ!」
ルシハはその言葉と共に飛び出していく。
「ふんっ!」
ベガが振るった右フックがルシハを捉えたように見えたが、それは残像だった。
「おせえんだよ!デモンズランス!」
ルシハの手に握られた槍が、ベガの頭を貫通する。
エアとグランの複合魔法、デモンズランス。堅いグランを鋭いエアが包み形作られた槍は何者も貫通する。
「確かに普通はそうなんじゃがの。」
「そんな・・・。」
「何事にも、例外というものがある。」
次の瞬間には、ベガの頭は綺麗さっぱり元通りとなっていた。
「打撃もダメ、魔法もダメ、頭を吹き飛ばそうがそれすら再生する。一体どうすれば・・・。」
「まだだ!」
クレアが弱音を吐く中、ルシハは諦めていなかった。
「どうする気?」
「俺にはまだこいつがある!」
そう言って両手を顔の前に持ち上げ、握りしめて最後の希望を唱える。
「ディガウト!」
ルシハがその呪文を唱えると、その体からあふれた光が両手へと集まっていく。光が収まったとき、その両手に纏っていたグローブの色は、未だ黒いままだった。
「・・・・くそ。まだ俺の心は黒いままなのか。」
ルシハはその何も変わっていない色を見て苦い顔をした。
「ルシハ・・・。」
「だが・・・、今はちょうどいい。これなら勝てるぜ。」
強欲な掌の特殊機能は魔力簒奪。その能力は相手の魔力を奪うこと。これならダメージが通る必要はない。
「くらえ!」
ルシハは何度目か分からない突撃を敢行した。
「ヤケになったか?お主の貧弱な拳など効かぬと言っている!」
「大真面目だぜ!後で吠え面かいても許さねえからな。」
ルシハはベガの触れる全てを一撃で破壊する拳を皮一枚で避けながら只管に拳を振るい続けた。
しかし、いくら殴ってもベガは揺るがなかった。
(おかしい。)
何故かどれだけ殴っても魔力を吸い取ることができなかった。
「なぜ魔力が奪えない!?」
「至極単純なこと。魔力はより強い魔力に惹かれる。儂がお主よりも強大な悪魔だったというだけの話よ。」
「そんな・・・。」
ガタタンッ
広場の片隅の屋台のそばにつんであった木箱が突然崩れ落ちて、甲高い音がした。
「なんじゃ?」
「あ、あ、あ・・。」
そこには6歳くらいの小さな男の子がいた。
どうやら騒ぎを知らずに広場に来てしまったらしい。
ベガの目に射すくめられて、その場で声も出せずに立ち竦んでいる。
「目障りじゃ。エアカッター。」
不可視の斬撃が男の子に襲いかかる。
(遠すぎて防御魔法は届かない!相殺させようにも見えない!)
「ちっくしょう!」
ルシハは数瞬の思考ののち体ごと飛び出して、男の子をその背にかばう
ザザシュ!
その背を切り裂かれ、白い体毛が血で赤く染まっていく。
男の子は驚いて転んでいた。
「く・・・、おい・・・立てる――」
苦痛に顔を歪ませながらも手を差し伸べたルシハだったが、その手には黒いグローブがはめてある。
この手に触れた者は魔力を奪われ衰弱してしまう。
その事に気づいたルシハは手を引っ込めると再び叫ぶ。
「早く・・・・、逃げろ!」
(俺は、俺の心は、人に手を差し伸べることすら許してくれないのか!)
「う、うわああああ」
男の子は漸く立ち上がると背を向けて逃げていった。
外が何やら騒がしくなってきた。
「お母さん!」
「おや、お帰りなさい。帰りが遅かったけど、一体どうしたの?」
「そんな事より、大変なの!悪魔が、悪魔が広場で暴れているわ。早く騎士様に伝えないと。」
「悪魔!?お前はよく無事だったね。」
「私は悪魔憑きの人が庇ってくれたから・・・。」
「悪魔憑き?それってもしかして」
「間違いない、ルシハだ!」
「お知り合いですか?」
「僕の友達なんだ!」
「ご案内します!」
僕らは勘定を置いて急いで広場へと走り出した。
「はあ、はあ、はあ・・・。」
「もう十分じゃろう。主らじゃ儂に勝てないと悟ったなら、大人しく死ぬがよい。」
「嫌だね。」
「何故じゃ?儂の知る限り、お主はこの世界に絶望しておったじゃろう。今更この世に何の未練がある?」
「少し前までの俺なら、そうだったかもな。だけど、俺はもう止めたんだ。何もしないまま諦めることを。自分で考えることを放棄して他人任せに生きていくことを。」
ルシハは、語り続ける。
「俺は親父とお袋に生かされたと知った時、自分が生かされたことを恨んだ。そのまま死んでいればよかったとさえ思っていた。だけど、俺はあいつに出会った。今の俺には家族と言える奴がいる。友達になってくれた奴がいる。今の俺は、生きていたいと心から願っている。親父とお袋が魂を懸けて繋いでくれたこの命、簡単に失ってたまるかよ!」
「へっ。今更遅いんじゃ!」
(こいつの攻撃は重いが、遅い。油断さえしなければ俺には当たらない。絶対突破口があるはずだ。諦めるな。考える事をやめるな!)
「俺はお前に勝つ!」
「ほざけ!」
次の投稿は明日の18時です。感想をお待ちしています。




