白き獣
「くらえ!」
「誰が当たるかウスノロ!」
一時もその手を止めることなくベガは拳を振り続けるが、ルシハはその攻撃を只管に避け続けていた。
「このっ!さっきから逃げてばかりおって・・・・。この臆病者め!」
(臆病者・・・・。)
その言葉に、ルシハはハッとして動きが止まってしまった。
ニヤリとベガの顔が歪む。
「隙有り!」
ベガはその一瞬を見逃さずにその拳を全力でルシハへと振るった。
「ぐああ!」
「ルシハ!」
直撃をその胸に受けて吹き飛ばされ、ルシハは近くの建物の石壁へとその身を叩きつけられた。ガラガラと音を立てて壁は壊れ、横になったルシハの体へと降り注ぐ。
「へっ。やりすぎたかいの。まだ遊び足りんのじゃが。」
ベガはゆっくりとルシハへと歩いていく。
(「自信を持て。」・・・か。あいつがあの時言った言葉の意味、漸く分かったぜ・・・。)
ガレキに生き埋めになったまま、ルシハは一人考えていた。
(あいつが手を差出した時、俺はずっとそれを望んで居たくせに、最後に迷った。あの時、俺は悪魔憑きだから迷惑になると言ったが本当はちがう。俺が色々と理由をつけてアルを拒否しようとしたのは、自分に自信がないからだ。俺は他人が傷つくのを心配したんじゃなくて、本当は自分が傷つくのを恐れていただけだった。自分に自信がないから、もしもアルを信じて、本当の自分を知られて、そして幻滅してまた離れて行ってしまったら?そう考えた瞬間に怖くなって、だから俺はあの時アルを拒否しようとしたんだ。
信じて、裏切られて傷つくくらいなら、それならいっそ1人が良いと。
心の底では自分を認めてくれる仲間が欲しくて寂しくてたまらないのに、自信のない、本当の自分を知られるのが怖いから、傷つくのが怖いから、だから俺は仲間を望んでいたくせに1人を選びつづけてきたんだ。もしもあの時、アルが俺を認めて手を握ってくれなかったら俺は間違いなくあのまま拒否していただろう。結局、俺は・・・・)
「俺は、ただの臆病者だ。」
(違うわ。ルシハは臆病者じゃない。)
クレアはルシハの言葉を否定した。
ルシハは過去に傷つけられた経験から、傷つく事を過剰に恐れてしまう。求めて、拒絶されることを異常に恐れる。自分を否定されることと同義のように思ってしまう。
(誰だってルシハの立場だったらそう思っても仕方ないわよ。)
(・・・クレアの言う通り例え仕方なかったとしても、それでも、自分でそうであることを選んだのは俺だ。俺はそれを認めるべきなんだ。)
(皆は悪魔憑きを恐れ、自分を恐れた。だから自分が悪魔憑きだと認められなかった。皆が恐れたのは悪魔憑きであって、自分ではないと。自分が恐れられるのは自分のせいではないと。だから悪魔憑きである自分を拒んだんだ。
だから俺は自分のことなのに、まるで他人事のようにどこか遠くから自分を見ていた。
だからアルが言ったように自分が悪魔憑きであることを他人に認めてもらう努力をせずに、知らないふりして自分から目を背けていた。普通の人である他人を羨み、妬んでいた。)
(俺は自分に自信が無い臆病者だ。自分で自分を認められない、確固たる自分を持てない俺が自信なんて持てるわけが・・・?)
そこで俺は、今になって漸く気づいた。
俺がずっと勘違いをしていたことに。
俺は今まで人から俺を認めてもらおうとするだけで、俺自身は俺を認めていなかったんじゃないか?
――君は君を誇ればいい。
あいつはそう言った。
そうだ。俺が誇るべきは、他の何者でもない俺自身なんだ。
俺は俺を認めなくちゃならない。
そのことにルシハが気づいた時、ガレキの外で誰かが立ち止まった足音がした。
「まだ生きてるか?臆病者。」
違う、俺は―――――――
その瞬間、眩い光と共に蒼い炎が吹き上がり、ルシハを覆っていた瓦礫が内側から消し飛ばされた。
ゆっくりと立ち上がったルシハの両手の黒かった筈のグローブは、まるでその体毛のように真っ白に輝いていた。
「待たせたな。」
ルシハは不敵に笑う。
「第二ラウンドと行こうぜ。」
ルシハの体は既にボロボロだった。
クレアの超回復で体の怪我は治せても、失った体力は戻らない。また強欲の掌が効かなかった為に十分量の魔力が蓄えられず、超回復にも限度がある。
ルシハはそれでも揺らぐ事無くベガを睨みつける。
「親父、お袋。俺に力を貸してくれ。」
そう呟くと同時、ルシハの両手へと体の表面を覆っていた光が集まって行く。
光が収まった時、その手には蒼い炎を纏う、ロザリオのような形の白銀の短剣があった。
「なんじゃい。今更そんなオモチャで――」
「オモチャじゃない。」
ベガが言い終わる前に、ルシハは地を蹴っていた。
「俺の家族だ。」
二つの銀閃が煌めくと同時、ベガの両腕は宙を舞っていた。
「まだそんな体力を隠してたのか。しかしこの程度――。
そう言って振り向いた途端、ベガの斬られた傷跡から蒼い炎が吹き上がった。その炎は消えること無く燃え続け、直ぐに再生するはずの両腕は切り飛ばされたまま元に戻らない。
「何故じゃ・・・・。その短剣は一体・・。」
「ソウルナイフ。俺の両親の魂さ。」
ルシハの両親はその2つの魂を代償にクレアと2つの契約をした。
一つ目の契約はルシハの命を救うこと。クレアはルシハに宿りルシハを悪魔憑きとすることで体を魔物へと作り替え、生命力を高めて命を救った。
そして二つ目の契約はルシハを人として生きられるようにする事。ルシハの悪魔としての力を抑える為に、クレアは両親の魂の一部を使って魔物の力を封じる効果を持つロザリオを作りルシハに肌身離さず身につけさせた。このロザリオはルシハの、言わば安全装置としての役割を持っている。そのためにルシハは感情のままに暴走し悪魔と化すことなく生きてこられた。魔物化する際はこのロザリオを外すことによって力の開放が可能となり、その間ロザリオは魂となってルシハの体表を覆っている。
ルシハはこの事を知らず、クレアも契約に従っただけなので記憶に残らなかった。
ルシハの新しいディガウトの銘は『悪魔の掌』、特殊機能は『魂の契約』、その効果は魂の力を知覚、操作可能になること。
ルシハは自身を悪魔憑きだと認めた事により、悪魔の固有能力である魂の契約の一部を行えるようになった。つまり、魂の力を扱えるようになったのだ。魂とは人の心の力。魂はディガウトのように使用者の心から溢れ出るものではなく、文字通り人の心そのものが変化したものであり、それは極わずかでも莫大なエネルギーを誇る力の塊だ。ルシハはこの能力で自身の周りの光が両親の魂の残滓だと気づき、その力を借り受けた。
故に今、ルシハの願いに呼応した二つの魂の欠片は十字架を模した短剣としてルシハの手の中にあった。
その短剣の銘は 悪魔の魂剣。纏うは蒼炎。
その刃は触れた不浄なモノ全てを地獄の業火で焼き尽くす。
悪魔はその体を失っても魂のみの姿として彷徨い続ける。しかしその魂を失えば当然の如く死に至る。故に本来不死のはずの悪魔ですら、この剣は滅殺することが出来るのだ。
生まれて初めて死の恐怖を抱いたベガはルシハに言う。
「へっ、親の魂を弄ぶとは・・・。とんだ人でなしじゃな、お主。」
「人じゃねえ。」
振り向いたルシハはその両手を煌めかせ、斬り飛ばした首へと告げる。
「悪魔だ。」
ベガの体は蒼い炎で燃え尽きて、灰と変わり風に散って行った。
ルシハは悪魔の魂剣を元のロザリオへと戻し、それを首にかけた瞬間に人の姿へと戻った。
「ルシハ!」
その声に顔を上げると、そこにはアルク達とさっき助けた女性が息を切らして立っていた。
「・・・お前ら。それに、さっきの・・・。どうして・・・・?」
「あなたが心配で、戻ってきちゃいました。」
「お前は俺を怖がっていたはずじゃ・・・。」
「そうね。最初は恐ろしかったけど・・・、今の私にとってあなたは、私を守ってくれたカッコイイ騎士様だわ。」
「俺は・・・・。」
「お兄ちゃん!」
聞き覚えのある声に振り向くと、小さな塊が胸へと飛び込んできた。
「ぐおっ!?」
飛び込んできたのはさっき助けたはずの男の子だった。
「大丈夫!?怪我はない!?」
「小僧・・・。逃げたはずじゃ・・。」
「あの時は怖くて逃げちゃったけど、やっぱりお兄ちゃんが心配で戻って来ちゃった。」
「・・・・バカ野郎。俺の心配するなんざ十年早いんだよ。」
ルシハは、躊躇することなくその手で子供を抱きしめる事が出来た。
男の子を抱きしめたまま、ルシハは思う。
(俺は俺だったんだ。悪魔付きだろうが関係ない。ただ俺らしくあればよかった。それだけの事だったんだ。
僻むのも妬むのも、自分を嗤うのも可哀想がるのも、もう止めだ。)
アルクに言われた言葉が木霊する。
君は君を誇ればいい。
(そうだ。俺は俺を誇ればいい。
俺には俺にしかできないことがあるはずだ。
「だから」じゃない。「だからこそ」だ。
悪魔つきの俺だからこそ出来ることがあるはずだ。
俺は世界に拒まれた。だから俺は自分も世界も否定した。だけど、俺はもう迷わない。自分も世界も、全部受け止めて進んでやる。世界が俺を拒むなら、俺がこの世界を革命えてやる。)
ルシハは男の子を離し右拳でゴシゴシと顔を擦ると、アルク達を振り返って言った。
「俺は決めたよアル。俺は英雄になる!英雄になって、世界に俺を認めさせてやる!」
そう告げたルシハの顔は憑き物が落ちたように晴れやかで、清々しかった。
「・・・ああ。どっちが早いか競争だ。」
「ルシ君もライバルか!私だって負けないよ!」
「お前と一緒にするな。」
「なんでよ!?」
「喧嘩は良くないよ。」
「ルネ、私アプル飴舐めたい。」
「おじちゃん僕も!」
「それじゃあちょっと街の屋台を見てきましょうか。」
「あ、私ご案内します。」
皆の声が広場に木霊する。
「騒がしい子供達だこと。」
クレアはルシハの言葉に、ルシハの両親の最期の言葉を思い出していた。
「ルシハ、自分が自分であることから目を逸らさないで、全てを受け止めて、強く生きなさい。私たちは、お前が幸せな人生を送る事を願っているよ。」
(あなた達、ルシハは今日、漸く歩き出せたみたいよ。)
アルクがふと見上げたその日の空は、曇ひとつない青空だった。
悪魔憑き。古より災厄をもたらすものとして忌み嫌われてきた異形の者たち。残虐非道にして冷血。命持つもの全てを奈落へと引きずり落とすもの。
親から子へ、子から孫へと伝えられてきたその恐ろしさはこの世界の誰もが知っている。
だけど、それでもいつか――――
活動報告にも書きましたが、とりあえずここまでの投稿となります。
今はこの「英雄に憧れて」をより自分の目指すものに近づけるために書き直しているところです。設定の練り合わせに苦戦していますが、また近いうちに改めて投稿できる予定です。




