誇るべきもの
昏い森の中で、誰も口を開かないままにルシハの嗚咽だけが響いている。
その沈黙を破ったのは、唐突に口を開いたアルクだった。
「甘ったれるな。」
「え?」
思いもよらないアルクの辛辣な言葉に、リーシャは耳を疑った。
「・・・なんだと?」
ルシハは怒気を込めて睨みつける。
「聞こえなかったのか?甘ったれるなと僕は言った。
僕は君の話を聞いて可愛そうだと思った。でも、それだけだ。」
「てめえ・・。」
「君は何もしていないのにと言ったね。そうじゃないだろ。君が何もしていないからだ。」
アルクは続ける。
「聞いてみれば当たり前だ。普通は悪魔憑きなんて恐怖の対象にしかなりえない。君はそれを知ってどうしたんだ?自分を知ってもらおうとしたか?周りを変えようとしたか?何か努力をしたのか?」
「それは・・・。」
ルシハは返事を返そうと口を開いたが、続く言葉は何も出てこなかった。
「君はただ不幸な自分を嘆くばかりで自分から何も為そうとしていない。
自分自身から目を背けて、口をつぐんで耳を塞いで、ただ何も知らないフリをしていただけだ。悲劇の主人公でも気取っていたつもりかい?馬鹿馬鹿しい。」
「お前・・・・・・黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって!」
ルシハは目を釣り上げ、声を荒げて叫ぶ。
「普通の人間として生まれたお前に、悪魔として生まれた俺の気持ちが分かるのかよ!
差別されて、排斥されて、疎外されて・・・・。この孤独を味わったことがあるのかよ!」
しかしアルクも負けちゃいない。
「ならお前は知ってるのかよ!どんなに頑張っても魔法が使えない数百年に一度の役立たずとして生まれて、六歳の自分よりちっちゃい子供が使う魔法すら使えなくて村中の子供から笑われた悔しさを!」
「うるさい!お前はいじめられたことがあるのかよ。何もしてないのに石を投げられたことはあるのかよ!あの痛みと悔しさを、お前は知っているのかよ!」
「あるよ!石じゃなくてうんこだけど!――「アル君汚い。」「・・・ばっちい。」「二人共ひどい!本当に辛かったのに!?」――アークすら使えない僕はいちいち近くの川まで走らなきゃ体を洗えなかったんだよ!君に分かるのかよあの臭さが!情けなさが!」
「やかましい!俺だって―――」
「僕だって―――」
アルクとルシハは唾を飛ばしながら口々に言い争い、それは次第にヒートアップしていく。だが次第に大声を出すのに疲れてその勢いは弱くなり、二人共ぜえぜえと息切れしたところでアルクが再び口を開いた。
「・・・・もう分かっただろ。皆自分の事で手一杯だ。不幸自慢なんてしたってキリがない。聞き飽きてんだよ、そんな事。自分だけが特別じゃない。この世に生まれたからには誰にだって大なり小なり、悩みやコンプレックスはあるだろうさ。その辛さは、君だけのものじゃない。」
「・・・・・本当は・・・・俺だって、お前の言う通りだと思う。だけど・・・それにしたって、余りに・・・余りに不公平すぎるぜ!?」
その声は嗚咽混じりで、耳を塞ぎたくなるほどに悲痛だった。
だが、アルクは構うことなく言い返す。
「仕方ないだろう!誰だって自分の生まれなんて選べない。それが自分の望まないものだろうが、関係ない。そんなの・・・もうどうにもならないことだろうが!」
アルクはルシハの目を見て語りかける。
「自分を嘆いて、他人を妬んでいたって・・・・何が変わる?認めるしかないんだ自分を。
どれだけ自分を嫌おうが、否定しようが、自分は自分で、他の誰にもなれないってことを。
自分を受け止めて、向き合って、認めて、共に生きていくしかないんだよ。
無いものねだりしてんじゃない。君にだって、君しか持ってないモノがあるはずだ。」
「・・・俺だけの・・。」
「例えば君は僕と違って魔法が使えるだろう?僕はどんなに望んだって、絶対に魔法は使えないんだぞ。それに君は僕と違って背が高くてがっしりしてて、目がキリッとしためちゃかっこいいイケメンじゃないか。きっと街を歩けば女の子からキャーキャー言われるんだろう?平凡な顔した僕が君みたいだったら毎日幸せだったろうさ!
・・・・・僕には君がとても羨ましい人に見えるよ。君も、他人の持ち物妬んでないで、自分の持ってるものを誇れよ。」
アルクは静かにルシハを見つめてそう言った。
「う・・・・う、うるさい。俺はもう決めたんだ!俺は、俺をいじめた奴らに復讐するって。あの人はこの世界が間違っているといった。この世界にはただ強者だけがいるべきだ。俺を排斥したクズで弱く愚かな人間などこの世界に存在するなんの価値もない。だから俺は世界に復讐する。このクソッタレな世界の全てを壊して、新しい世界を造るんだ!」
ルシハはアルクを睨みつけて凄んだ。しかしアルクは動じない。
「他人の言葉に乗っかってんじゃないよ。」
その言葉にルシハは再び沈黙する。
「人の言い分鵜呑みしてそのまま使ってりゃ楽だろうさ。自分で考えなくて済むんだから。
本当の気持ちから目を逸らすな。そのマスターって奴の言葉なんて借りずに、君自身の言葉で君の望みを言ってみろよ。」
「俺は・・・俺は・・・・。」
「ルシハ・・・、あなた、本当は・・・。」
「黙れクレア。」
頭に響く声をルシハは黙らせると、口を開いた。
「いいだろう。お前を倒して証明してやる。俺はこの世界に復讐するって事を。」
「やってみせろよ」
知らぬ間に長い時間が経っていたため、ルシハの右腕はもうすっかり元通りになっていた。
アルクとルシハはお互いに向き合い、腕の届く範囲で構えた。
ガチンコのタイマンである。
「喰らいやがれ!」
「がはっ!」
ルシハの拳に弾き飛ばされ、アルクは近くにあった大岩に叩きつけられた。
「くっ、だああ!」
即座に跳ね起き、アルクはすぐさまルシハに突撃する。
「爆炎拳!」
「うぐっ!」
鏡写のように、今度はアルクの拳でルシハが大木を2~3本なぎ倒しながら吹き飛んでいく。
倒れた木に手をかけて、ルシハは即座に立ち上がる。
「やりやがったな。」
「まだまだぁ!」
お互いがお互いを殴り飛ばし、順番に吹き飛ばされてはまた立ち上がって殴り返す。もはや相手の拳を避けようともせず、ただひたすらに殴りあった。
やがて、日が昇る頃、漸く決着の時は訪れる。
「はあ、はあ、はあ・・・。」
「ぐ・・・・。」
傷一つないルシハの目の前で、アルクは大岩によりかかって動かなくなった。
ルシハは近づいていく。
「・・・・・・どう・・・したんだよ?殺さ・・・ないのか?」
「今、そうするところだ。」
そう言ってルシハは短剣を取り出したが、そのまま振り上げようともせずにつっ立っていた。
「君は・・・僕を殺さない」。
アルクの声に、ルシハは体をビクッと震わせた。
「ぐっ・・・ごほっごほっ。」
アルクは血の塊を吐き出してぜいぜいと呼吸してから、話を続けた。
「君の話を聞くと、君は過去にどれだけ迫害されても決して人を傷つけなかった。
騎士に追いかけられ、自分が死の危険にさらされてもだ。
噂を聞いたときもそうだった。皆衰弱しているけど、死者は出ていない。
君は人を妬んで奪いはしても、それだけだ。人の命だけは奪わなかった。
不思議に思っていたけど、そのディガウトを見て確信が持てた。君は、本当は人を傷つけたくないんだ。本当に人を傷つけたいのなら、君の心はもっとそれらしい武器を君は生み出したはずだ。でも、君の心はグローブを生み出して、その爪を隠した。人を傷つけることを自ら拒否したんだ。君の望みは世界を壊すことじゃない。ただ自分を認めて欲しいだけだ。」
「・・・・・そんな事、言われなくてもずっと分かってた。」
ルシハはポツリと答える。
「俺はただ、皆と一緒に遊びたかっただけだ。どれだけ虐められたって、いつか一緒に遊んでくれるんじゃないかと、心のどこかで期待しながら待っていた。本当は、誰も傷つけるつもりなんてなくて、まして殺す気なんて欠片も無かった。人を殺してしまったら自分が本当に恐ろしい悪魔になってしまうようで怖かったからだ。俺はこの世界に存在を認めて欲しくて、でも誰も悪魔憑きの俺を認めてくれなくて、だから自分も世界も認められずにただ自分を嘆いて閉じこもっていただけだ。マスターの言うことに従っていたのも、もう自分で悩みたくなくて、いっそ全て無くなってしまえばいいとヤケクソになっていただけさ。全部アルクの言った通りだ。・・・・よく分かったな?」
「・・・・分かるさ。」
「・・・・?」
「僕は、魔力不放出者として生まれた。魔法を一切使えないと知った時に、このまま役立たずとして生きていくのだと怖くなって、必死でディガウトを覚えた。でもそれも、ただ起こりもしない奇跡に縋るだけの脆弱な意思だった為に、頼みの綱だったディガウトは、どうしようもないほどにショボかった。最後の希望も断たれて、ヤケクソになった僕は空を見ていた。その時にリーシャに会ったんだ。彼女は僕の目を覚まして、本当の気持ちに気づかせてくれた。お陰で僕は今、こうして夢を目指して生きていられる。・・・正直、あのままだったら僕は村で腐って、夢を忘れた振りして死んでいっただろう。ルシハは、まるで空を眺めてた僕みたいだった。同族嫌悪って奴だ。見るに耐えられなかった。」
「お前の夢ってなんだ?」
「英雄になること。」
「英雄?お前が?」
「そうだよ。魔法の使えない、僕がだ。」
「英雄なんて――」
「お前には無理だって?・・・僕も一年前はそう思ってた。でもリーシャは僕に言ったんだ。『大切なことは、自分が何者かじゃない。何者で在りたいか』だって。」
「何者でありたいか・・・。」
「自分を縛るのはいつも自分だ。自分が何者かは自分が決めるんだ。ルシハ、もう一度君に聞くよ?君は、どうしたいんだい?」
「俺は・・・・・・・。」
ルシハは一度口を閉じると、目を瞑り、意を決したように口を開いた。
「俺はただ・・・・・友達が欲しかった。一緒に泣いたり笑ったり、そんな風に自分と居てくれる仲間が欲しかった。」
「なんだ、簡単なことじゃないか・・・・・ほら。」
アルクは、大岩に寄りかかったまま手をルシハへ向かって差し出した。
ルシハはそれを見て手を差し出すが、その手は握る寸前で迷うように止まった。
「でも俺は悪魔憑きだ。自分みたいな嫌われ者と居たら一緒に嫌われてしまう。だから―」
ルシハはそう言うと、その手をまた引っ込めようとする。
「・・・違う。」
しかし、それをアルクの言葉が押しとどめた。
「え?」
「自惚れるなルシハ。それを決めるのは僕だ。君じゃない。僕にとっての君は、道を教えてくれた親切な人だ。他の人との違いなんて、ちょっと珍しい白い髪をしてるイケメンだって事と、後は頭から狼の耳が生えてる位だ。同情なんかじゃない。僕が君を選んで、共に居たいと望んだからこの手を差し伸べたんだ。」
そう言うと、アルクは迷うルシハの手を取り強引に握り締めた。
「自信を持て。君には君にしか出来ないことがきっとある。君は君を誇れば良い。」
「どういう意味だ・・・?」
「君も今に分かる。」
「偉そうに・・・、お前、やっぱり変なやつだよ。」
そう言うと、ルシハはアルクの手を固く握り返すのだった。
帰り道、ルシハはアルクをおぶって森の中を歩いていた。
リーシャが先頭を歩き、ルネが後ろをついてくる。
「いてて・・、本気で殴りすぎだろルシハ。」
「アルだってそうしただろうが。」
「君はもう治ってるじゃないか。」
「俺にはクレアがいるからな。」
そういうルシハは誇らしげだった。
それを見たアルクは頬を緩めた。
「・・・なんだ、もう君にはいるんじゃないか。」
その言葉に、ルシハは首を傾げた。
「あ?」
「君の言う、自分と一緒に居てくれる仲間ってのがさ。」
次の投稿は明日です。




