決着
「魔力欠乏症?」
答えを聞いてもレイスはそれがなんなのか分からずにポケッとした顔をしていた。
「見ていればわかる。」
不意にルネはリーシャの手を握ると魔力を流し込む。
「・・・・あ、あれ?」
「力が・・・。」
すると途端にリーシャの顔色が良くなり、リーシャは体を起き上がらせた。
「治った・・・。」
「やはり。」
魔力欠乏症。その名のとおり体内の魔力が極端に少なくなり、体に力が入らなくなる症状を指す。
戦時下において周囲の魔力が尽きても無理やり魔法を使い続けた者が陥ったと言われる状態だ。生命力である体内魔力が余りに少なくなると、体の防衛反応として体の活動が制限され最低限の生命維持のための低位状態へと移行する。
(ここに来た時点で不思議に思っていた。)
この辺一帯の魔力が薄いのだ。ゲートが開かなかったのは、やはり機械の故障ではなく単にここの空間に必要な魔力量が足らなかっただけだろう。
恐らく、あの男の黒いグローブはそれに触れたモノの魔力を奪い取る効果を持つのだろう。
「大人しくしていれば勝手に治る。じっとしていなさい。」
そう言ってリーシャを寝かせると、ルネは再びアルク達の方へと視線を戻した。
「しっかしまあ、お前のディガウトも格闘だとは。つくづく縁があるな、俺らは。」
「やっぱり君のその黒いグローブもディガウトか!でもなんで君が?」
「別に。英雄と呼ばれた奴らを、英雄の魔法で叩きのめしたら憂さ晴らしになるだろうと思っただけさ。思っていたより便利な魔法になったがな。」
戦況は終始互角で、わずかにルシハが有利だった。ルシハが闇に乗じて死角からアルクを襲い手数でダメージを与え、アルクは周囲の音を頼りにカウンターで一発を狙う。
一歩リードしながらも、ルシハは動揺していた。
(おかしい。これだけ殴ってんのに、なんでこいつはこんなに元気なんだ。こいつの頑丈さはともかく、強欲の拳の効果すら発動していない?)
(調査報告と戦闘データから推測すると、アルクは魔力不放出者みたいね。)
(魔力不放出者!?数百年に一人のイレギュラーがなんだってこんなところに。)
ルシハの強欲の拳は特殊機能魔力簒奪によってその手に触れたモノから魔力を強制的に吸い取り自分のモノとする。本来魔力は体内に一定量以上は貯まらないようになっているが、ルシハはクレアへとその魔力を同化させる事によって相手から吸収した魔力を溜め込んでいた。クレアの機能は使用者の肉体の超再生能力。ルシハの強欲の拳によって周囲の魔力が枯渇した状態でも、自らに溜め込んだ魔力を用いてその肉体を瞬時に回復させているのだ。
周囲と相手のすべての魔力を奪い取り、一方的に相手を嬲り殺すルシハの必勝パターンだったが、その特異体質により魔力を放出出来ないアルクには無効化されていた。
(・・・・いや、だからこそこいつがTEARを扱えるというわけか・・・。最初に感じた匂い・・・。ただの人間に扱えるはずがないと思っていたが、納得したよ。)
「当然か。お前も俺と同じだからな。」
「ごちゃごちゃと・・・・何、言ってるのさ!爆炎拳!」
声が聞こえたと同時に、アルクはその方向へと突撃し、一瞬姿を見せたルシハへとその拳を振るうがまるで闘牛のように避けられてしまう。
「確かに俺と一緒にするのは失礼だったかもな。お前は猪だ。」
ルシハはそう言うやいなや一気呵成に攻撃を激化させた。
木の枝を飛び回り上下から攻めたてられて、アルクはついに膝をついた。
「全く、どんだけ頑丈なんだ。」
その様子に勝利を確信したのか、ルシハは身を隠すことをやめて目の前に姿を見せてきた。
「はっ、はっ、はっ、は・・・・。」
心臓が早鐘のように鼓動を鳴らしている。
ルシハには致命的な一撃はないものの、ひたすらに拳を受け続けた体にはダメージが確実に溜まっていた。
「くそっ。」
(強い!!)
リーシャを弱らせたルシハの黒いグローブの特殊機能はどうやら自分には効果がないようだ。しかし、そうであってもアルクはルシハに歯が立たない。
恐らく与えたダメージ量は変わりないはずだが、クレアの能力によって、どれだけダメージを与えてもルシハは直ぐに回復してしまう。悪魔化した影響か、スタミナも上昇したようでルシハには全く疲れた様子が無い。疲労もダメージも只管自分だけに溜まっていく。結果は火を見るよりも明らかだった。でも、
(だからってあいつにティアを渡してなるものか。)
それでもアルクの決意は変わらない。肩で息をしながらも、目だけはルシハを睨み続ける。
ルシハは尚も警戒しているのか、ゆっくりと近づいてきていた。
(考えろ、考えろ、考えろ。)
アルクは必死に思考を巡らせる
(半端なダメージを与えても直ぐに回復してしまう。回復できないほどの大ダメージを与えるしかない。)
しかし、この見通しの効かない障害物だらけの暗い森の中ではなんとかカウンターを狙うくらいが精一杯で、自分から相手へと攻撃を仕掛けても当たるとは思えない。
(空中なら・・・。)
空ならば、超爆機動とティアの補助が効く自分が有利になる。なんとか空中へと誘えれば、大技を狙うことも可能だろう。
(―――――よし!)
そしてついにアルクはある考えに至る。
「ティア、大剣形態だ。」
アルクはゆらりと立ち上がり、そう自分の中の存在に語りかける。
「分かった。」
ティアはアルクに従ってその姿を翼形態から大剣形態へと変化させた。
「なんだ?まだ諦めないつもりかよ。付け焼刃の剣術なんかで何とかなるとおもうのか?」
アルクはその問いに答えず、姿勢を低くするとその大剣を右手で逆手に持ち、体を捻って腰だめに構えた。そうして空いた左手を体に巻きつけるようにして手のひらを背中の方へと向けている。
「?一体何を――」
ルシハがその台詞を言い終わるのを待つことなく、アルクは突然その場でコマのように回転を始めた。
「っ!?」
その奇行をみて背筋に何か嫌な予感を感じ取ったルシハは、本能のままに空へと跳躍した。
「やばい!フロート・エアバルド!」
同時にルネもリーシャを連れて空へと避難する。
「ティア!伸びろ!!!」
「爆炎竜巻」
その場にいた者が避難した瞬間、回転速度が最大に達したアルクは刀身の長さを一瞬で最長にしたティアを振るいその範囲内にあるすべてを切り刻んだ。
嵐のごとく吹き荒れる斬撃の暴風。それに触れたものは余すことなく断たれて燃えて灰となり風に吹かれて消え、アルクを中心とした半径10mの円状の更地が出来上がった。
「デタラメだあの野郎!!」
その光景を空で唖然としながら見ていたルシハ。その驚きのあまりに気がゆるみ、アルクへの警戒が疎かになった。
「ティア、飛行形態!」
アルクは目の端でルシハが空へと跳躍したのを見逃さなかった。
両足のレガースから爆発を起こし、その衝撃で空に浮かぶルシハへと地から放たれた弾丸のように一瞬で肉迫する。
「くっ!?」
「エアウィングで回避を――」
クレアが進言するもアルクは既に目の前に来ている。
「間に合わない!!」
ルシハは両手をクロスして顔の前に上げる防御姿勢を取った。
「守れ!!」
「エアシルド!!」
クレアによってルシハの前面に分厚い風の障壁が現れる。
「ティア!」
「ん!」
アルクの意図を正確に理解したティアは、アルクの軌道を曲げてルシハの頭上へと誘導する。
「んなっ!!」
「爆炎蹴脚!!」
アルクは突撃の勢い全てを転化し、蹴りの威力に変えてルシハの脳天へとその踵を叩きつけた。
意表を突かれ直撃を受けたルシハはその衝撃で地上へと吹き飛ばされる。
ズッドオオオオン!!
受身も取れないままに、錐揉みしながらルシハは地面に激突した。
「ぐ・・・・お・・・・・。」
ルシハは大の字となり地面に埋まっていて身動きが取れない。
「とどめだ!!」
ダメージで動けないルシハへと空から再び突撃する。
超爆機動はその速度を只管に加速させ、更にその熱を蓄えた『尽きぬ憧憬』」は紅から蒼へとその色を変える。
蒼い炎の塊となって地上へと落下したアルクは、身動きの取れないルシハの右腕へとその拳を突き出して突撃する。
「グランシルド!!!」
「爆蒼炎隕石拳!!!」
ドグッシャアアア!!!
両者が激突した瞬間、大気を震わす爆音と共に隕石が落ちたような衝撃が辺りに撒き散らされる
グランシルドの上から受けた衝撃でルシハの体は更に深くめり込み、大地には幾つもの大きな亀裂が生まれた。
土の障壁によって衝撃は受け止められるも、その蒼い拳に触れたモノは焼かれ、融けて蒸発していく。
アルクの拳は一瞬でグランシルドを貫通し、ルシハの体までも貫いた。
「があああああああ。」
ルシハはちぎれた右腕の傷を押さえてもがいている。
「アル君!」
「無事ですか?」
遠くからリーシャとルネが近づいてくる。
「はあ、はあ、はあ・・・。なんとか・・・。」
僕は喘ぎながらも返事を返すと、ルシハへと向き直った。
「もういいだろう?ルシハ。君の右腕を吹き飛ばした。しばらく戦えないはずだ。降参しろ。」
しかし、ルシハはそれでも気絶するような痛みに耐えながらアルクを睨みつけてきた。
「まだだ・・・まだ終わっちゃいねぇ。戦え、アルク。」
「・・・・なんでだ?どうして君は、そこまでして任務に拘る?」
「俺には、もうこれしか無いからだ。」
その声には必死さが滲んでいた。
「俺にはもう帰る家もない。家族も、友達も、仲間も・・。
任務に失敗したら、俺の居場所すら無くなる。」
リーシャはそんなルシハを見て声をかける。
「そんな事ない。きっとルシ君を受け入れてくれる人達だって。」
「お前らは普通の人として生まれたからそんな事が言えるんだ!」
ルシハの声が大きくなる。
「俺は悪魔憑きだ。俺をそうだと知った奴らは、何もしてない俺に石と罵声を浴びせかける。俺はそうやって育った。
お前に俺の辛さがわかるのか?悪魔憑きだという理由だけでゴミのような扱いをされるあの悔しさと悲しさを。
俺だって普通の人間だったら・・・俺は・・・・。」
気づけば、ルシハは泣いていた。
「俺は、普通の人間に生まれたかった。」
ルシハが最後にポツリと言った言葉は小さかったが、しかしハッキリと辺りに響いた
「ルシ君・・・・。」
リーシャは尚も声をかけようとして、そのまま黙り込んだ。
その後もしばらく沈黙は続き、ただルシハの嗚咽だけが響いた。
次の投稿は明日です。




