悪魔憑き
「・・・もう、女の子待たせちゃ、ダメじゃない。」
「これでも急いだんだけどね。」
「おっそいのよ。」
久しぶりに見たリーシャの顔は、涙でくしゃくしゃだったけど、いつか見たあの笑顔だった。
僕はリーシャを抱えて近くの岩陰に座らせると、空から降りてきたルネさんに話しかける。
「ルネさん。リーシャをよろしく頼みます。」
「任せてください。」
そう言ってルネさんは頷いて、彼女に治癒魔法をかける。
「くっそ・・・・。痛ぇな、ちくしょう。」
なぎ倒された大木を乗り越えて、影の中からその人物は歩き出てきた。
あれだけ派手に吹き飛ばされたはずなのに、その体には傷一つ負っていなかった。
アルクはその人物に構えて正対する。
「いきなり現れやがって・・・どこのどいつだ・・・あ?」
「・・・え?」
今の一撃で仮面が吹き飛んだ男の顔は昼間に路地裏で会ったあの少年だった。
「君は・・・」
「お前・・・。」
二人は、互いに顔を見合わせる。
「気をつけてアル君・・・・、この人が噂の犯人だ。」
「・・・なんだって?」
信じられないとばかりに、アルクの顔に驚きが浮かぶ。
一方でそれを聞いた男の子は納得したようだ。
「そうかい・・・、お前がアルクか。」
「君が・・・どうして・・・。」
「・・・・俺は、ある任務を受けていた。」
「任務?」
「俺の任務は組織の重要兵器を奪い去った人物からそれを奪還するというものだ。生憎と試作品だが、それは世に知られたくない代物らしい。俺は組織から連絡を受けて、その人物が向かったという王都でそいつを探していた。それがアルク、お前だ。」
「兵器?」
「とぼけんな。お前の背に生えてるそいつの事だ。」
(やはり目的は、ティアか。)
「分かったならそれをとっとと渡してくれよ。」
「ふざけるな。ティアは、絶対に渡さない。」
「元々お前のものじゃないんだよ、アルク。おい!聞こえてんだろTEAR!マスターがお前の帰投をお望みだ。今素直に従うなら不問にしてやるとの仰せだぞ。」
「・・・嫌だ。私は帰らない。もうあなた達には従わない。」
「まいったぜ。下手に兵器に自由意思なんて持たせるから暴走するんだ。」
ルシハは頭をガシガシとかく。
「・・・君は、何者なんだ。」
「・・・・自己紹介がまだだったな。俺の名はルシハ。悪魔憑きだ。」
そう言ってその帽子を取ると、その頭には白い狼の耳が生えていた。
「悪魔憑き!?」
契約によって悪魔をその身に宿した者は悪魔憑きと呼ばれる。悪魔は魔物の精神が進化した精神体であり、元の魔物としての肉体的特徴をある程度記憶している。故に悪魔が受肉した悪魔憑きはその体に異形をもつものが多く、それは耳だったり、尻尾だったりと、凡そ人の身非ざるものを持っている。
悪魔憑きはその正体がバレないように帽子や手袋をしてその異形を隠すのが常識となっている。
「・・・・ああ、そうだ。」
頭から生えた耳を隠すように、ルシハは再び帽子を被った。
「・・・・お前もTEARからEAR計画については聞いているんだろう?」
「ああ。」
EAR計画。魔法生物技術を使い、人工的に二重魔法使いを造ることを目指した計画の事だ。
「そのEAR計画の一つであるTEAR計画。それは人造悪魔を精神としたホムンクルスを外部装置として用いることによってデュアルスペルの使用を目指した間接的な計画だ。だがそれは比較的最近発案されたもので、それよりも以前に、別のアプローチを試みた計画があった。それは酷く乱暴で直接的な、とても分かり易いものさ。要するに、悪魔と直接契約し、人自らを悪魔憑きとする計画だ。そしてこの俺がその計画のプロトタイプであり、今やその計画は俺の悪魔の名にちなんでCLEAR計画と呼ばれている。」
「そんなの・・・有り得ない。」
「本人を目の前に失礼だぜ、アルク。だがそうだな。当然の疑問だ。」
普通、悪魔を人の身に宿すには魂の契約が必要とされる。悪魔は契約の為に魂を、正確にはその感情をエネルギーとしているが、その契約は心の底からの願いでなければ叶わない。自分の命を賭けてでも成し遂げたい願いとは一般に復讐や怨みによる願いにしか使われなかった。故に年経た悪魔ほどにその性格は残忍で凶暴となり、もし人の体に宿ったとしても精神を乗っ取られ別人となってしまう。故に悪魔憑きであり尚且つ自我を保つためには、今まで契約をした事がない悪魔と負の感情以外を代償として契約を果たさなければならない。
「魔法生物の技術によって悪魔を造る事自体は可能だ。そこにいるTEARのようにな。だが造ったところでその悪魔と契約出来るかは別問題。なぜなら悪魔との契約は完全に無差別に行われる。特定の悪魔を狙ってすることなど不可能だ。その上契約した者は死ぬというのにどうやって負の感情以外で契約することなどできる?この計画は最初期に考えられたものの実現不可能としてお蔵入りしていたものだ。」
「なら、どうして。」
「ここからは、俺もクレアに聞いた話だ。」
そう前置きしてルシハは語り始める。
俺は、なんの変哲もない村の、ある夫婦の間に生まれた。
無事に生まれた俺だったが、生まれて間もなく流行病にかかってしまったらしい。
医者に見せるお金もなく、日に日に衰弱して俺は瀕死になった。そこで俺を救うために、親父とお袋は最後の手段に出る。悪魔と契約し、その命を対価として悪魔に懇願したのさ。俺の命を救ってくれと。喚び出された悪魔、クレアは俺の体に宿りその体を魔物の肉体とすることで命を救い、そしてそれがたまたま初めての契約で、両親の純粋な愛を受け取ったクレアは俺の精神を奪うことなく、そうして俺は自我を保った悪魔憑きとなってこの体に生まれ変わった。
「物心ついた俺は、一人粗末な家の中で頭の中のクレアと共に佇んでいたという訳だ。」
「・・・・そんな事が。」
「まあそういう事で、俺は奇跡的な偶然が重なって生まれた、言わば天然物という訳だ。」
「それであなたはデュアルスペルを・・・。」
「そんな君が、両親に生かしてもらった君が、どうしてこんな事をしてるんだ?」
「生かしてもらった・・・ね。」
ルシハは冷めた目をしてアルクを見返す。
「俺はな・・・・正直言って、なんと余計な事をしてくれたのだと思ったぜ。」
「なんだって?」
「そりゃそうだろう?悪魔との魂の契約なんて禁忌を犯し、あまつさえ自分たちの命を捧げてまで俺を助けなくとも、そのまま見殺しにして新しい子供でもなんでも作ってまた育てれば良かったんだ。一人幼いまま粗末な家に取り残された俺が初めて村に出た時、外で待っていたのは村人の石と罵声だった。俺はどうしてこんな仕打ちを受けるのか、訳も分からないままに生きていくしか無かった。俺はそのうち自分に浴びせられる言葉から悪魔憑きがどんな存在か知ったよ。頼れる者も縋る物もなく、こんな存在にされて不運にも生き延びてしまった俺を不幸以外のなんと呼べばいい?」
「・・・・・。」
「俺が村人の迫害を只管耐えていたある日、突然振った大雨で土砂崩れが起きた。俺は住む家をなくし、仕方なく街に仕事を探しに行った矢先に騎士に見つかって襲われた。体中切り裂かれて冷たくなっていく体。俺は死を覚悟した。
そんな時、俺を救ってくれたのがマスターだった。
嬉しかったね。こんな自分を必要としてくれた人がいた。抵抗が無かった訳じゃないが、少なくともマスターは石や罵声ではなく寝床と食べ物をくれた。俺は進んでマスターの実験台となった。お陰で俺はこの力を得ることが出来た。」
そう言うとルシハは懐から短剣を出してその指先を切り裂いてみせる。
その探検は肉を引き裂き、ポタポタと血が滴る。
しかしその傷はアルク達の見ている目の前で一瞬で治ってしまった。
「コードネームCLEAR(Cell Life Enchant Activated Resonance 共鳴式魔体細胞活性)。両親のクレアとの契約を強化した結果、俺は体内魔力を消費して瞬時に体の傷を回復する事が出来るようになった。さあ、もうアルクも分かっただろう?お前らに勝ち目はない。TEARを渡してもらおうか。」
「「嫌だ。」ね。」
「・・・・分らず屋どもめ。」
ルシハはそう毒づくと、首にかけていた十字架に手をかけて叫ぶ。
「魔物化!」
呪文を唱えると同時、ルシハはそれを一息に引きちぎった。
キィン。
澄んだ音を立ててロザリオがルシハの首から外れたその瞬間、ルシハは青い炎に包まれたかと思うとその体が急速に変貌していく。
瞬時に体が膨張し、口と手からは爪と牙が鋭く伸び、うなじから背中にかけてタテガミが生え体中が白い体毛に包まれる。その風貌はまるで狼のようだ。
「マスターの御名において、任務を果たさせてもらうぜ。」
悪魔憑きは普段人の姿をしているが、ある呪文によりその真の力を解放する。それが魔物化。悪魔の本来の姿へと体を変化させる呪文だ。
その身体能力は驚異の一言で、まさしく悪魔の名にふさわしい。
「これが三度目。最後の警告だ。こちらの元へ帰れ。TEAR。」
「・・・嫌だ。私もこれで三度目。私は、もう兵器には戻らない。私は、人としてアルクと生きるって決めた!」
「ハハッ、兵器如きがご立派になっちまって。どんなに言い張った所でお前はその運命からは逃げられない!」
「人の運命を勝手に決めるな!僕らは僕らの道を行く。僕らが歩く道は僕らが決める!」
「言うじゃねえか。さあ、行くぜアルク?俺についてこれるか?」
満月の光を受けて、2人は激突する。
次の投稿は明日です。




